中小企業だからこそ、1人のちからでDXを始められるIT人材ゼロから始める中小企業のDXマニュアル(2)

DXをどのように進めたらよいか分からず、焦りを覚えている中小企業のDX担当者や経営者のモヤモヤを吹き飛ばし、DX推進の一歩目を踏み出すことを後押しする本連載。第2回は、1人で中小企業のDXに取り組んだ事例を紹介し、成功の秘訣(ひけつ)は何かを分析、解説する。

» 2022年12月22日 05時00分 公開
[高橋宣成プランノーツ]

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中小企業だからこそのDX推進とは

 デジタルトランスフォーメーション(DX)を進めるに当たり、中小企業であることの最大の強みはその「アジリティ(=俊敏さ)」にあります。組織において「1人」の占める割合が高く、関係するステークホルダーが少ない。したがって、素早い意思決定とともにそれを実行に移し、物事を改善することができます。そして、その積み重ねが結果として、DXの推進とその拡大につながります。

 しかし一方で、前回記事で紹介した通り、むしろ中小企業の方がDX推進は遅れているというのが現状です。多くの中小企業は、DXに関するスキルを持つ人材がいないから進められないと感じてしまっているからです。

 筆者は、その「人材不足でDXを進められない」という思い込みをまず捨てる必要があると感じています。今回はBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)サービスを提供するフロント・ワークスのDX推進事例について紹介し、中小企業でもDXを進めることは十分に可能であることを示しつつ、その成功の秘訣(ひけつ)を探ります。

たった1人で始めたDX推進

Google Apps Scriptのスキル習得の狙い

 そのスタートは2017年のこと、フロント・ワークスの代表取締役、江藤大さん(当時は専務取締役)は、30人弱の社内で、唯一プログラミング言語「Google Apps Script」(GAS)の学習に挑んでいました。

 事業の柱は光学メディアに特化したコールセンターおよび事前検証業務。競合が少ない業界ではありつつも、光学メディアの衰退とともに業界も衰退していくことが見えている斜陽産業でした。その対策の一つとして、ITを活用した生産性向上を挙げていました。

 また、江藤さん個人としても、専務という役職でありながら、経理、総務、人事といったバックヤードの仕事を一手に抱えていました。その上、お子さんが誕生したこともあり、育児のための時間もとりたかったのです。

 そこでまず、社内の情報を、煩雑なローカルの「Microsoft Excel」や「Microsoft Word」から、クラウドの「Googleスプレッドシート」と「Googleドキュメント」に移行していくことを推し進めました。そして、GASがそれら「Google Workspace」の各アプリケーションや、コミュニケーションツールとして使用していた「Slack」を操作可能であることを知り、業務効率化に大きく貢献すると考えました。さらに、それには余計なヒューマンエラーも減らせるというメリットもありました。

GASにより実現した業務の自動化

 このように、組織にも個人にも大きな貢献をしてくれるだろうという期待があり、まずは1人でGASの習得を開始しました。そして、筆者が運営するブログサイト「いつも隣にITのお仕事」を活用する中で、2017年12月に学習コミュニティー「ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会(ノンプロ研)」の設立を知り、入会しました。

 その後、コミュニティーを活用しながら、プログラミングの技術の習得と実践を積み重ねていきます。そのようすを以下のように語っています。

 「コードを書いて1つプログラムを作れば、それを横展開することで作業の手間が減り、時間が空いて、また新しいことを勉強できる……というサイクルが出来上がっています」

※出典:組織をまたぐと、世界が変わる。フロント・ワークス代表・江藤 大さんに聞く、越境学習の真価

 ごく一部ですが、例として以下のような業務の自動化を実現しました。

  • 出退勤打刻
  • 会議室予約
  • 書類提出のアラートやリマインド
  • メールの下書き作成
  • 定例会議のドキュメント下書き作成
  • スプレッドシート変更の通知

 ITやプログラミングの学習は、いったん時間をかけて学習を完了し、実務で活用すれば、その後は未来の時間を継続的に節約できるという性質があります。一定の時間を投資することで、それ以上の未来の時間をリターンとして得ることができるのです。また、その得た時間を学習やツール開発に振り分け、さらに未来に向けて投資できます。

プログラミングスキルの社内展開

 2019年になると、江藤さんはコミュニティー内で開講される「初心者プログラミング講座 GASコース」のティーチング・アシスタント、さらに講師も担当するほどスキルアップしました。ここまで到達できれば、GASに関してはGoogleが提供をする公式ドキュメントや、他の参考文献を元に、おおよそのことは実現できるようになります。なお、学習開始からここまで2年であるという事実は、大いに参考になるといえます。

 その後、ノンプロ研での講師経験を自社に持ち帰り、社内研修を開催。社内へのスキルの展開を進めていきます。実際、江藤さんと同様に社内で教えることができるほどの成長を遂げている社員も生まれはじめました。

SaaSの積極的導入によりコアドメインに集中する

 社内のIT環境に関しては、Google WorkspaceやSlackだけでなく、積極的にSaaSを導入していきました。「Biztel」(クラウド型コールセンターシステム)「Discord」「Zoho Desk」「MFクラウド会計・給与・勤怠」「SmartHR」「Bitwarden」など、多くのSaaSが活用されています。

 SaaSを用いるメリットは多岐にわたります。

 まず、運用の負担軽減が挙げられます。自社独自のシステムは外注するにせよ、GASで自社開発するにせよ、保守とメンテナンスが必要になります。SaaSであれば、それぞれのサービスがそこは担ってくれますし、社会の動きやニーズに合わせてアップデートすることも期待できます。固定で料金が発生しますが、想定コストを算出しやすいというメリットもあります。

 データが各サービスに集約され煩雑にならずに済みます。それぞれのサービスから取得してほしい形に加工する必要はありますが、その業務はスプレッドシートやGASなどを使用できます。

 しかし、DXという観点でいうと、それらよりも大きなメリットといえるものがあります。それは、コアバリューが明確になり、コアドメインに集中できるようになるということです。

 SaaSが提供するのはその性質上「どの企業でも必要な機能」になります。どの企業でもその機能を持っているわけですから、それに関連する業務に人的リソースをかけてもビジネス的に全くうまみはありません。SaaSを活用しているということが、そのまま自社のコアバリューにはならないということの証左です。

 それよりも、自社ならではの強みにフォーカスして、そこにリソースを振り分ける方がよいのは明らかです。ドメイン駆動設計でいうところの「コアドメインに集中せよ」を徹底するなら、SaaSの積極的導入は必然なのです。

全部長をIT担当に――役割分担と命名の重要性

 フロント・ワークスのDX成功のポイントは、組織の役割分担にもあります。

 多くの場合、中小企業だったとしても、「IT担当」や「DX推進担当」を設けるのが一般的です。しかし、筆者はその一手には、大きなデメリットがはらむと考えています。

 というのも、その担当を任命した時点で、それ以外の全ての人に対する「あなたたちはITやDXの担当ではない」というメッセージにもなり、ITやデジタルについて蚊帳の外に置いてしまうことになります。結果として、IT担当やDX推進担当には、そうして生まれた蚊帳の外の人々を説得し、変化を促すことが求められてしまうのです。

 DXはビジネス全体がデジタルと統合されている状態を目指します。いずれ、社員全員がデジタルに向き合わなければいけないのであれば、最初から全社員をDX推進担当にしておくのがよいのではないでしょうか。

 フロント・ワークスはその点をよく理解した組織づくりをしていました。全部門の部長全員をIT担当に据えたのです。ITに関する議論は全部長で密に行い、決定事項やアップデートされた情報は全ての部署に同様に展開されます。部長以上のマネジメント層にIT活用に後ろ向きなマネジャーは存在しません。これにより、例外なくIT活用が推進され、その進度について部署間の格差が生まれづらくなるのです。

 このように、名前には、そのユニットにどう動いてほしいのか、何を目指してほしいのか、そういったメッセージが込められています。役割をどう分けて、どのような命名をするのか、またはしないのかは、そしてそこにいかに一貫性を持たせるかは、DXという文脈に限らず、非常に重要な意味を持ちます。

ドキュメント――DRY原則とブラックボックス

 もう1つ、フロント・ワークスのDX推進に大きく寄与したと考えられるポイントとして、ドキュメント化があります。具体的には、ツールのマニュアル、業務のマニュアル、作成したプログラムのドキュメント、よくある質問集などです。それらを決まった場所で管理し、適切にアップデートする仕組みを設けます。

 ドキュメントを残すメリットは2つあります。

 1つは、何度も同じことを人に尋ねなくて済むということです。ソフトウェア開発で有名なDRY原則は「Don't Repeat Yourself.」つまり「同じことを繰り返すな」という原則です。組織でも同様で、同じ質問が2回以上出現した場合は、その回答についてドキュメント化をして共有することが大切です。同じことに何度もリソースを割くのは全く生産的ではありません。

 もう1つのメリットは、ブラックボックス化を防ぐということです。ある担当者しか把握していない業務が存在するのは組織にとって大きなリスクであり、マイナスです。その担当者が何らかの理由で従事できなくなったときに立ち行かなくなるリスクがあります。また、業務内容が分からないということは、現状が分からないということです。現状がどうなっているか、分からないものを改善することはできません。

 ソフトウェア開発において迅速に現状を把握し改善を施すためにドキュメントが重要であることは、疑問の余地もありません。その観点で、ブラックボックスの存在は致命的です。このソフトウェアの世界で当たり前のことを、組織運営に持ち込むだけで、多大な恩恵にあずかることができるはずです。

たった1人から始めたDXの現在地

 こうして江藤さん1人で始めたDXの取り組みは、コロナ禍に突入したときにも大きな助けとなりました。多くの業務がクラウドとSaaSにシフトしていたので、会社のほとんどの機能をリモートワークにスムーズに移行することができたのです。それにより、オフィスを縮小してコストを大幅に削減することにもつながり、全国から優秀な人材を採用しやすくなりました。

 そして今、これまでの足跡から生まれたノウハウを、業務システムの開発やITアドバイザーという形でサービス化し、外販を開始したところです。自社のDX経験から、デジタルを主軸としたサービスを生み出すというのは、まさにDXの王道ともいえる流れでしょう。

 この事例から導き出される「中小企業は人材不足でDXが進められない」ことへの提言は、経営トップがまず始め、リーダーシップを発揮することだといえるでしょう。その際、組織づくりとしては、以下のポイントが参考になります。

  • 積極的にSaaSを導入する
  • 例外なく組織全体をIT担当とする
  • 徹底的にドキュメント化する

 次回は、DX人材を育成する越境学習の事例を紹介します。お楽しみに。

著者プロフィール

高橋宣成

プランノーツ代表取締役/ノンプログラマー協会代表理事

「ITで日本の『働く』の価値を高め上げる」をテーマに、研修、執筆、コミュニティー運営を行い、ITやVBA、GAS、Pythonの活用を支援する。コミュニティー「ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会」主宰。「IT×働き方」をテーマに運営するブログ「いつも隣にITのお仕事」は月間138万PV達成。Voicy「『働く』の価値を上げるスキルアップラジオ」パーソナリティー。

書籍紹介

ExcelVBAを実務で使い倒す技術

高橋宣成著 秀和システム 1800円(税別)

動くコードが書けたその先、つまり「ExcelVBAを実務で使う」という目的に特化した実践書。ExcelVBAを楽に効果的に使いこなし続けるための知恵と知識、そしてそのためのビジョンと踏み出す勇気を提供する1冊。


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高橋宣成著 技術評論社 3200円(税別)

人気言語Pythonの最初の一歩からの基礎学習と、実務で使える11の作例を通して、面倒な業務をPythonに任せる力を身につけるノンプログラマーのための効率化テキスト。


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