能登半島地震、延べ1万人以上が通信インフラ復旧に従事 NTTドコモとKDDIが語る、復旧秘話ものになるモノ、ならないモノ(97)

2024年6月中旬に開催された「Interop Tokyo Conference 2024」で、2024年1月1日に発生した能登半島地震の被災地で通信インフラ復旧に当たったNTTドコモとKDDIがその取り組みを振り返った。

» 2024年09月02日 05時00分 公開
[山崎潤一郎@IT]

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 2024年6月中旬に開催された「Interop Tokyo Conference 2024」で「緊急報告:能登半島地震と情報通信インフラ〜現場から学ぶ現実的なレジリエンス〜」と題されたトークセッションが開催された。

 2024年1月1日16時10分に発生した能登半島地震では、大規模な通信障害も発生した。復旧業務に従事したNTTドコモとKDDIの担当者が、通信インフラ復旧の取り組みを振り返った。司会は、企代表取締役のクロサカタツヤ氏だ。

過去の災害の教訓を生かした対策

 2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、2018年の北海道胆振(いぶり)東部地震といった過去の災害を教訓に、大手通信事業者は災害対策の取り組みを強化している。

 NTTドコモの大石朋哉氏(無線アクセスデザイン部 アクセス保全推進担当 課長)は、「災害対策3原則」を定め、平時から災害対応力の向上に取り組んでいるという。

「災害対策3原則」を定め、災害対応力の向上に取り組んでいる(NTTドコモの資料より) 「災害対策3原則」を定め、災害対応力の向上に取り組んでいる(NTTドコモの資料より)
NTTドコモ 無線アクセスデザイン部 アクセス保全推進担当 課長 大石朋哉氏 NTTドコモ 無線アクセスデザイン部 アクセス保全推進担当 課長 大石朋哉氏

 その一例として広域災害、停電時に人口密集地の通信を確保するための基地局運用について紹介した。

 「通常の基地局とは別に半径約7キロをカバーする災害時専用の大ゾーン基地局を全国106カ所に設置しています。この基地局は、非常に堅牢(けんろう)な基盤の上に高いアンテナを用いて設置しており、災害発生時に運用を開始するものです」(NTTドコモの大石氏)

全国106カ所に災害時専用の半径約7キロのエリアをカバーする大ゾーン基地局を設置(NTTドコモの資料より) 全国106カ所に災害時専用の半径約7キロのエリアをカバーする大ゾーン基地局を設置(NTTドコモの資料より)

 さらに、通常基地局の基盤を強化し、多様な自然災害に対して強靭(きょうじん)な備えを持たせた中ゾーン基地局を全国で2000局以上展開している。中ゾーン基地局は、伝送路の二重化対策が施されており、伝送路の一つが切断されても通信が可能なことに加え、アンテナの角度を遠隔操作で変更し、より広いエリアをカバーできるという。

通常基地局の基盤を強化した中ゾーン基地局を全国で2000局以上展開。遠隔操作でアンテナの角度を変更しより広いエリアをカバー可能(NTTドコモの資料より) 通常基地局の基盤を強化した中ゾーン基地局を全国で2000局以上展開。遠隔操作でアンテナの角度を変更しより広いエリアをカバー可能(NTTドコモの資料より)

 KDDIの大石忠央氏(ネットワーク強靭化推進室室長)も、平時から災害対応力の向上に取り組んでいると説明する。例えば、停電が発生した際は、暫定復旧対策として、ポータブル発電機を現地に搬送して基地局へ直接接続し、電源供給を行い復旧させる体制を整えているという。

 また、基地局とネットワークセンターを結ぶバックホール回線が切断された際の対策として、車載型、可搬型基地局を現地に搬送し衛星回線を利用して復旧させるという。

能登半島地震は「現場にたどり着けない」ことが課題に 対策拠点から現地まで往復で15時間を要することも

 元日の夕刻という時間帯を襲った能登半島地震では、「基地局への物理的なアクセスが困難な状況も複数発生し、現場までたどり着けない状況も発生した」(KDDIの大石氏)という。

 NTTドコモの場合、停電や伝送路断によるサービス中断が182局に上り、地震発生3日後には、停電の長期化に伴う基地局のバッテリー枯渇が原因で260局まで中断が拡大したという。結果的に、1月4日の時点でサービスエリアが通常時の約3割まで減少した。

 懸命の復旧作業により1月17日には、立ち入り困難な基地局を除き応急復旧が完了し、3月21日には、離島を除き通信復旧が完了している。

NTTドコモのエリア復旧の時系列。約3週間でほぼ復旧している(NTTドコモの資料より) NTTドコモのエリア復旧の時系列。約3週間でほぼ復旧している(NTTドコモの資料より)

 KDDIも、1月3日の段階で停波局が最大化したものの、立ち入り困難な基地局を除き1月15日に応急復旧が完了、そして、3月21日に地震発生前と同等までエリア復旧が完了したという。

KDDIのエリア復旧の時系列。NTTドコモ同様、約3週間でほぼ復旧(KDDIの資料より) KDDIのエリア復旧の時系列。NTTドコモ同様、約3週間でほぼ復旧(KDDIの資料より)

 両社ともに「約3週間でエリア復旧をほぼ完了した」と一言でいっても、その裏では、現地入りしたスタッフの不断の努力があったという。

 「全国の支社や協力企業から機材と人員が1月2日には現地入りし、のべ1万人以上で復旧作業に当たりました。金沢市内の対策拠点から現地まで片道7時間を要する状況の中での対応でした」(NTTドコモの大石氏)

 「最初の2〜3日は、金沢市内の拠点を早朝4時ごろに出発すれば、比較的スムーズに現地に入ることができました。しかし、1月4日前後から渋滞がひどくなり、往復で15時間かかることもありました」(KDDIの大石氏)

「船上基地局」と「Starlink」が貢献

 能登半島地震特有の事情という意味では、復旧において、大きな役割を担ったのが船上基地局だ。

KDDI ネットワーク強靭化推進室 室長 大石忠央氏 KDDI ネットワーク強靭化推進室 室長 大石忠央氏

 「NTTドコモ初となる海底ケーブル敷設船による船上基地局を派遣し、KDDIと共同で運用を実施しました。陸路が寸断されていたため、海上からの救済が効果的と判断しました」(NTTドコモの大石氏)

 海底ケーブル敷設船は長崎に停泊しており、1月4日に出港し1月13〜18日で、輪島市の2エリア(町野町、大沢町)の復旧を実施したという。

 「NTTとの間で船舶相互利用の協定を結んでいたこともあり、1月2日の夜にはNTTの災害対策室の担当者から私の所に連絡が来ました。『あさって出港する』という話だったので、福岡県の拠点スタッフに『石川県に行くのではなく長崎県に入ってほしい』と連絡するなど臨機応変に対応しました」(KDDIの大石氏)

海底ケーブル敷設船を派遣して船上基地局を開設。KDDIと共同で運用した(NTTドコモの資料より) 海底ケーブル敷設船を派遣して船上基地局を開設。KDDIと共同で運用した(NTTドコモの資料より)

 事業者間の協力という部分では、KDDIとソフトバンクにおいて給油拠点の相互利用も実施されたという。

 「緊急車両への優先給油の仕組み自体は整備されていますが、東日本大震災の時には、給油拠点に行列ができており、燃料の給油が復旧の課題にもなりました。KDDIでは七尾市に給油拠点を開設しましたが、復旧スピードをより上げるためには、奥能登にも拠点を増やす必要がありました。そこで、給油拠点事業者を通じてソフトバンクに共有依頼を出し、先方も二つ返事で快諾いただいたことで、臨時給油拠点の相互利用ができるようになりました」(KDDIの大石氏)

 KDDIでは、Starlinkを利用した基地局の復旧対応を実施した。回線断で停波している基地局にStarlinkの設備を接続しバックホール回線とする措置だ。Starlinkを搭載した車載型基地局も投入された。

Starlinkのパラボラアンテナは、乗用車にも積める程度にコンパクト化されているので機動力を発揮できる(KDDIの資料より) Starlinkのパラボラアンテナは、乗用車にも積める程度にコンパクト化されているので機動力を発揮できる(KDDIの資料より)

 「Starlinkへのつなぎ替え作業手順は事前準備により簡素化されています。現場スタッフからは『従来の可搬型基地局にはもう戻れない』という声も出たほどでした」(KDDIの大石氏)

 なお、NTTドコモもStarlinkを活用した基地局の応急復旧を2024年5月から導入。2024年7月に東北地方で発生した大雨災害の復旧対応で利用したという。

避難所に350台のStarlinkを配備しWi-Fiを無料開放

 災害復旧において迅速対応を進めるには各種情報の収集と共有が欠かせない。KDDIでは、「SVGMap」を活用し、外部の情報を連携させる地図を独自に作成し、道路被害箇所、天候、電波の復旧エリアといった情報をレイヤー状に重ね合わせリアルタイムで可視化、共有していたという。

 「特に災害発生直後では、現地のスタッフが紙で入手した情報を写真で撮って送ってくれる場合もあります。それをデジタル化して反映させる取り込みも独自に構築しています」(KDDIの大石氏)

 被災者支援においては、無料充電サービス、無料Wi-Fi、車両型出張ケータイショップ、被災者に対しデータ容量を付与するサービスなどが実施された。中でもユニークなのは、NTTドコモの「ドコモ公衆ケータイ」だ。

 「携帯電話をお持ちではない方や、端末を紛失した被災者の方も含め、公衆ケータイという名称で、スマートフォンやフィーチャーフォンを準備し、無料の通信手段を提供しました」(NTTドコモの大石氏)

 KDDIでは、避難所を中心に350台のStarlinkを配備し、Wi-Fiを無料開放した。孤立した集落には自衛隊のヘリコプターで機器を運搬したという。災害対応機関向けの支援として、200台を自治体、行政機関、インフラ企業に配備した。

成層圏に無人機を飛ばす空飛ぶ基地局など、非地上系ネットワークは現実的な選択肢に

 総務省では、非常時の事業者間ローミングの推進を検討している。有事の際は各社のネットワークをローミングすることで作業や支援を役割分担し、迅速な復旧に向けた動きを加速させようという試みだ(※詳細は、「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」の情報をご参照いただきたい)。

 ローミングも有効な手段ではあるが、能登半島地震のNTTドコモやKDDIの復旧対応から見えてくるのは、以前なら夢物語だった宇宙や成層圏を介した通信である「非地上系ネットワーク(NTN:Non-Terrestrial Network)」を早期に実現する重要性だ。電源を確保し、空さえ見えれば通信が確保できる。これほど通信復旧において有効な手段はないだろう。

 KDDIは2024年内にもユーザーの端末とStarlinkの衛星を直接接続するサービスを開始する予定だ。当初はメッセージの送受信に限定されるようだが、音声やデータ通信も順次対応するそうだ。

 衛星コンステレーションを利用したサービスだけでなく、空飛ぶ基地局ともいえるHAPS(High Altitude Platform Station)も2025年度商用サービス開始を目指して事業化が進んでいる。

 機体の翼部分に搭載する太陽電池でモーターを回し推進エネルギーを得ることで成層圏を数カ月間の間、飛行し続けることができる。カバーエリアは半径50〜100キロ程度という。NTNの取り組みは災害時に大きな役割を担う技術として期待される。

 講演からは、被災地に入った登壇者の粉骨砕身する様子や通信事業者、協力会社、自衛隊、公的機関などが連携することで早期復旧に向けて努力する状況が生々しく伝わってきた。「災害大国」とされる日本における「備え」や「レジリエンス向上」の重要性をあらためて突き付けられた。

著者紹介

山崎潤一郎

音楽制作業の傍らIT分野のライターとしても活動。クラシックやワールドミュージックといったジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わる。Pure Sound Dogレーベル主宰。ITライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブといった大手出版社から多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」などの開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。

TwitterID: yamasaki9999


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