筑波大学発のベンチャー企業「BearTail」が開始した「Amazonガチャ」なるサービスだが、「商標権を侵害しているのでは」といった集中砲火を浴びてあっという間にサービスを停止してしまった。この件、本当にサービスを停止するほどの問題なのだろうか?
2月4日に公開されるも、ネットユーザーの集中砲火を浴び、あっという間にサービスを終了してしまった「Amazonガチャ」を、皆さんはご記憶のことだと思う。筑波大学発のベンチャー企業「BearTail」が開始した、なかなか斬新なサービスだったのだが、「Amazonの商標権を侵害している」「Amazonのサービス名に便乗しており不正競争防止法違反に当たるのでは」などの批判が飛び交う結果となり、運営者自らの手により幕引きとなった
【関連記事】
「Amazonガチャ」終了 「迷惑をかけた責任を取る」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1302/08/news106.html
Amazon非公式「Amazonガチャ」に「商標権侵害では」と批判 新規受付中止
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1302/06/news035.html
筆者はこの件に、もやもやとした違和感のようなものを感じている。それは、果たしてサービスを停止するほどのことなのだろうか、という疑問だ。
確かに、特許庁の商標検索で調べると、「AMAZON」や「アマゾン」は、「アマゾン テクノロジーズ インコーポレイテッド」(Amazon Technologies, Inc.)というAmazon.com Inc. の子会社が商標を登録している。だから、もしかしたら、「Amazonガチャ」は、商標権を侵害していることになるのかもしれない。
だがこの問題は、権利者であるアマゾン側がどう考えるか、どのような行動に出るかによって、着地点というか、ことの成り行きが大きく変わる。BearTail側も「アマゾンジャパン株式会社への売上貢献にもつながると考えておりました」と釈明しているように、BearTailとアマゾンの間には、Win-Winの関係が構築されるサービスのように見える。そうなると、権利者側も利益があると判断すれば、「おとがめなし」ということだってあり得る。
「Amazonガチャ」をして「商標権を侵害しているのでアウト!」というのであれば、例えば、出版界は権利侵害だらけのように見える。
Amazon.co.jpで「Amazon」や「アマゾン」で検索してみるといい。「Amazon」や「アマゾン」を書籍のタイトルに冠した本はたくさんある。だが、出版界の慣習として、書籍のタイトルにサービス名や製品名を付ける際、商標を持つ権利者に許諾を取ることの方が珍しい。これは、「Amazon」だけでなく、「Windows」や「iPhone」などの解説本でも同様だ。
単に本文中に製品やサービスの名前を出すだけなら、事実や事象の記述なので、権利者に許諾を取る必要はないだろう。だが、商品としての書籍のタイトルや表紙にデカデカと製品名やサービス名を冠した瞬間に「商標権の侵害」にあたる恐れがあるのではないのか。「Amazonガチャ」がアウトというのであれば、そのような書籍のタイトルについても疑いの目を向ける必要がある。
ちなみに、「書籍と製品・サービスでは、商標登録における区分が異なるから権利侵害にはならない」という意見もあろうと思うが、Amazon関連でいうと、「書籍」を含む区分においても「AMAZON.COM」という商標がしっかりと登録されている。
だが、このような筆者の疑問について、鳥飼総合法律事務所の神田芳明弁護士は、「朝バナナ事件」という裁判例を挙げて「書籍のタイトルに登録商標を使うことは、通常、侵害には当たらない可能性が高い」という。
朝バナナ事件というのは、「朝バナナダイエット成功のコツ40」という書籍を販売した被告に対して、「朝バナナ」の商標権を持つ原告が販売差し止めと損害賠償を求め訴えたもの。裁判所は、「単に書籍の内容を示す題号の一部として表示したものであるに過ぎず、自他商品識別機能ないし出所表示機能を有する態様で使用されていると認めることはできないから、本件商標権を侵害するものであるとはいえない」として棄却した。
版元がそのような裁判例を基に書籍タイトルに商標を使っているのかどうかは別にして、解説本と権利者との間には、「サービスや製品の肯定的な紹介」というWin-Winの関係が構築されているのは事実だし、権利者側も杓子定規に「商標が〜!」などと叫ぶと、煩雑な権利処理プロセスを嫌う出版社が本を出しにくくなることは了承済みだと思う。
実は、筆者は、3月25日発売の予定で『AmazonのKindleで自分の本を出す方法』(ソフトバンククリエイティブ刊)という紙の本およびKindle本を出版する予定だ。商標検索で調査すると「KINDLE」も「アマゾン テクノロジーズ インコーポレイテッド」によって商標登録されている。
「区分」が異なるとはいえ、一応、アマゾン側に仁義を通す必要があると考え、Amazon.co.jpに対し、「Amazon」や「Kindle」を書籍タイトルへ使用することに関する問い合わせを行った。だが、1月中旬から2月にかけての数度にわたる筆者の問い合わせに対し、Amazon.co.jpから回答を得ることはできなかった。先方が前述の裁判例があるから回答をよこさなかったのかどうかはわからないが、いずれにしても、このまま出版しても「おとがめなし」と判断しそのまま出版した。
Webサービスの名称と書籍のタイトルを同列に考えてよいものかどうかわらないが、「Amazonガチャ」の場合、Amazon.co.jpが提供していないことは、誰にでも判断できるわけだし、権利者との間にWin-Winの関係が成立している以上、あそこまでセンシティブになることもなかったのではないだろうかと考えたのだ。とりあえずサービスを続行し、アマゾン側の出方を待ってからでも遅くはないと思ったのだ。
「Amazonガチャ」の問題はさておき、ネットを通じて誰もが「商品」を売ることのできる時代になって、このようなトラブルは誰の身にも起こりうることだと痛感する。
例えば、「スマートフォン向けのアプリを開発して販売する」「Kindle本などの電子書籍を作成して販売する」「Webサービスを構築してちょっとしたビジネスを展開する」……そのような個人や小さな組織のスモールビジネスにおいても、権利侵害という行為に極めてセンシティブにならなければならないことは言うまでもない。
例えば、アマゾンのKindleダイレクト・パブリッシング(KDP)を利用すれば、誰でもKindle本を出版することができる。そこで、「キャラ弁」作りが得意な主婦が『私のキャラ弁レシピ大公開』というKindle本を作成し、出版した場合どうなるのか。「キャラ弁」は、バンダイ、セガトイズ、サンリオなどが、それぞれ異なる区分で商標を登録している。ということは、その主婦がどこからも許諾を得ずにKindle本を販売した場合どうなるのか。朝バナナ事件の裁判例から判断すると「おとがめなし」ということであろうが、権利者がどのように判断するかは未知数だ。
それだけではない。例えば、App StoreやGooglePlayにアクセスして「スカイツリー」で検索してみよう。タイトルに「スカイツリー」を含むアプリがたくさん存在する。「スカイツリー」もまた、多岐にわたる区分において、しっかりと商標登録されている。これは権利者の代理人に確認したので確かなのだが、それらのアプリの多くは無許諾のものであり、「時期を見て対策を考える」(権利者の代理人)とのこと。
実は、筆者は、『東京スカイツリー今昔散歩』というiPhoneアプリをプロデュースしており、2012年の12月にApp Storeからリリースした。このアプリは、権利者より許諾を得た上でタイトルに「スカイツリー」の名前を使っている。許諾を得る作業はかなり大変で、タイトルの記載方法、内容のチェックなど、権利者とのやりとりに膨大な時間を費やした。アプリ自体は2012年5月の東京スカイツリーの開業前にはほぼ完成していたにもかかわらず、結局、権利者のチェック作業などで半年もずれ込んでしまった経緯がある。加えて、しっかりとロイヤリティーを請求される。
たくさん存在する「スカイツリー」アプリの販売者たちが「スカイツリー」という名称に権利が発生するということを認識しているのかどうかは分からない。それに、朝バナナ事件の裁判例がアプリにも適用されることになると、問題はないのかもしれない。しかし、その一方で、権利者の代理人が「時期をみて対策を考える」と言っているのも事実だ。
いずれにしても「スカイツリー」に限らず著名な名称・製品・サービス名などには、必ず権利の問題が付いて回るということは認識しておくべきだ。たとえ、個人開発者という立場で無料でアプリを配布していたとしても、GooglePlayやApp Storeに並んだ時点でそれは「商品」であり、「商品」のタイトルに登録済み商標を使うということは、権利者の許諾を得なければならない場合の方が多いだろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.