デザイナーに「分かりやすい感じで」「適当になる早で」と依頼するのがダメな理由デザイナーの取扱説明書(1)

依頼主とデザイナーの間で起きがちなトラブルについて対策を解説していく本連載。初回は依頼にまつわるトラブルについて。

» 2020年11月10日 05時00分 公開

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 さまざまなプロジェクトを進行するに当たって、デザイナーの手を借りるシーンが多々あります。筆者はデザイナーですが、デザインの依頼をいただき、プロジェクトを進めるに当たって「こういう指示があれば、もっと良い提案ができるのに」「デザインの役割を勘違いしているな」といった悩みを持つことが多々あります。コストをかけて依頼をするのであれば、デザインの役割と得意なことを理解して上手にデザイナーを利用したいものです。

 そこで本連載ではデザインという役割を正しく理解し、デザイナーを正しくプロジェクトに参画させるためにデザイナーの取り扱い方を解説していきます。

「分かりやすい感じでお願いします」がダメな理由

「●●な感じで」はトラブルを生みやすい? 「●●な感じで」はトラブルを生みやすい?

 デザイナーの仕事は、見た目を何となくかっこよくしたり、かわいくしたりするものではありません。デザインの役割は問題解決なので、プロジェクトごとに明確な目的やゴールを設定するものです。

 デザイナーはよく医者に例えられます。「悪いところを治す」に近いでしょうか。つまり、絵を描いたり、サービスを作ったりすることではありません。開発された製品をもっと使いやすく、もっと人に認知されるように、などの「more better」といった考えが当てはまります。

 何を改善すべきなのか、何が悪いのか、それらが曖昧なまま「何だか今のままではダサいし、デザイナーに頼めば良くなるだろう」「最新技術を使っている製品だから、新しいものが好きな若者にウケるよう、おしゃれにしなくては」と考えることは間違いです。見た目をどうにかすれば今抱えている問題は解決すると思ってはいけません。

 優秀なデザイナーなら、そういった依頼主に対して「問題はそこではないのでしっかり考えましょう」と言えるかもしれません。しかし、スケジュールがきつい、他のタスクが詰まっているといった単純な理由から、依頼主の言われた通りに進めてしまうということはよくあります。デザイナーの力を引き出し、活躍してもらうには、困っていることをしっかり相談する必要があります。

ダメな頼み方で学ぶ、デザイナーへの依頼方法

 例えば、以下のような相談兼依頼があったとします。

スマートフォンを利用する50代以降の中高年をターゲットにした健康管理アプリをリリースしたが、入会後、すぐに退会するユーザーが多い。退会するユーザーに向けてアンケートを採った結果、理由の1位は『使いづらい』というものだった。UI(ユーザーインタフェース)を分かりやすくすれば退会者数は減りますか?

 この相談文で依頼主は「分かりやすいUIにリニューアルすれば、退会者数は減るだろう」と考えていますが、そもそも「分かりやすいUI」というワードが不明瞭です。

 単純に「文字を大きくする」「ボタンをタップしやすいサイズにする」という利用者の年齢に起因する問題かもしれませんし、画面遷移が遅すぎてイライラするといったUX(ユーザー体験)に関わる問題かもしれません。機能が多過ぎて使い切れない、本当に欲しい情報にたどり着けないなど高機能過ぎることが問題になっているかもしれません。

 「UIをシンプルにして分かりやすくしてほしい」と依頼主が言い切ってしまえば、デザイナーはその通りに仕事をしてくれるでしょう。しかし、開発者では分からなかった第三の目線を、デザイナーは持っています。とはいえ、そこで「この問題はどう思います?」という曖昧な尋ね方は、時と場合によりますがなるべくやめておきましょう。「自分は好きじゃない」など、個人の主観による感想が挙がりがちです。「こうしたい」という目的をしっかり示してこそ、デザイナーは力を発揮します。

「適当で構わないんで、なる早でお願いします」――適当で予算を下げてもメリットは生まれない

「適当に」がデザイナーを苦しませる 「適当に」がデザイナーを苦しませる

 デザインとは、絵が上手な人が感覚で制作しているものではありません。デザイナーが言われて一番困る依頼は「適当で構わないんで、サッと作ってください」です。それがアイコン一つであったとしてもです。

 エンジニアが「ここの仕様だけ、ちょっと変えられませんか?」と言われて「『ここだけ』『ちょっと』は無理」と感じるのと同じように、デザイナーも無理だと感じます。

 全てのシステムがうまく動いているのに「部分的に」変更するのはリスクが伴います。別の部分でエラーが起きる可能性もあります。デザインも、全体を通して設計しているので、部分的に変更すると、目線の誘導が想定通りにいかなくなったり、情報の優先順位がばらばらになったり、「結局何が言いたいの?」となりかねません。

 アイコンのデザイン一つとっても、掲載媒体はどこなのか、最も閲覧されるデバイスはどれなのか、閲覧を想定しているターゲットはどの層なのか、といったことを最低でも考えなければなりません。PCの画面で大きく制作していたときは何の問題も感じなかったのに、SNSのアイコンサイズにしてスマートフォンで閲覧するとつぶれて表示され、何を表現しているのか分からないというのは防ぎたいものです。

 また小さいからという理由で制作が簡単だとも限りません。もちろん、50ページある企業のWebサイトを設計することと、アイコン一つを設計することでは、Webサイトを制作することの方が圧倒的に大変で時間もかかります。とはいえ、アイコンが簡単な仕事だとも限らないのです。

 SNS用のアイコンと、スマートフォンのホーム画面に表示されるアプリケーションのアイコン、メニューボタン用のアイコンでは役割、目的が違いますし、考えることも違います。「時間も手間もかけなくていいので、適当に、低価格で作って」という依頼には、ほぼ応えることができないといってもよいでしょう。

コラム:デザイナーはどこでもデザインのことを考えている!?

 先日、日本を代表するデザイナー集団4人のオンライントークイベントを見ていたのですが、視聴者から「デザイン以外で最近興味があることは何ですか?」といった質問がありました。何と、その場にいる4人全員が答えられませんでした。仕事を離れ、旅行に行ってもデザインのことを考え、キレイなホテルに泊まってもデザインのことを考える。何を見ても全てデザインに落とし込む。そういった生活をしているのではないかというまとめ方で終わりました。デザインとは、常日頃からそれくらい総括的にさまざまな角度から物事を考えないといけないというわけですね。

デザインを目的にするとどこにも到達できない

指示出しが正解とは限らない? 指示出しが正解とは限らない?

 ところで、デザインうんぬん以前に「自分は客である」という認識を持つ依頼主がいます。確かに、お金をいただいている以上間違いではありません。デザイナーは基本的に依頼主の言うことを聞いて制作します。しかし、依頼するプロジェクトが、依頼主を満足させるためのものではなく、ユーザーのために作られているものなら「自分は客である」という認識は一度横に置いてみてください。デザイナーと依頼主で、プロジェクトを協力して進行する関係を築ければ、お互い質問したり、意見を言ったりできます。それはデザインのクオリティーを上げるきっかけになります。

 逆に言えば、問題を共有せずに「こうして、ああして」と修正内容を指示するだけでは、デザインのクオリティーは上がりづらいでしょう。特にデザインに関しては雰囲気で判断してしまい、素人でも感覚で意見を言ってしまうという状況が起きやすいものです。よっぽど見る目のない人(※1)でなければ、どんなに指示を出しても良くならないということに気付き始めますが、それが自分の指示のせいであるということには気付かないようです。

※1 ここでいう見る目のない人とは美的センスのない人という意味ではなく、他の類似した成功案件がどのようなコンセプトで設計されているのか、どのような行程を得てカタチになっているのかといったことを考えられない人のことを指します。

 プロジェクト全体を俯瞰(ふかん)して最適な設計を提案したのに、細かな部分であまりにも具体的な指示を出すと、最初の設計がパーになってしまいます。しかし、指示が具体的であればあるほど、デザイナーはその指示に従わざるを得なくなります。

 デザインとはプロジェクトの目的を達成するための手段でしかありません。手段としてデザインを選んだのであれば、後はデザインのプロに任せてください。デザイナーは依頼主のイメージを具現化するだけの存在ではないはずです。

まとめ

 大抵のデザイナーは、プロジェクトを進行するに当たって、制作よりもヒアリング、リサーチに時間をかけます。良いデザインとは、時間をかけて作った壮大で美しいビジュアルではなく、より目的に沿ったデザイン、問題の解決を図ったデザインのことをいいます。

 もちろん、その目的達成に必要なことが、美しく壮大なビジュアルを作ることの場合もあるでしょう。デザインはデザイナーのセンスに任せて好きなものを作っているのではないことを依頼主、デザイナーともに理解し、問題解決のためにどのようなアウトプットが必要なのか、協力して考えていきましょう。

 次回は、デザイン制作で起こりがちな「目的を見失ってしまう問題」を解説します。

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