モノ/ヒトをつなぐこれからの「場」のデザイン


第3回 人間の感覚を信じて情報を切り捨てるデザイン


株式会社内田洋行
次世代ソリューション開発センター
UCDチーム
2008年5月7日
ユビキタス空間において求められるユーザーインターフェイスの形とは何か。若手技術者と若手クリエイターが、ユーザー中心の視点に立った空間デザイン論を考える(編集部)

 第1回では、これからの「場づくり」に求められるものの全体像を解説しました。第2回は、われわれがUCD(User-Centered Design:利用者の行動を中心に置いたデザイン)に取り組む意義と、「CD試聴システム」におけるUCD適用を紹介しました。今回は、駅空間においての「場づくり」をUCD的な観点から考えてみます。

 駅空間での目的地案内システム「Cochira」

  今回は駅空間における「場づくり」の一例として、「Cochira(コチラ)」というプロダクトを紹介します。「Cochira」は、Suicaを使った、駅空間における“その場”での直感的な目的地案内を実現するシステムです。本体の頭の部分に付いた“指”のようなユニークなギミックで、駅員さんが「それは、こちらですよ」と案内するような振る舞いを持つところからネーミングしました。

Cochiraは、JR東日本フロンティアサービス研究所と内田洋行との共同研究開発成果です。

 まず、自分の行きたい目的地を画面で選択し、Suicaをタッチします。すると、Cochiraシステムが目的地とSuicaのIDを関連付けて記憶します。以降、目的地を登録したSuicaを「Cochira」のカードリーダ部分にタッチするだけで、端末の上部の“指”がその場所から目的地までの方向を指し示す形で「その目的地はこちらの方向です」と教えてくれます。

 案内された方向に歩いていく途中で迷った場合は、近くのCochiraにSuicaをタッチします。すると、再び“指”が動き、「次はこちらの方向です」と案内してくれます。

 つまり、目的地が登録されたSuicaによって「場」と「場」を結び、その場その場で個人に応じた必要最低限の情報(=情報の切り捨て)を用いて案内をすることで、単体の情報端末や2次元の案内サインでは実現できなかった仕掛けを提供し、誰もが直感的に使うことのできる目的地案内システムを構築しているのです。

動画で見るCochira(AVI。画像をクリックするとスタートします)

 複雑化する駅空間

 近年、利用者ニーズの多様化やIT技術がもたらす情報環境の急速な変化によって、鉄道サービスにも、安全性の確保はもちろんのこと利便性や快適性の向上が急速に求められています。鉄道会社はこれに応えるように、路線の新規開通や列車の運行本数の増加、鉄道会社間の相互乗り入れの実施、いわゆるエキナカサービスの展開などの「利用者のための駅空間」を構築してきました。

 しかし、それに伴って駅の建築構造や運行体系が複雑になるなどのさまざまな要因で、構造的にも視覚的にも「分かりにくくなった」という一面もあります。鉄道会社は現在、この駅の複雑化による利用者の利便性や快適性の低下を回避する1つの手段として、案内サービスの充実化に取り組んでいます。

 これにより、放送やサイン、LED、ディスプレイなどでの案内方法が改善されていきました。しかし、このようなマスを対象とした案内サービスに加え、近年の利用者の多様性や嗜好(しこう)性の変化に合わせた“個人に応じた案内サービス”の充実化による快適な駅空間の構築が、より一層求め始められました。

 「個人に応じた案内サービス」をシステムで実現するには

 駅空間での“個人に応じた案内サービス”には、年齢や使用言語の違いなどの個人の「属性」に応じるという側面と、人間の「感覚」に応じるという側面があると考えます。

 個人に応じた案内サービスの1つである「駅員さんによる案内」方法を例に取ると、個人の「属性」に応じた案内では、足の不自由な方には遠回りでもエレベーターを使うバリアフリールートを教えることなどが挙げられます。

 また、人間の「感覚」に応じた案内では、指を差しながら「あの看板の所を右に曲がって、少し歩くと着きます」というように、個々人が持っている方向感覚や時間感覚に合わせた案内をすることが挙げられます。

 構造的にも視覚的にも複雑化している駅空間をシステムで案内する場合には、個人の「属性」に応じることに加え、この人間の「感覚」を考慮することがとても重要だと考えます。

 システム単体で案内サービスを完結しようとすると、一度に提供する情報が過剰供給となり、利用者がシステムを理解して利用することが困難となり、「利用者のために作られたシステムのはずが、利用者を排除してしまう」という結果につながるからです。

 Cochiraの開発プロジェクトのメンバーは、駅空間における目的地案内の「フィールド観察」の結果から、目的地までの方向を“指”で示しながら、その「場」に必要な最低限の情報(=情報の切り捨て)で分かりやすく教える駅員さんの案内の仕方は、個人の「属性」と「感覚」に応じた最良の案内サービスの1つだということに気付きました。

 そして、「駅員さんが目的地を教えるようにシステムを実現できれば、誰もが快適に使えて分かりやすい個人に応じた案内サービスになるのではないか」という仮説が立てられました。

 このように、Cochiraの開発は、駅が複雑化されることによって、個人に応じた案内サービスの需要が高まり、それをシステムで供給するには人間の「感覚」を考慮したデザイン(情報提供が必要だという考え)を背景にして始まりました。

 次章からは、このような背景を基にして始まったプロジェクトが、どのような開発プロセスを通してCochiraという形に行き着いたのかを、UCD的な観点から分析してみたいと思います。

 
1/4

Index
人間の感覚を信じて情報を切り捨てるデザイン
Page1
駅空間での目的地案内システム「Cochira」
複雑化する駅空間
「個人に応じた案内サービス」をシステムで実現するには
  Page2
「フィールド観察」の結果分析から立てた仮説
利用者の気持ちや行動からコンセプトメイキングする
  Page3
利用者の満足を満たすための実現技術「RFID」
段階的に情報を提供するためのモニタでの案内
分かりやすい目的地登録
  Page4
多くの人の共感を呼ぶことになった「Cochira」

モノ/ヒトをつなぐこれからの「場」のデザイン


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