「ネットワーク仮想化」がもたらすもの次世代データセンターを支えるイーサネット(4)(2/2 ページ)

» 2012年05月25日 00時00分 公開
[日野直之日本アバイア株式会社]
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2種類あるSPBでのマルチキャスト処理

 続いて、SPBではマルチキャストをどのように処理しているかを見ていこう。基本的にはイーサネットの拡張技術であるため、特別なシグナリングなどが要求されることもない。

 SPBにおけるマルチキャストフレームの転送には、マルチキャストフレームを複製するノードの位置の違いにより、2つの方法がある。1つは「タンデムレプリケーション」、もう1つは、「ヘッドエンドレプリケーション」と呼ばれる方法である。このようにマルチキャスト通信の実現方法を2つ用意することで、網の特性に合った、柔軟で管理のしやすいネットワークを構築できる。

 しかもマルチキャスト通信は、SPBで構成されるShortest Path Tree上で実行される。このため、特定のマルチキャストがどの経路を通過しているのかも明確に把握でき、管理の上で有利になっている。

ヘッドエンドレプリケーション

 ヘッドエンドレプリケーションは、マルチキャストがSPBの網に入るノードでフレームを複製する方法である。

図1 ヘッドエンドレプリケーションの動作 図1 ヘッドエンドレプリケーションの動作

 ヘッドエンドでレプリケーションする場合の利点としては、SPBを構成するコアの各ノードが、マルチキャストフォワーディングテーブルを保持しないでもすむことだ。ヘッドエンドのノードでは、ユーザー側から入力されたマルチキャストフレームをユニキャストフレームでカプセル化し、必要なノードすべてに複製した上で転送する。ここでいう「必要なノード」とは、同一のISID(SPB上の仮想ネットワークID)に属しているノードという意味だ。

 ここで注意しておくべきことは、そのISIDに属するノード「すべて」に対してマルチキャストフレームが複製され、SPB網上を転送されていくという点だ。従ってヘッドエンドレプリケーションは、マルチキャストトラフィックが少ない場合に有効な方法といえる。例えば、マルチキャスト通信のほとんどを、OSPFなどのルーティングプロトコルやゲートウェイ冗長化のためのVRRPでのマルチキャスト利用が占めるような場合には、ヘッドエンドレプリケーションが有効である。

タンデムレプリケーション

 タンデムレプリケーションは、SPBの最短経路上で分岐するノードでマルチキャストフレームを複製する方法である。この場合、フレームが網全体にフラッドされることはなく、必要なノードのみにマルチキャストフレームが転送されるようになる。

図2 タンデムレプリケーションの動作 図2 タンデムレプリケーションの動作

 この場合、マルチキャストのフローをユニキャストとは違うISIDにマップしておくことで、「ユニキャストでは必要だけれど、マルチキャストでは必要のないノードには送信しない」といった制御ができるようになる。

 第2回でも述べたが、ISIDがSPB上で作成されると自動的にマルチキャストツリーが生成される。このため、ISIDにマップすること以上の新しい機能が必要とされるわけではないことも付け加えておきたい。つまりエッジのノードで ISIDとマルチキャストのソースやレシーバをマップすることで、自動的にマルチキャストのツリーが生成されるのである。マルチキャストネットワークで必要とされるIGMPスヌーピングやPIMと、ISIDとの連携を意識する必要がある場面は、マルチキャストのソースやレシーバが動的に生滅するような非常に稀なケースだけである。だとしても、SPBではマルチキャストVPNをエレガントに実現できるのである。

SPBとMPLSとで大きく異なるコントロールプレーン構造

 ここまでの説明で、SPBとMPLS、どちらの技術を利用してもキャリア網の上でマルチキャストVPNを含むVPN通信を実現可能なことは理解いただけたかと思う。

 ユーザーが利用するに当たっては、どちらの網を利用しても実現できることに大差はないであろう。しかし、網を運用する点から比較すると大きな違いがある。なぜならば、これら2つのテクノロジではコントロールプレーンの構造が大きく違うからだ。

 例えば、L2 VPNを構築するためにVPLSを構成するには、MPLS網を構成するためのコントロールプレーンを構成するIP網が必要である。当然ながらここでは、IP網を構成するために、OSPFやIS-ISなどの経路制御を動作させておく必要がある。さらに先ほども述べたように、VPLSにおいて、プロバイダ-エッジノード間でイーサネットをエミュレートして経路を構成するために、LDPやBGPなどのプロトコルの動作も必要になってくる。

 L3 VPNの場合には、先にも述べたがMPLSを動作させた上に、さらにVPN間の通信を確保するために、BGPをも動作させる必要がある。マルチキャストVPNの場合にはマルチキャストのためのBGP管理も必要になってくるのである。

 それに対してSPBでは、L2 VPNの場合、SPBのコントロールプレーンであるIS-ISの仕組みの中で、どこにパスを構成したらいいかを伝播可能である。L3 VPNの場合もSPBのコントロールプレーンのIS-IS上でVPN間の経路情報を交換するための仕組みが“IP/IPVPN services with IEEE 802.1aq SPB networks”としてIETFに提案されて標準化が進んでいる。上で述べてきたように、マルチキャストVPNも特に何らかの仕組みを用意せずに実現可能である。また、PBBなどで開発されてきたOAMも利用可能なので、イーサネット上でノードの管理や監視が可能ということも付け加えておきたい。

 MPLSとSPBとでVPNのアーキテクチャが大きく異なることがお分かりいただけただろうか? MPLSは階層化された技術を運用する必要があるのである。

図3 MPLSとSPBのアーキテクチャの違い 図3 MPLSとSPBのアーキテクチャの違い

 SPBで構築されたネットワークサービスが実現すれば、エンタープライズユーザーは、網がマルチキャスト透過であるかどうかを意識することなく、自由にマルチキャスト通信を実現できるのである。

「ネットワーク仮想化」がもたらすもの

 ここまでの説明で、キャリアのイーサネット網で利用した場合にも、SPBは非常に有用な技術であることの一面を理解いただけたと思う。特に、PBBと同じイーサネットフレームを利用しているため、既存のPBBを拡張して網の利用効率を向上できるとも期待されている。

 最後に、SPBがネットワークにもたらし得る変化についてまとめて、結びとしたい。第1回から第3回で述べてきたように、SPBはエンタープライズでも利用可能な技術である。MPLSを基盤とする技術とは違い、高価な機器や複数のコントロールプレーンの制御プロトコルを利用せずとも、ネットワークの仮想化を実現できるのである。

 さて、エンタープライズのユーザーにとって、「ネットワーク仮想化」が意味するのはどんなことだろうか? 普段からまるで空気のようにVLAN(Virtual LAN:仮想LAN)を利用しているので、ネットワークの仮想化はすでに当たり前のもの、終わった技術としてとらえられているかもしれない。

 だが、真の「ネットワーク仮想化」とは、ネットワーク管理者にとっては物理的に冗長性のあるネットワークを構築し、その上で、コントロールプレーンと物理的な機器の管理に集中できることである。そしてアプリケーションの管理者にとっては、必要に応じて、仮想化されたネットワーク上で自由に経路を構成し、すばやくユーザーにアプリケーションを提供できるようになることである。ここでは、ネットワーク全体が1つのリソースになるのである。

 網が仮想化することで、ネットワーク管理者は、運用で負担になっている、ネットワークのプロビジョニングから解放される。例えば、新しいVLANを作成するためにすべてのスイッチに新しいVLANを設定する手間は省かれるのである。トポロジの管理に集中することができ、実際のアプリケーションや、ユーザーが利用するパスが適切に利用されているかといった部分に目を配ることができるようになる。

 一方アプリケーションの管理者は、バックエンドで動いてくれる802.1bgやLLDPのおかげで、特に意識せずとも自動的に網がプロビジョニングされるようになる。この時に自動的に生成される仮想網は、当然ループフリーなので、ユーザーがトポロジを気にすることもなくなる。さらに、ネットワーク投資という面から見れば、1対1の冗長化しかとれなかったSTPなネットワークからの脱却が可能になる。イーサネットファブリック技術の導入により1対Nの冗長化がとれるようになり、よりコストパフォーマンスに優れたネットワークの構築が可能になるのである。

 このように、SPBを活用したイーサネットファブリックによって、ネットワークのあり方が大きく変わる。その上でネットワークが真に仮想化することによって、これまでばらばらに、時には相反することもあったアプリケーションの管理者とネットワークの管理者との連携が、よりうまくいくのではないかと考えている。

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