企業のIT部門やセキュリティ管理部門の許可や監視がないまま、従業員が外部の生成AIサービスを業務に利用する行為や状態。業務効率化という善意の目的でAI利用が自然と広がる一方で、情報漏えいやガバナンス上のリスクを内包する、現代的な課題として注目されている。
シャドーAI(Shadow AI)とは、企業のIT部門やセキュリティ管理部門の許可や監視がない状態で、従業員が独自に無許可のAIツールやAIサービスを業務利用する行為、またはそれが起こっている状態を指す用語である。とりわけ近年では、会社として契約や利用承認が行われていないChatGPTやGemini、GitHub Copilotなどのクラウド型AIサービスを用い、業務上の機密データを入力したり、その生成物を会社として管理/把握できない形で業務に利用したりするケースが、シャドーAIの代表例として挙げられる(図1)。
シャドーAIを理解する上で、混同されやすい関連用語があるため、比較しやすいようにここで簡単に整理しておく。
シャドーAIは、概念上はシャドーITの一部に位置付けられる。いずれも「組織の許可や管理の及ばないIT/AI利用」という点では共通している。しかし、その包含関係にもかかわらず、シャドーAIは、従来のシャドーITと比べて、より高いセキュリティリスクを内包していると考えられている。
その理由は、リスクの性質そのものが異なるためだ。従来のシャドーITが主に問題としてきたのは、データの「保存場所」や「通信経路」といった管理範囲の逸脱であった。一方、シャドーAIでは、業務データが外部のAIサービスに送信され、「処理」や「加工」が行われるだけでなく、場合によってはAIモデルの「学習(トレーニング)」に利用される可能性がある(※オプトアウト設定により回避可能なケースも多い)。このように、データが単に移動/保管されるだけでなく、第三者が提供するAIサービスの処理過程に組み込まれることで、企業側ではその扱いや影響範囲を把握し切れなくなる点に大きなリスクがある。
こうした違いから、シャドーAIは単なるシャドーITの延長ではなく、より深刻な影響を及ぼし得る問題として認識されつつある。
シャドーAIが引き起こすリスクは、単なる社内規定違反にとどまらない。実際には、情報漏えい、コンプライアンス違反、業務品質の低下などを通じて、組織全体に影響を及ぼす事態へと発展する可能性がある。以下では、シャドーAIに特有のリスク構造と、実際に問題となった事例を簡単に整理する。
シャドーAIには、このような潜在的リスクが存在する一方で、企業のIT部門が想定していないAIツールやAIサービスの利用は、既に急速に拡大している(参考:SIGNATE総研『【特集】「AI活用実態調査」レポート シャドーAIの利用実態について 2025年12月版』によると「約35%がシャドーAIの利用経験がある」)。結果として、シャドーAIは現代のセキュリティガバナンスにおける最大の死角となりつつある。
特に2022年から始まった生成AIブーム以降、従業員の多くは「悪意」ではなく、「業務効率化」や「品質向上」といった善意の目的でAIを利用している。従業員が求めるAIによる生産性向上に対し、企業側の提供する許可済みツールや承認プロセスが追いつかない場合、そのギャップを埋める形で、個人向けAIツールの無許可利用が広がりやすい。シャドーAIは、従業員のモラル低下ではなく、組織の提供能力と現場ニーズの不一致から生じる現象と捉えるべきだろう。
シャドーAIへの対策として、外部のAIサービスをファイアウォールで一律に遮断する「全面禁止」は、必ずしも最善策とはいえない。業務効率化を求める従業員は、私物のスマートフォンや自宅のPCを経由してでもAIを利用しようとするため、結果として利用実態が把握できなくなり、かえってリスクが見えにくくなってしまうからだ。
こうした背景から、近年のセキュリティ分野では、「使わせない」ことを目指すのではなく、「利用を前提とした上でリスク全体を抑える」という考え方が重視されるようになってきている。こうしたアプローチは、一般に「セキュアな利活用(Secure Enablement)」と呼ばれることが多い。
このようなセキュアな利活用を実現するためには、次の2つのアプローチを組み合わせた対応などが考えられる。
「シャドーAI」は、従業員を監視したり処罰したりするためのものではない。むしろ、組織が「生成AIの利活用」と「ガバナンス」のバランスをあらためて見直し、現実に即したルールを再構築するための出発点となる概念である。シャドーAIの存在を前提に、生成AIといかに向き合い、どう制御していくのか。その姿勢が、これからの企業には問われていくだろう。
Copyright© Digital Advantage Corp. All Rights Reserved.