DXをどのように進めたらよいか分からず、焦りを覚えている中小企業のDX担当者や経営者のモヤモヤを吹き飛ばし、DX推進の一歩目を踏み出すことを後押しする本連載。第1回は、中小企業を取り巻くDXの現状と課題について解説する。
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日本では長らく経済が低迷し、それに引きずられて働く人々の給料もなかなか上がらない状況が続いています。加えて、日本では生産年齢人口の減少に伴い労働力不足が加速するといわれています。豊富な予算や人材を持たない中小企業にとっては、大きな不安材料であり、場合によっては今まさに頭を抱えるような状況に陥っていることもあるでしょう。
そのような困難だらけの今を打破するために、デジタルトランスフォーメーション(DX)を実現することは、全ての中小企業にとっても希望といえます。なぜなら、DXは生産性を高め、新たな価値を生み出すからです。
経済産業省がDXに向けた研究会をスタートし、最初の「DXレポート」を発表したのが2018年。つまり、DXという言葉が世間に知られるようになってから、約4年という年月が経過しました。
この4年で、DXはどこまで進んだのでしょうか。
参考としてTeamViewerジャパンによって2022年3月17日に報告された、「日本企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)に関する意識調査」を見てみましょう。
デジタル化が進むことで付加価値が向上したかどうかという質問に対して、「付加価値は向上した」「やや付加価値は向上した」と回答した企業は全体の33.0%でした。しかし、中小企業に限定すると、その比率は18.8%まで低下し、むしろ「デジタル化が進んでいない」が72.8%とほぼ取り組めていない現状が見て取れます。
デジタル化が進むことでコスト削減につながったかどうかという質問でも、「コスト削減につながった」「ややコスト削減につながった」との回答が全体では31.8%。中小企業に限定すると、その比率はわずか14.9%という結果でした。
全体としても満足のいく結果とはいえませんが、特に中小企業ではそれが顕著に出ており、そもそもDXに対して何も取り組めていない企業が多くを占めているといえます。
DXを推進する上での課題として、よく挙げられるのが「人材不足」です。特に中小企業は、DXを推進する専門的知識やスキルを持つ人材の確保が困難なのは容易に想像できます。メディアに取り上げられる大企業の事例は、多大な予算をかけて人材を採用したり教育したり、もしくは思い切った人材配置を伴ったりするようなものが多く、中小企業には縁遠いように感じられることもあるでしょう。
実際、総務省の「情報通信に関する現状報告」(令和4年版情報通信白書)によると、DXの課題や障壁について「人材不足」と回答した企業が67.6%と報告されています。
人材がいないためDXに取り組めない。しかし、何もできずにいると、より労働力不足が加速する未来に突入していってしまう。多くの中小企業がそのようなジレンマにとらわれてしまっているのです。
しかし、筆者が支援をしている幾つかの中小企業は、人材不足を抱えながらも、DXを推進し、成果を上げつつあります。それらは、決して多大なる予算を確保しなければいけないというものでもありません。
また、大企業よりも中小企業の方が、むしろ組織が身軽で意思決定がスピーディーにできたり、短期的な成果にとらわれずに長期的な施策に取り組めたりします。DXの推進という視点では有利ともいえるポイントも多数あるのです。
そこで、本連載ではその幾つかの事例を紹介しながら、IT人材ゼロの状態から始めるDX推進のポイントを明らかにしていきます。そして、どのようにDXを進めたらよいか分からず、焦りを覚えている経営者や現場のモヤモヤを吹き飛ばし、DXに向けて歩み始めるためのヒントと後押しを与えるものです。
前述の通り、多くの企業は人材不足のためDXが進められないと回答しています。しかし、人材不足という言葉はDXを進められない本当の理由に覆いをかぶせて停滞させてしまう「思考停止ワード」になってしまっているようにもみえます。
というのも、この何年か、必ずしも高度なスキルを保有する「DX人材」を持たずとも、DXを進められるという事実を目の当たりにしているからです。
筆者が所属している一般社団法人ノンプログラマー協会では、主に中小企業を対象に、越境学習支援サービスを通じたDX人材の育成を支援しています。それらは、ITリテラシーやプログラミングなどデジタル関連技術の向上、問題発見能力、ネットワーク力、実験力といったイノベータとしてのスキルの獲得につながっていることを確認しています。つまり、人材はいなくても育成することができるのです。
しかし一方で、DX人材の育成が成功したとしても、必ずしもDXの推進が進むとは限らないということも分かってきました。ある場合は部門全体で見る見るDX推進がなされることもあれば、ある場合は自分の関わる業務ですら改善できずに日々が過ぎるということもありました。
この違いは何なのか、どこから生じるのかということを、考えるようになりました。
その考えるヒントとなったのが『エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計』(翔泳社)という書籍です。「ドメイン駆動設計」というソフトウェア設計手法について解説するものです。
本書の副題には「ソフトウェアの核心にある複雑さに立ち向かう」とあります。ソフトウェアの対象領域のことを「ドメイン」と呼びますが、時代背景として、ドメインの複雑さが見る見る増している一方で、ビジネス環境の変化も激しくなってきています。
顧客のソフトウェアの利用データに基づいて、ニーズを分析し、それに素早く呼応してアップデートをする。今の時代の良いソフトウェアとは、変更容易性が高いソフトウェアです。
ソフトウェアがその価値を維持向上していくためには、そのような活動が求められている、それがドメイン駆動設計が求められている背景なのです。
さて、ドメインの複雑さが増していて、ビジネス環境の変化が激しくなっている、その背景で素早く変更できるようにすべきなのはソフトウェアだけではありません。組織とそれが営むビジネスそのものも、同様に変更容易性を高く保ち、素早くアップデートをすることが求められているのです。
これに関連して、ソフトウェア開発で使われる「コンウェイの法則」を紹介したいと思います。
これは、「組織がシステム開発を行う際、その組織のコミュニケーション構造と同じ構造の設計を行ってしまう」という法則のことで、1967年にアメリカのコンピュータプログラマーのメルヴィン・コンウェイ氏が提唱したものです。
組織とそれが作るソフトウェアの関係性を示す、非常に興味深い法則です。
ソフトウェアはその保守管理、変更がしやすいように、部品ごとに分けて開発をするのが一般的です。例えば、ソフトウェアの機能を変更するときに部品Aを変更したいとしたら、本来は部品A単体だけを変更でき、それが正しく動作するかテストができ、素早くリリースできるというのが理想となります。
しかしこのとき、よくないソフトウェア設計がされていると、困ったことが起こります。
例えば、部品Aに使われている部分が、部品Bにも使われてしまっていたということがあります。そうすると、部品Aだけでなく、部品Bもテストしなくてはいけなくなる可能性が出てきたり、場合によっては変更を加える必要が出てきたりもします。また、その部品Bの変更が、部品Cにも影響を与えるということが判明したら、そちらにも対処をしなくてはいけなくなります。
このような、部品ごとのつながりが強い状態を密結合といい、ソフトウェア設計ではなるべく避けるようにするのが一般的です。部品ごとのつながりが弱く独立性が高い状態を疎結合といい、疎結合の方が安全かつスピーディーに変更ができる、つまり変更容易性が高いとされています。
ソフトウェア設計には、この疎結合に代表されるような、変更容易性を高めるようなノウハウが数多く蓄積されてきているのです。
変更容易性という観点で、組織のコミュニケーション構造に目を移してみましょう。
多くの日本企業は階層型組織で、予算取りや新規プロジェクトの着手など重要な決定はもちろん、備品の購入やアプリケーションのインストールなどにも承認が必要なことがあります。その場合は、承認者全員の合意が必要になり、誰か1人でも承認しない場合は、進めることがかないません。また、ルートにいない権限を持った人が大きな抵抗を示し、なかなか承認が進まないこともあるでしょう。このようにして、あまりにも提案が承認されない組織は、新たな提案が発案されなくなっていくでしょう。
別の例を挙げます。業務で使用している「Microsoft Excel」ファイルのフォーマットを変更したいとしましょう。自らのチームは上長に承認を得てゴーサインが出ていたとしても、それを共有する他の部署からストップがかかる場合があります。仕方ないのでそのファイルはそのまま残しておきつつ、新たなフォーマットのExcelファイルを並行運用開始するというような判断をしてしまうかもしれません。
このように、何か変更を加えようとしたとき、承認や大多数の賛成を得る必要があるなど、コミュニケーション構造として密結合になっていることが少なくありません。また、そのプロセスに多くのリソースや時間がかかっていたり、そのような仕組みとなってしまっていたりすることが多いのです。
つまり、組織とその営みの変更容易性が低い状態といえます。
では、その状態のままDXを推進したらどうなるでしょうか?
「紙で管理していた情報をデジタルデータに置き換えよう」「手作業だったプロセスをプログラミングで自動化しよう」「基幹システムをクラウドに刷新してみよう」と、大小さまざまな変更の検討を重ねるものの、変更のためのコストが高くついてしまい割に合わないと感じるでしょう。
また、小さな変更もそれなりに困難なのに、ビジネスや組織全体を変革するなど到底手が届かないとも感じるでしょう。そのような学習性無力感が「デジタル化が進んでいない」の真の原因なのではないかと筆者は見ています。
ですから、DXの初期段階は、組織とビジネスの変更容易性をチェックし、そのレバレッジポイントを見つけ出して改善する、それにより組織の変更容易性を高める、という手順を踏むというのが有効だと筆者は考えています。
そして、変更容易性に関連するレバレッジポイントは複数存在していると想定されます。それを発見する際に、これまでのソフトウェア設計のノウハウの蓄積が参考になるのではないかとも考えています。なぜなら、ソフトウェア設計は「複雑性に立ち向かい、変更容易性を高める」ことを実現しようとしているからです。
次回以降は、組織とビジネスの変更容易性という観点で、筆者が支援してきた幾つかの企業の事例を基に、DXを解き明かしていきます。どうぞお楽しみに。
チームビューワー、日本企業におけるDX推進に関する意識調査を実施
中小企業がDXの成果を実感する割合は大企業の半分以下 チームビューワー調べ
高橋宣成
プランノーツ代表取締役/ノンプログラマー協会代表理事
「ITで日本の『働く』の価値を高め上げる」をテーマに、研修、執筆、コミュニティー運営を行い、ITやVBA、GAS、Pythonの活用を支援する。コミュニティー「ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会」主宰。「IT×働き方」をテーマに運営するブログ「いつも隣にITのお仕事」は月間138万PV達成。Voicy「『働く』の価値を上げるスキルアップラジオ」パーソナリティー。
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