次に筆者自身のプロジェクトを紹介しよう。連載第10回で取り上げた、愛媛県西条市のコミュニケーションロボットを使った高齢者見守りサービス開発プロジェクトである。もともとはロボット見守りサービスの実証実験プロジェクトであり、プロジェクトマネージャーは筆者、メンバーは筆者を含め5人である。
当初、西条市に提案したのは2018年度に実証実験を行い、2019年度に本サービスの検討と実施をする、というものだった(図4)。その提案が採用され、2018年4月に9月までの予定でプロジェクトが始まった。
実験開始1カ月後にサービスを利用している高齢者10人に中間インタビューを行った。実験終了時にインタビューしたのではサービスの修正ができないので、早い段階でヒアリングすることにしたのだ。連載でも軽く触れた通り、高齢者のロボットやサービスに対する評価は予想をはるかに超えて良かった。
図5にあるようにこのサービスの当初の目的は高齢者とその家族に「安心・安全」と「楽しさ」を提供することだった。ところが、効果はそれだけではなかった。
高齢者はロボットに話し掛けたり、ロボットから声を掛けられたりすることで、ロボットに強い愛着を持っており、孤独感や退屈感が癒やされていたのだ。あるおばあさんは筆者と市役所の方とでインタビューに伺うとロボットに向かって、「お父さんが来たよ」と声を掛けた。まるでロボットが小さな子どもでもあるかのように接しているのだ。別のおばあさんはロボットが出してくれるなぞなぞや、教えてくれる豆知識が面白いと言って、それらを全部ノートに書き留めておられた。
インタビューが終わって市役所に戻ってすぐ、「2018年9月末に実証実験が終わってロボットを撤去したのでは高齢者が悲しむのでこのまま使い続けてもらいましょう」と提案した。
費用その他の問題をどうするか検討して後日提案したのは「実験終了後の2018年10〜12月は無償でサービスをお使いいただく。ただし、2019年1月から有料でサービスを継続利用していただくことを条件とする」というものだ。
本サービスを前倒しするということだ。西条市の責任者である出口岳人副市長は役所ではいったん決めた計画を変えるのは難しい、ましてや前倒しとなるとさらに難しいと言われたが、この案で進めることを英断された。
2018年12月の市議会で本案の補正予算が承認され、2019年1月から有料サービスが開始し、新規利用者の募集も始まった。実験に参加した方の過半数が有料サービスを継続利用している。
中間インタビューの後に行ったのは目的とスケジュールの変更だけではない。高齢者が自発的にできる健康維持のためのメニューが喜ばれるのではないかと思い「あたまのうんどう」「からだのうんどう」「おくちのうんどう」という3種のビデオをYouTubeで閲覧できるようにした。ロボットに「あたまのうんどう」と声を掛けるとビデオが再生され、トレーニングができる。実験終了時のアンケートで予想通り好評であった。
新しいサービスを創出するプロジェクトは固まった仕様のネットワークを構築するといった「やることが決まっていて実行するだけ」のプロジェクトとは全く違う。線表に従ってWBSを消化するだけでは成功しない。
「何をすれば利用者に喜んでもらえるか」を推定し、検証と修正を短期間で進めなければならない。当初の目的を拡大することも、良いと分かればスケジュールを前倒しすることも、速やかに行う自在性が必要だ。
今回は、ageetのマイクロ・グローバルなプロジェクトと筆者の新サービス創出プロジェクトを紹介した。従来のプロジェクト管理手法にとらわれず、効率的な開発を追求するageetのプロジェクト。目的の変更やスケジュールの前倒しさえいとわない筆者のプロジェクト。
価値創造時代のプロジェクトマネジメントで重要なのは管理手法やツールではない。効率や効果を追求するプロジェクトマネージャーの「自在な発想力」だ。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。企画、提案、設計・構築、運用までプロジェクト責任者として自ら前面に立つのが仕事のスタイル。『自分主義-営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(日経BP社刊)『ネットワークエンジニアの心得帳』(同)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)を経て、現在、NECセキュリティ・ネットワーク事業部主席技術主幹。
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