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IFRS財務諸表を読みこなす(1)

「財政状態計算書」「包括利益計算書」って何?

櫻田修一
株式会社ヒューロン コンサルティング グループ
2010/1/20

IFRSで大きく変わる財務諸表の表示。企業の経営者はどのように理解し、活用すればいいのか。第1回はIFRSにおける“2つ”の財務諸表について解説する(→記事要約<Page 3>へ)

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 それでは以下、この新しい財務諸表モデルの特徴を見ていきたい。

2.財務諸表の区分と分類におけるマネジメントアプローチ

 3つの目的に従い、前述の様式であるように財務情報の区分の方法が、従来の財務諸表と比べ大きく変わっている。

 まず財務諸表を、価値を創造する事業活動に関する情報「事業セクション」と、事業活動の資金を調達する財務活動に関する情報「財務セクション」とに区分して表示する。

 「事業セクション」は「営業カテゴリ」と「投資カテゴリ」に区分して表示される。ここで注意しなければならないのは「投資カテゴリ」には経営者が企業の事業の中心的な目的に関連しないものと考えている事業資産及び事業負債を含めなければならない、とある点である(2009年10月のIASBとFASBの合同会議で「営業カテゴリ」と「投資カテゴリ」についてDPとは異なる定義が暫定合意された。新しい定義によると当該カテゴリは、報告企業の日常の事業活動の一部である事業活動[事業活動は企業の純資源の相互関連的な使用を求める過程を通じて収益を生み出すものである]、すなわち営業カテゴリと[収益ではなく]利得を生み出す事業活動[重要なシナジーが結合資産から創出されないもの]、すなわち投資カテゴリとに区分する、となっている)。

 「財務セクション」には「財務資産カテゴリ」「財務負債カテゴリ」を含める(この定義も2009年10月のIASBとFASBの合同会議により定義の変更が暫定的に合意されている。新たな定義では「財務セクション」には財務活動に関連する資産は含まない、とされ、資本を獲得[または返済]する企業の活動の一部である項目を含み、借入と持分の2つのカテゴリから構成される)。
 
  さらに「事業セクション」「財務セクション」の双方で、企業は資産及び負債が企業で使用される方法を最もよく反映する方法で資産及び負債を分類しなければならない、とされる。このDPではこの方法を「分類におけるマネジメント・アプローチ」と呼んでいる。具体的にはセグメント情報開示において複数の「報告セグメント」を有する企業は、事業及び財務セクションにおいて、「報告セグメント」でそれぞれ使用される方法に基づいて資産及び負債を分類する。そして一体性のある情報を提供するために、包括利益計算書及びキャッシュフロー計算書において財政状態計算書の資産、負債及び所有者持分と同じセクション及びカテゴリに表示しなければならない。

 DPに添付されている財務諸表の様式の例示をみてみると、2つの報告セグメントが存在する企業のケースとなっているが報告セグメントについて2つに区分している部分は包括利益計算書の売上とそれに対応するキャッシュフロー計算書の収入の部分だけであり、例えば営業セクションの内訳としてどこまで「報告セグメント」別に区分し表示するかは今後の検討を待たなければならない。しかし最終的にはIRとしてどのように開示するか、という経営者の考えに任される事になるかもしれない(当然にセグメント情報でどこまで開示するか、と連動すべき事項でもある)。

3.キャッシュ・フロー計算書における直接法の採用と包括利益との調整

 キャッシュ・フロー計算書を考えるに当たってまず重要なことは現金の定義である。従来の財務諸表において「現金」は「現金及び現金同等物」とされてきた。これは米国基準でも日本基準でも同じである。しかしながらIASBのこの新しいIFRSの財務諸表モデルでは、前述の財務諸表の目的の1つ「流動性及び財務的弾力性」の目的の達成のために、「現金」から「現金同等物」を除き、「現金同等物」はほかの短期的投資と同様の表示をする、としている。投資家や債権者は企業の支払能力を見る場合、それは現金そのものであり、現金同等物は厳密には現金・預金の特徴のすべてを有していないと考えているからである。

 またキャッシュフロー計算書の作成方法として直接法のみを採用しようとしている。これは企業がキャシュフロー計算書において営業活動に関する現金の受払いの主要な項目について表示することを意図している。現行で広く採用されている間接法では純損益から始まり期間中に、キャッシュフローのない項目(例えば減価償却費や受取・支払債券の増減など)について調整する。このため営業活動における現金の受払いは表示されず、間接法によるキャッシュフロー計算書では多くの利用者に不十分な情報しか提供できない、と考えている。

 ただし、キャッシュフロー計算書を直接法で作成することは業務やシステムへの影響や負荷が大きいと思われるため、企業側、Big4などの大手監査法人からも否定的な意見が多く寄せられている(2009年10月のIASBとFASBの合同会議でも直接的にキャシュフローを表示することを企業に求めるDPの提案を維持することが暫定的に合意されている)。

 さらにキャッシュフロー計算書を包括利益に調整し、包括利益を以下の構成要素に分解する明細表を、注記で表示しなければならない。具体的には包括利益計算書に表示されているすべての項目について以下に分解し、キャッシュフローと調整させる必要がある、としている。
(2009年10月のIASBとFASBの合同会議では、調整表の必要性、作成に対する費用対効果から調整表に代えて、すべての重要な資産・負債についてその勘定科目ごとの変動を分析する開示に置き換えることが暫定的に合意されている)。

 IASBはこの点について発生主義会計の生み出す会計数値は株式リターンに相関関係は高いが、同時に発生主義会計持つ2つの難点を指摘している。

  • 発生主義会計が現金主義会計よりも「主観的」で「不確実性が大きくなる」という難点を有している点である。発生主義会計を機能させるためには、不確実な金額について経営者の判断が必要となる

  • 発生計上項目が第3者の取引から生じるものと再測定から生じるものが将来キャッシュフローに対して持つ意味が同じでないことが多い(例えば売上債権を認識して収益を計上した場合、それは将来キャッシュフローの流入を意味するが、公正価値評価による評価益は必ずしも将来キャッシュフローの流入とはならない)

 このためキャッシュフローによる営業活動と包括損益での営業活動の調整表を開示することが、財務諸表の利用者にとってより高い透明性を提供し、より効率的な財務分析を可能にすると考えている。

 新しい財務諸表モデルの主要な特徴を見てきたが、その体系と表示の大きな変化の根底には、以下のような前提、考えが色濃く反映されていると思う。

  • 財務諸表の利用者は投資家・債権者である
  • 彼らが必要する情報は過去の情報よりも将来キャッシュフローの金額、時期および不確実性と企業の経営者が企業の資産を効率的かつ利益をうむように責任を履行しているかである
  • 発生主義会計による損益情報は有用ではあるが、その難点を補うためにキャッシュフローの情報を重視する
  • 投資家、債権者にとって有用な情報はそれ以外の利用者、例えば経営者にとっても有用となる。
    この点現在のIFRSはあまりに投資家や債権者サイドに寄りすぎている、という批判の対象になっている。今後のさらなる議論と検討を待ちたいと思う

 さて、今回はディスカッションペーパー「財務諸表の表示に関する予備的見解」の主要なポイントを確認したが、次回は経営者の視点でこの新しい財務諸表モデルをどのように考えればよいのか、企業価値指標などの業績評価指標との関連も合わせ考えてみたい。

筆者プロフィール

櫻田 修一 (さくらだ しゅういち)
株式会社ヒューロン コンサルティング グループ
マネージング ディレクター 公認会計士

アーサー・アンダーセンにて製造業、専門商社等の会計監査業務及び株式公開支援業務に従事した後、同ビジネスコンサルティング部門に転籍。経営管理、会計分野を中心とした、業務改革コンサルティング及び経営情報システム・ERP導入コンサルティング・プロジェクトを手がける。ヒューロンコンサルティンググループにて経営管理・財務会計領域の改革、IFRS導入支援等のサービスを展開している。 2010年7月以降、株式会社アカウンティング アドバイザリー所属

要約

 「包括利益」と「財務諸表が大きく変わる」という財務諸表の表示の議論は、IFRSについての象徴的な議論だ。「包括利益」については、ASBJ(企業会計基準委員会)が日本基準のコンバージェンスとして「包括利益」の表示を導入することを10月29日の第188回企業会計基準委員会で暫定合意した。年内に公開草案を公表し、2011年3月期の年度決算からの適用を目指す。日本の会計がIFRS強制適用に向け、また一歩、前へ踏み出したと思える。

 この連載ではIFRSにおける財務諸表の表示の概要を解説し、企業の経営者がそれをどのように理解し利用していけばよいか、企業価値指標などの業績評価指標との関連も合わせて考察する。

 現時点でIFRSにおける財務諸表を考える場合、(1)「現行のIFRS財務諸表」と、2008年10月にIASB(国際会計基準審議会)から公表された(2)ディスカッションペーパー(以下DP)「財務諸表の表示に関する予備的見解」 のどちらの話をしているのかに留意する必要がある。

 このDPはFASB(米国会計基準審議会)とIASB(国際会計基準審議会)の9つのMoU項目、いわゆる“次世代IFRS”であり2011年6月までに最終化される予定である。今回はこの両者の財務諸表およびその表示の概要について確認する。

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