ウクライナやNATOが使うSAR衛星の世界 日本での動きは「ニア・リアルタイム」が目標

SAR衛星が安全保障や防災での用途を広げている。この分野の技術変革を推進してきたフィンランドの衛星企業ICEYEが日本に本格進出したのを機に、一般的には見聞きする機会が少ないSAR衛星の現在を探ってみた。

» 2025年12月08日 05時00分 公開
[三木泉@IT]

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 ウクライナ国防省にも使われているフィンランドの衛星企業ICEYE(アイサイ)が、日本での本格的な事業展開を開始した。日本国内に衛星製造拠点を確保しており、2026年には製造を開始する。他社にも作ってもらいたいという。一方でIHIと提携するなど、日本の安全保障や災害対応ニーズに対応する取り組みを強めている。

 ウクライナに使われているといっても、こちらはStarlinkのような衛星通信ではなく、 合成開口レーダー(SAR)による観測データだ。

 そもそもSAR衛星はどう使われてきたのか。そしてこの世界はどのように進化しているのだろうか。

小型化と数がSAR衛星の世界を変えている

 SARは、マイクロ波を地表に照射し、その反射波を受信することで、対象物の高精細な画像を取得する技術。これにより、地盤の変動や微細な凹凸(形状情報)などを捉えることができる。

 一般的な光学衛星画像とは異なり、地表の物体をカラーで直接視認することはできない。しかしSARには、昼夜や天候に左右されずに観測が可能だという特徴がある。また、繰り返し観測によって得られた位相差や変位量を映像化し、高分解能な画像として提供できる。

 この全天候性と高分解能な変位計測能力が、災害対応(地震・火山活動後の地盤変動把握、洪水時の浸水域特定など)や安全保障・軍事分野でSARが活用される理由だ。

地震による地表変動を示す画像(出所:ICEYE)
米テキサスのSpaceX打ち上げ基地(出所:ICEYE)

 だが、当初のSAR衛星は巨大かつ複雑で、構築・運用のどちらにも膨大なコストがかかる機器であり、国家プロジェクトとしてしか成立しないとされていた。1978年にNASA(米国航空宇宙局)が打ち上げた世界初のSAR衛星は約2トンだったという。

 その後2010年代初めにかけて小型化の研究が進んだ。こうした動きの中で、フィンランドの大学から生まれたのがICEYEだった。

 ICEYEは地球を周回するSAR衛星コンステレーション(連携して動く人工衛星群)を活用した観測データサービス/ソリューションの提供企業だ。多数の小型SAR衛星を連動して動かすことで、用途を開拓してきた。

 同社は、観測データの販売、人工衛星の販売、データ分析の3種類のサービスを展開している。

 画像販売については、顧客が指定した日時・場所での撮影に加え、アーカイブデータの提供もしている。また、衛星本体の販売については、顧客の要望に応じてさまざまな保有形態がアレンジできるという。インフラはICEYEを使うが、衛星本体をユーザー側が所有し、望む画像を取得して独占利用するといったことも可能。安全保障目的では、こうしたケースが多いという。なお、衛星の購入ユーザーは、ICEYEが運用する衛星へのアクセスもできる。

 同社の強みは、150〜250kg程度の小型・軽量なSAR衛星の設計・製造技術の確立にある。汎用部品を広範に活用することでコストを低減している。打ち上げは現在SpaceXの利用が多いが、コスト的に見合えば将来的には日本のロケットの利用も視野に入れているという。

 ICEYEはこうした衛星の小型化と低コスト化を武器に、多数の衛星で地球全体をカバーするコンステレーションの構築を進めてきた。

 同社は衛星の数を急速に増やしている。2025年11月末時点で62基を打ち上げており、「世界最大のSAR衛星コンステレーション」をうたう。2027年末には100基体制を目標とするが。将来的には200〜300基以上を目指すという。既に地球上のあらゆる地点を撮像でき、カバー範囲という点ではほぼ問題がない。だが、衛星の数が増えるほど同じ場所を撮像できる頻度が向上し、地表の状況変化を伝えるデータのリアルタイム性が高まるからだ。

 安全保障上の監視や状況把握といった用途を考えるだけでも、撮像頻度が高いほどメリットがあることは想像に難くない。

 「どこの地点で何が起きているのかを確認できる頻度が高まるほど、情報の価値は上がる。以前は同一地点を1週間に1回撮れればいいという世界だったが、現在では1日に5回程度撮像できるようになっている。今後さらに衛星の基数が増えれば1日に10回、20回と撮れるようになり、衛星の使い方が大きく変わる可能性がある」(ICEYE Japan CEOの塚原靖博氏)

 頻度とともに重要なのは分解能(解像度)と撮像範囲だ。ICEYEが2025年9月に運用を開始した最新世代の衛星では、最大16cmの解像度を実現し、観測できる範囲を従来の約150kmから400kmへと拡大したという。ユーザーは、撮像範囲と分解能のバランスを「モード」として選択できる。

 ユースケースを左右する要素にはもう一つある。撮像から画像提供までのタイムラグだ。撮像からデータの提供までにはこれまで最長約7時間かかっていた。これほど時間がかかる理由の一つは地上局との距離にある。撮像後、衛星が地上局との通信可能範囲に入るまでに時間がかかれば、データのダウンロードに至るまでのタイムロスが大きくなる。

 衛星の撮像レーダー面を使って地上との通信も行ってきた点も課題となっている。このため、撮像と通信は同時に実行できず、さらに撮像から通信に移る際にレーダー面の向きを変える動作が必要となる。これによってタイムロスが発生するという。最新世代衛星では、地上との通信専用のレーダー(ブーム)を設け、この問題を解消したとする。

 現在では、撮像から1時間でデータを提供する契約オプションを提供しているという。

「パートナーとともに衛星を日本でどんどん作る」

 ICEYEを安全保障目的で利用するユーザーには、ウクライナ、フィンランド、ポーランド、オランダ、ポルトガルをはじめとする各国の国防省や関連企業がある。コンソーシアムとして契約するケースが多いようだ。日本では2025年10月にIHIと契約している。IHIはICEYEの協力を得て自社による衛星製造も進める。

日本法人CEOの塚原氏

 公表されている民間ユーザーで目立つのは保険業界。Swiss ReやJuniper Reといった再保険会社が顧客リストに並ぶ。日本では東京海上日動火災保険が利用している。

 では、日本ではどのような活動を展開していくのか。前出の日本法人CEO、塚原氏は「日本の安全保障やレジリエンス強化のための民間からの貢献」を目指すと話す。具体的な活動の一つとしては、衛星製造パートナーを増やすことを挙げる。

 ICEYEは既に西側諸国で複数の衛星製造拠点を持っている。 なのになぜ日本で製造する必要があるのか。 塚原氏は2つの理由を挙げる。

 1つ目は需要に供給が追い付いていないことだ。撮像の頻度が高まるほど情報の価値は高まる。高頻度を目指すとますます多数の衛星が必要だが、現状では圧倒的に不足しているという。

 2つ目は地政学的な理由だ。西側諸国を欧州、米州、アジア太平洋州に分けると、日本はアジア太平洋における重要な拠点になるという。

 「アジアパシフィック地域の安全保障において、日本はSAR衛星から取得する情報を積極的に共有するなどしてリーダーシップを取る必要がある。これを民間の切り口からサポートできる」(塚原氏)

 ICEYEは衛星の製造に加え、打ち上げや地上局でも国内パートナーを増やしていきたいという。

 QPS研究所やSynspective(シンスペクティブ)といったSAR衛星を扱う国内競合他社とも、膨大なニーズに応えるために協力していくとしている。

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