連載 IT管理者のためのPCエンサイクロペディア 第6回 本家IBM PCの歴史(4)〜プラグ・アンド・プレイの普及とIntelの台頭 元麻布春男 |
Enhanced IDEの登場で変わるハードディスク環境
PCIとほぼ同じタイミングで登場してきた技術の1つが、Enhanced IDEだ。それまで使われてきたIDEは、サポート可能なハードディスク1台当たりの最大容量、インターフェイスの最大データ転送速度、1つのインターフェイスに接続可能な最大デバイス数、といった点で陳腐化が進んでいた。2〜3本しかないVL-Busスロットに、グラフィックス・カードに加えSCSIホストアダプタをインストールすることが流行したのは、こうしたIDEの制約から逃れる意味が強かった。
IDEは、基本的にIBM PC/ATの標準ディスク・インターフェイス・カードであったWestern Digital製の「WD1003」相当のインターフェイス回路をドライブ側に持たせたものだ。アドレス・デコーダとバッファ程度の簡単な回路で、ISAバスに直結できるというメリットはあったが、逆にいえばあくまでもISAバスに見合ったディスク・インターフェイスでしかなかった。Enhanced IDEの登場によって、PC用ディスク・インターフェイスの主流であったIDEが、IBM PC/ATの鎖を解き放ち、進歩を始めた。それはEISA規格によりISAバスが明文化されたように、Enhanced IDEの必要性によりIDEは明文化され、規格はATA/ATAPIへとまとめられていく。ATA/ATAPI規格によるIDEの高速化の流れが、Ultra DMAさらにはシリアルATAへと続いていくことになる。
Intel製チップセットのサウスブリッジにおいて、最初にIDEインターフェイスを統合したものが、430FXに用いられた「82371FB」(初代PIIX:PCI ISA IDE Xcelerator)である。それまでは、PCI接続の外付けEnhanced IDEコントローラ・チップと、ISA接続のスーパーI/OチップのEnhanced IDEインターフェイスを併用していた。と同時に82371FBは、バスマスタIDEを普及させるきっかけになったチップセットでもある。PC/AT流のPIO(プログラムI/O)によるデータ転送では、ハードディスクの高性能化に伴ってCPU占有率まで上がってしまい、ほかのプログラムの実行に悪影響を及ぼしてしまっていた。しかし、バスマスタIDEならCPU占有率を抑えることが可能だ。これは430FXと同じく1995年にWindows 95が登場したことと無縁ではない。Windows 95では、プリエンプティブなマルチタスクやプロテクト・モードのストレージ・インターフェイスが導入され、単にデバイス・レベルの性能だけでなく、システム・レベルの性能が求められるようになったからだ。
Intel製のPentium対応チップセット「430FX」 | |
左のチップはノースブリッジで、メモリ・コントローラやプロセッサ・バス・インターフェイスなどを内蔵する。また右はサウスブリッジで、IDEホスト・コントローラを始め各種I/Oを内蔵している。バスマスタIDEがはやり始めたのは、このサウスブリッジの登場後である。 |
もっとも、当時のバスマスタIDEドライバは完全に安定したものとはいいがたく、特にハードディスク以外のIDEデバイスとの互換性には難があった。そのため、この時点ではまだデスクトップPCでSCSIを利用する意味があったといえるかもしれない。これは1998年6月に登場するWindows 98(日本語版は同7月)で、MicrosoftがバスマスタIDEを標準サポート*2するまで続く。
*2 バスマスタIDEのサポート自体は1996年秋にリリースされたWindows 95 OSR2で実装されたが、このリリースは単体のパッケージとしては市販されなかった。 |
PCの方向性を決定付けたWindows 95のリリース
話が前後するが、プラグ・アンド・プレイをサポートした最初のOSとして、Windows 95がデビューしたのは1995年のことだ。16bitコードの影を引きずりながらも、Win32 APIならびにプリエンプティブなマルチタスクのサポートや、ストレージ・インターフェイスやネットワーク・インターフェイスのプロテクト・モード化など、Windows 3.xと比べて大幅な刷新が行われた。また、プラグ・アンド・プレイやAPMのように、当時のWindows NT系OSにはない機能のサポートも行われている。この点でWindows 95およびその後継OS(Windows 9x系OS)が、部分的にWindows NT系OSのスーパーセットになるというある種の逆転現象は、Windows 2000のリリースまで続く。
Windows 95日本語版の製品パッケージ |
Windows 95におけるプラグ・アンド・プレイのサポートは、基本的にプラグ・アンド・プレイBIOSやPCI BIOSを主体としたもので、本質的にICUとそれほど大きく変わったわけではない。だが、ICUと異なり、OS本体に設定機能が統合されたことで、デバイスの検出や登録、システム・リソースの設定、それに基づくデバイス・ドライバの設定が、1つの環境内で行えることの意味は決して小さくなかった。またOSと一体化していなければ、ドライバ・データベース(INFデータベース)を参照した効率的なシステム・リソース設定もフルに力を発揮することはできなかっただろう。Windows 95の登場で、ようやくプラグ・アンド・プレイがみんなのものになった、といっても過言ではないと思う。
Windows 95の積み残しを解決すると同時に、先触れ的な存在であるWindows 95 OSR 2.xを挟んだ後にリリースされたWindows 98とWindows 98 Second Edition(SE)の最大の目的は、ACPIの実装とWDM(Windows Driver Model)の確立にあったと考えられる。いずれもWindows 2000でサポートされる予定のメイン・フィーチャーであることを考えれば、Windows 98とWindows 98 SEを、Windows 2000のリリースに向けた地ならし、と見ることもできそうだ。実際、Windows NT系OSのリリースが、Windows NT 4.0の1996年8月リリースから、Windows 2000の2000年2月リリースまで3年半も間隔が開き、その間にWindows 98が1998年6月に、またWindows 98 SEが1999年9月にそれリリースされていることを思うと、余計にその感を強くする(いずれも英語版のリリース時期)。
Windows 9x系 | Windows NT系 | |||
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英語版 | 日本語版 | 英語版 | 日本語版 |
1990年5月
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Windows 3.0 | |||
1991年2月
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Windows 3.0 | |||
1992年4月
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Windows 3.1 | |||
1993年5月
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Windows 3.1 | |||
7月
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Windows NT 3.1 | |||
1994年1月
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Windows NT 3.1 | |||
9月
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Windows NT 3.5 | |||
12月
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Windows NT 3.5 | |||
1995年6月
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Windows NT 3.51 | |||
8月
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Windows 95 | |||
11月
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Windows 95 | |||
1996年1月
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Windows NT 3.51 | |||
8月
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Windows NT 4.0 | |||
12月
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Windows NT 4.0 | |||
1998年6月
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Windows 98 | |||
7月
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Windows 98 | |||
1999年6月
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Windows 98 SE | |||
9月
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Windows 98 SE | |||
2000年2月
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Windows 2000 | Windows 2000 | ||
9月
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Windows Me | Windows Me | ||
2001年10月
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Windows XP | |||
11月
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Windows XP | |||
Windowsのリリース月の一覧(Windows 3.0以降) | ||||
Windows NTは1年ごとにバージョンアップされていたにもかかわらず、その直系の後継であるWindows 2000の登場までには3年半もかかったことが分かる。その間、Windows 9x系列では、Windows 98/Windows 98 SEのほか、表には記していないWindows 95 OSR2などのリリースにより、細かいバージョンアップが繰り返され、新機能が追加されてきた。 |
ACPIは、Windows 98とWindows 2000以降のOSのプラグ・アンド・プレイと省電力管理をつかさどる、極めて重要な技術である。基本的にはここで確立されたソフトウェア・モデルが、AMDのHyperTransportや、Intelが提唱してPCI SIGに移管されたPCI Express(開発コード名:3GIO)といった、これから登場してくる拡張インターフェイス技術にも踏襲されている。逆にこのソフトウェア・モデルに当てはまらないInfiniBandは、製品化に手間取っている。PCIがPCの世界に持ち込んだプラグ・アンド・プレイのコンセプトは、非常に大きなインパクトを持っていた。
IntelによるPCプラットフォームの「支配」
さて、PCIやACPIといった技術はもとより、フォームファクタの標準であるATX、シリアル・バスとして広く使われているUSB(Universal Serial Bus)、グラフィックス・インターフェイスであるAGP(Accelerated Graphics Port)、現在最も広く使われているハードディスク・インターフェイスであるUltra ATA、オンボード・サウンドの主流であるAC'97などは、いずれもIntelが開発したか、あるいはIntelが開発のパートナーとなった技術である。PCI以降、Intelはこうした技術をたいてい無償で提供することで、PCプラットフォームの標準技術を自社技術あるいは自社と縁の深い技術で固めてきた。しかも、次々と新しい技術を投入されては、他社はそれにキャッチアップするのがやっとである。おのずとIntelに振り切られてしまう。これはプラットフォームの間接的な支配にほかならない。
初期には、Intelはこうした技術の提供などに際して、EISAのときのように黒子役を引き受けることが多かったが、徐々に自らがプラットフォームのリーダーであることをはばからなくなっていく。それまでMicrosoftの著作物としてリリースされてきた「PC System Design Guide」も、1997年にリリースされた「PC98 System Design Guide」では、Intelが共同著作者として名前を連ねている*3。こうした行動は、InfiniBandやPCI Expressなど、いまも続いている。
*3 「PC System Design Guide」は、PCシステムに要求されるさまざまな技術やその標準要求仕様などをまとめた技術解説書。例えばプロセッサやメモリなどのスペックから、グラフィックスの機能、デバイス・ドライバに要求される仕様、さらにはコネクタの色に至るまで、PCシステムに求められる(最低限の)標準的な仕様をまとめている。このガイドラインに沿ったシステムにすることにより、メーカーやシステムによらず、どのPCシステムでもほぼ同じ機能が実現されることになる。ただしこれは最低限の要求仕様なので、より高機能なシステムにすることはメーカーの自由である。OSはこのような標準仕様のシステムを想定して開発が進められている。1999〜2000年のPCに求められる要求仕様を定義したPC99 System Design Guideでは、Microsoft PressだけでなくIntel Pressからも出版されるようになった。しかし、いまやPC System Design Guideそのものが刊行されなくなってしまっている。 |
Intelがプロセッサの周辺製品を手掛ける意味
Intel製マザーボード「Advanced/AS」 |
PCI対応チップセットのころから、Intelはこのような「純正」のマザーボードをPCベンダに販売するようになる。 |
もう1つ、Intelのプラットフォームのリーダーとしての座をゆるぎないものにしているのがマザーボード事業だ。Intelは1980年代から、開発者や一部OEM向けに自社純正のシステムの提供を行っていたが、PCI以降は自社製チップセットを搭載したマザーボードを積極的に広くOEMへ提供するようになった。これが初期には、Compaqなど大手OEMベンダとの間にあつれきを生んだ。IBMやCompaqといったシステム・ベンダから、プラットフォーム・リーダーの座を奪おうというのだから、ある意味当然のことである。逆に、Intelのリーダーシップが確立してからは、もはやIntelのマザーボード・ビジネスに対してシステム・ベンダなどが不満に思うことはなくなった。しかし、システム・ベンダとの間にあつれきが生じても、Intelはマザーボード事業をやらなければならなかったハズだ。
1985年10月、Intelはi80386プロセッサをサンフランシスコ、ロンドン、パリ、ミュンヘン、東京で同時発表した。いまなら発表と同時に、i80386を搭載したPCが販売店にあふれることだろう。秋葉原に限れば、発表前にフライング販売までされてしまうかもしれない。ところが、大々的に発表されたi80386プロセッサを最初に搭載したシステムが登場するのは、1986年8月のことだ。発表時点でのプラットフォーム・リーダーであったIBMにいたっては、1987年4月までi80386マシンの発表がなかったのである。
主力であるプロセッサの新製品を開発・発表しても、それがいつごろ売れるようになるのか、システム・ベンダ任せで予測できないようでは、経営の戦略など立てられるハズがない。すでに述べたようにIntelは1986年にチップセット・ビジネスの基盤となるASIC事業に参入しているが、こうしたi80386プロセッサのリリース時の事情を考えれば無理からぬところだ。チップセットまで自社で提供することで、新しいプロセッサがPCに搭載されて登場する時間を短縮することができる。マザーボードの形で提供すれば、さらに時間の短縮が可能だ。Intelが各種バリデーション(検証)済みのマザーボードを提供することで、発表即出荷、それもプロセッサという部品の発表と、それを搭載した最終製品であるPCの出荷を同時にすることが可能になるのである。もちろん、マザーボードを握るということは、PCIやUSB、AGPといった、プロセッサやチップセット以外のプラットフォーム技術の迅速な普及にも貢献する。プロセッサと各種のプラットフォーム技術、これらをインプリメントしたチップセットなどの周辺チップ、さらにはこれらすべてを統合したマザーボードの提供で、プラットフォーム・リーダー(支配者といい換えてもよい)としてのIntelの座が確立しているわけだ。
PCハードウェアのリーダーシップの行方
こうしたIntelのハードウェアに対するリーダーシップはいつまで続くのだろうか? 現時点で、その終わりは見えないように思える。だが、K6シリーズまでのピン互換路線に別れを告げ、Athlon以降は独自のプラットフォームを築くようになったAMDは、次世代のHammerプラットフォームではますます独自技術色(というより非Intel色か)を強めており、プラットフォームの担い手としての力を蓄えつつある。Transmetaも現時点でのシェアは取るに足らないとはいえ、Intelとは異なった切り口でプラットフォームを定義しようとしている。こうしたベンダの力をみくびっては、Intelの地位も危うくなる。
加えて、ソフトウェア・ベンダであるMicrosoftも、Intelにとって要注意の存在かもしれない。最近の同社は、Xboxでハードウェア事業に参入したことに加え、Tablet PCやWindows CE for Smart Displays(開発コード名:Mira)、Freestyleなど新しいプラットフォームを定義するのに躍起となっている。Microsoftがこうした新しいプラットフォームのハードウェアを直接手掛けるようなことがあれば、業界には激震が走ることになるだろう。Intelにとっても潜在的に最も恐るべき相手になるに違いない。これからのPCプラットフォームは、こうした既存のPCとは若干異なる新しいプラットフォームと相互に影響を及ぼしながら、次の道を探っていくことになりそうだ。
さて次回からは、数回に分けて、PCハードウェアの中核といえるプロセッサに焦点を当てて解説していく。最初は、PC誕生当時から現在のPCまで、プロセッサの歴史に注目してみよう。
INDEX | ||
第6回 本家IBM PCの歴史(4)〜プラグ・アンド・プレイの普及とIntelの台頭 | ||
1.プラグ・アンド・プレイとPCIチップセットの勃興 | ||
2.Intelのプラットフォーム・リーダーへの道のり | ||
「System Insiderの連載」 |
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