Armが自らサーバ向けプロセッサのプラットフォームを発表した。なぜ今、サーバ向けプロセッサなのか、その背景をプレスリリースから筆者が読み解く。
Armが自らサーバ向けのプロセッサを発表したと聞いた(Armのプレスリリース「Our Next Step in Preparing the Cloud for 1T Intelligent Devices」)。一瞬、「Intelが現在その利益のかなりの部分を上げているサーバ向けプロセッサ『Intel Xeon』と、それが売れている市場に挑むつもりなのか?」と考え込んだ。
しかし、それほど短絡的な戦略で動いてくるようなArmでもあるまい。思い直して、プレスリリース文と関係資料など読んでみる。確かにサーバ向けではあるのだけれども、攻め口はそんな単純なものではないようだ、ということが少し見えてきた。
まず、いままでもArmコアを使ってサーバを攻略しようという路線がなかったわけではない。
データセンターが苦しむ、狭い面積に多くの処理能力を詰め込みたいけれども、消費電力と発熱がそれを邪魔するという問題に、低消費電力であるArmという切り口で切り込むわけだ。
ただ以前は、Armが自ら仕掛けたというよりは、他の会社の主導によるものに見えた。その一番手であったのが、2017年にMarvellに買収されたCavium(カビウム)という会社である。まさにCaviumという会社はArmコアを使って、Intel Xeonの金城湯池(きんじょうとうち)といえるデータセンター市場を攻略しようとしてきたのだ。そして一定の実績を上げてはいた。
よく知られている実例は、CaviumのArmアーキテクチャのThunderX2プロセッサが、Hewlett Packard Enterprise(HPE。HPの企業向けビジネス部門が分割、独立してできた企業。データセンター向けのサーバ機の他、スーパーコンピュータなどでも大手)のサーバ「Apollo 70」に採用された。そのApollo 70をノードとして、米国国家核安全保障局向けのスーパーコンピュータ「Astra」が開発されている。
スーパーコンピュータのランキング「TOP500ランキング(November 2018)」を調べてみると、Sandia National Laboratories Astraは204位に入っている(「TOP500 The List November 2018」参照のこと)。データセンターとスーパーコンピュータでは市場が違うじゃないか、といわれるかもしれない。しかし、データセンター向けのサーバと「量産型」とでもいうべきスーパーコンピュータのノードは共通点が多いことに注意しておかねばならない。
スーパーコンピュータのランキングの上位を狙うような機種は、特殊で他とは違う。だが、「量産型」とでもいうべきクラスでは、接続の仕方、走らせるソフトウェアとその運用方法は異なるものの、末端のノードは同じ機種であることも意外と多い。
HPEは、スーパーコンピュータでも「量販型」ともいえる、そこそこ台数が出るような機種を商売にしている。そしてHPE製のスーパーコンピュータに使われている「部品」機種を調べるとデータセンターでも使えるサーバ機ということも多いのだ。
だが、Caviumのサーバ機向けプロセッサがもうかっていたかというと、疑問が残る。HPEはサーバ市場で有力な会社だが、いまだにIntel Xeon採用の機種が主力ではないかと思う。
また、Caviumのビジネスは他にもいろいろあって、Marvellにしたら自社で取り込めないでいた不得手の分野を補完できそうな見込みがあったとはいえ、Cavium Thunder系がガッポリともうかっていて、将来性があったのであれば、Marvellにあっさり買収されることもなかったと想像する。決してArmコアを使った、データセンター攻略というプランが順風満帆に進んできたとは思えないのだ。
実際、先ほどのTOP500ランキングは少々参考になる。CaviumのThumderX2を挟む上下の機種は、いずれもIntel Xeonの機種であった。203位は、Intel Xeon E5-2680v4で82880コア使用、1537.2TFlop/sだ。205位は、Intel Xeon E5-2695v4で53352コア使用、1524.7TFlop/sだった。その間の204位、Cavium ThunderX2は実に125328コア使用で1529TFlop/sである。これを見ると、少なくとも浮動小数点演算性能においては非力さが目立つ。同じ土俵(市場)で、データ処理性能を比べたのでは、なかなか勝ち目が見えてこないと思う。
しかし、「Arm自らが仕掛けてきた」ということは、何か「勝ち目」を見いだしているからだと思う。しかも、このタイミングでだ。それは何だろうか?
それは多分、最近はやりのキーワードで言えば「完全仮想化クラウドネイティブネットワーク」というやつだと目星を付けた。
今こそ、全世界的に潮目が変わろうとしている時期なのだ。いままでは専用機でガチガチに構築されていた通信のインフラが、汎用機上の仮想化されたソフトウェアのネットワークに置き換わろうとする、そんな潮目の変化だ。
そこにうまく乗り、置き換わっていく部分をArmで独占していきたいんじゃなかろうか。既存ビジネスのデータセンターでIntelとガチンコでぶつかるよりも、よほど勝ち目もあるし、将来性もあるように思われる。
それに、Armが今日の大を成したきっかけはモバイルコミュニケーションすなわち「携帯電話」にある。Armの今はその端末側での勝利の上にある。もともと通信業界とはいい関係にあったわけだ。それを端末側からインフラ側に広げていくのは市場攻略のパスとして、当然すぎる流れだろう。基地局、ネットワークスイッチ、ルーター、サーバ、仮想化を支えるハードウェアには、もう一つの巨大市場が成立するに違いない。それをArmが担っていくとすると、モバイル分野では大きくなり過ぎて、もはや成長の余地がないという頭打ち感を打破して、新たに大きな成長の種を確保できるだろう。
そう思ってArmのプレスリリースを読むと、2つのプラットフォーム「Arm Neoverse N1」と「Arm Neoverse E1」の存在価値も納得がいく。単にデータ処理のピーク性能ということであれば、「N1」だけでもよさそうだ。しかし、通信ネットワークのスループットという観点からは、一つ一つの処理自体は軽いけれども、その軽い処理をいかに大量にさばけるかという点で、「E1」の特徴に納得がいく。逆に言えば、Armが攻略したいと思っている市場は、単一のプラットフォームで攻略できるほど単純ではないということでもある。通信インフラの各種局面を考えると当然かもしれない。
通信インフラの「代替わり」とでもいうべき大変革は、これから数年くらいのスパンの中で勝負が決まるような気がしている。するとArmがこれらのプラットフォームを使って、市場攻略に成功するか否かは極めて近い話のはずだ。このプラットフォームに誰と誰が乗って、どこへ進むのか? この1年くらいでも見えてくるのではあるまいか。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
Copyright© Digital Advantage Corp. All Rights Reserved.