アンタ、まだ分かっちゃいないわね――ミサキより愛(AI)をこめて:コンサルは見た! AIシステム発注に仕組まれたイカサマ(最終回)(1/3 ページ)
「北上エージェンシー」の生駒がチラシ制作システム発注詐欺で真に狙っていたのは、「マッキンリーテクノロジー」のAI学習ノウハウを無料でかすめ取ることだった。ことの真相を江里口美咲から聞いた北上の社長は、ある判断をする――。
「コンサルは見た!」とは
連載「コンサルは見た!」は、仮想ストーリーを通じて実際にあった事件・事故のポイントを分かりやすく説く『システムを「外注」するときに読む本』(細川義洋著、ダイヤモンド社)の筆者が@IT用に書き下ろした、Web限定オリジナルストーリーです。
前回までのあらすじ
広告代理店「北上エージェンシー」の「発注スルスル詐欺」は、技術部長 生駒の計画的犯罪だった。無料で20人月分の作業をさせられた上にAIの学習ノウハウまで奪われた「マッキンリーテクノロジー」の日高から相談を受けた「A&Dコンサルティング」の江里口美咲は、マッキンリーの競合「アルプスソフトウェア」、そして北上の創業社長を訪問し、ことの真相を報告した。
悪行がバレた生駒の運命やいかに――。
登場人物
A&Dコンサルティング
マッキンリーテクノロジー
北上エージェンシー
アルプスソフトウェア
社長がご立腹だ!
「アルプスソフトウェア」の丹波から取引辞退の連絡を受け、「北上エージェンシー」の生駒は残ったコーヒーを一気に飲み干した。
(作戦失敗、か)
しばらく腕組みをしたまま動かなかったが、大きく息を吐くと首を左右に振った。
(仕方がない。部門の赤字はリーダーたる自分の失点にはなるが、そもそもシステム開発は、かなり高い確率で赤字を出すものだ。誰にでも起き得る失敗を自分もやってしまった。その程度のことなら、これからいくらでもばん回の機会はある)
生駒が椅子に深く背をもたせかけたとき、再びスマホが鳴った。生駒の上司に当たる総務担当取締役の鈴鹿からだ。
(何の用だ?)
首を傾げながら電話に出た生駒の耳に、鈴鹿の甲高い声が響いた。
「生駒君、キミ、何てことをしてくれたんだ!!!」
「えっ?」
「広告作成システムの件だよ。社長が大変にご立腹だ!」
「しゃ、社長が? 社長は何をそんなにお怒りなんでしょうか?」――そう言いながら、生駒は眉をひそめた。
(マッキンリーからクレームでも入ったのか? しかし会社に損害はないはずだが……)
「そんなのは、こっちが聞きたいよ。君は『マッキンリーテクノロジー』という会社をだましてプロトタイプを無償で作らせ、そのAI学習ノウハウをエサに別の会社――『アルプスソフトウェア』に格安でシステムの完成を依頼したそうじゃないか!」
「あれは、マッキンリーがセールス活動として作ったものでして。契約もしていないのに作業をしたわけですから、ウチには費用を払う理由なんて……」
生駒の反論に鈴鹿の大きな声がかぶさった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- コンサルは見た! AIシステム発注に仕組まれたイカサマ(1):発注書もないのに、支払いはできません。――人工知能泥棒
「間もなく上長の承認が下りるから」「正式契約の折りには、今までの作業代も支払いに上乗せするから」――顧客担当者の言葉を信じて、先行作業に取り組んだシステム開発会社。しかし、その約束はついぞ守られることはなかった……。辛口コンサルタント江里口美咲が活躍する「コンサルは見た!」シリーズ、Season2(全8回)は「AIシステム開発」を巡るトラブルです。 - 成果物も作業範囲も“未定”です――限りなく曖昧に近いディール
AIを活用した広告制作システムの開発を御社に発注したい。ついては、社内承認用にプロトタイプを作っていただきたい。もちろん“無償”で……顧客担当者の言葉を信じて20人月も先行投資して案件受注に走ったシステム開発会社営業マンが見た地獄とは? - AIってこんな簡単なこともできないんですか?――注文の多い広告代理店
正式発注をエサに、契約前作業を強いられたソフトウェア開発会社「マッキンリーテクノロジー」。営業の日高は3週間かけて作ったプロトタイプを持ち込み、顧客の前でデモを行ったが……。 - 御社に決めた、なんて誰が言いました?――愛(AI)と追装の日々
正式受注を目指し、AIを活用したシステムのプロトタイプ制作に励むソフトウェア開発企業「マッキンリーテクノロジー」の面々。だが、顧客の要求は日増しに増え、もはや試作品の域を超えようとしていた。ところが……! - 契約するとは言いましたが、確約まではしてません――約束の耐えられない軽さ
プロトタイプは作ってもらいましたが、発注は別の会社にします。あ、試作品のコピーはいただきましたからね――契約をにおわせて契約前作業を強要したクライアント。開発会社は泣き寝入りするしかないのか??? - 契約がなければ、裏切ったって構わないじゃないか――策士は金策がお好き
システム開発会社「マッキンリーテクノロジー」が被った、AIを活用したシステム開発の契約詐欺の調査に乗り出した江里口美咲は、単身ライバル企業に乗り込んだ。そこで彼女が聞いた意外な事実とは……? - 取り戻せないのなら、無力化しちゃいましょ――あらかじめ失われたノウハウたちよ
チラシ制作システム発注詐欺で「北上エージェンシー」の生駒が企てたのは、「マッキンリーテクノロジー」のAI学習ノウハウを無料でかすめ取ることだった。ことの真相を知った江里口美咲が向かった先は―― - コンサルは見た! 与信管理システム構築に潜む黒い野望(1):はめられた開発会社、要件定義書に仕掛けられたワナ
書籍『システムを「外注」するときに読む本』には、幻の一章があった!――本連載は、同書制作時に掲載を見送った「箱根銀行の悲劇」を、@IT編集部がさまざまな手段を使って入手し、独占掲載するものです - その要件定義、有償だって言わなかったからタダですよね?
IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は、有償作業と無償作業の線引きが原因で裁判になった事例を解説する - データを確認せずに「できます!」と役員が確約した、ディープラーニング案件の末路
トラブルの原因は何だったのか、どうすれば良かったのか。実在する開発会社がリアルに体験した開発失敗事例を基に、より良いプロジェクトの進め方を山本一郎氏が探る本連載。今回は「ディープラーニング」にまつわる失敗談を紹介します - 要件定義も設計もしてもらいましたが、他社に発注します。もちろんお金は払いません!
正式契約なしに着手した開発の支払いをめぐる裁判を紹介する。ユーザーの要請でエンジニアを常駐して設計まで進めた開発案件、「他社に発注することにした」はアリ? ナシ? - 締結5日前にユーザーが白紙撤回! 契約は成立? 不成立?
ユーザー窓口が確約した「○月○日に正式契約しましょう」を信じて一部作業に事前に着手したベンダーは、突然の契約白紙撤回に泣き寝入りするしかないのか?