Cracked Engineerとは? AI時代に語られ始めた“異常に強いエンジニア”の実像Deep Insider Brief ― 技術の“今”にひと言コメント

AIエージェントとAIコーディングツールの普及を背景に、「Cracked Engineer」という新しいエンジニア像が語られ始めている。10x EngineerやVibe Coderとの違いを整理し、AI時代に取り入れるべき生存戦略をまとめる。

» 2026年01月26日 05時00分 公開
[一色政彦デジタルアドバンテージ]

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連載目次

 近ごろ、米国のスタートアップかいわい(とりわけシリコンバレー周辺)や開発者コミュニティーで「Cracked Engineerクラックド・エンジニア)」という言葉が語られ始めている。筆者はこの言葉を伊藤穰一氏(Joi Ito)のYouTube動画で知った(末尾の情報元を参照)。背景にあるのは、AIエージェント(人間の代わりにタスクを自律実行するAI)とAIコーディングツールの急速な普及だ。

象徴的なエンジニア像の変化:「10x Engineer」→「Vibe Coder」→「Cracked Engineer」 象徴的なエンジニア像の変化:「10x Engineer」→「Vibe Coder」→「Cracked Engineer」

 上の図は、最近起きているエンジニア像の劇的な変化(パラダイムシフト)を表したものだ。実際、AIツールの普及を背景に、米国では「1人(ソロ)で起業する」スタートアップが増えつつある。Cartaのデータによると、Carta上の米国スタートアップにおけるソロ創業企業の割合は、2019年の23.7%から2025年上半期には36.3%へ増加した。少人数でも大きな成果を出し得る環境が整い始めていると考えられる。

 その結果、「個」の生産性がAIによって底上げされ、従来のエンジニア像そのものが更新されつつある。かつてのエリート像だった「10x Engineer(10倍の生産性を持つエンジニア)」を超え、AIで限界突破する規格外のエンジニア像が語られ始めている。それが「Cracked Engineer」だ。Crackedは直訳すると「ひび割れた」だが、ここでは「異常に強い」「規格外」という意味で使われている。元は「Apex Legends」などのゲーマースラングに由来するとされる。

――ここからは『Deep Insider Brief』恒例の“ひと言コメント”として、今回の動向が示す技術の“今”をもう一段掘り下げる。「Cracked Engineer」とは何者なのか。その輪郭を、ここから整理していこう。


一色政彦

 Deep Insider編集長の一色です。こんにちは。

 冒頭で紹介した伊藤氏のYouTube動画を見て、共感し納得する点が多くありました。そこで「これは共有したい」と思い、記事としてまとめました。

 動画の中で伊藤氏は、AIによる開発について「インターネット登場時にホームページ作りに熱中した感覚に近い」「ゲームより中毒性がある」と語っています。私自身もまさにその通りだと感じていて、作りたかったのに諦めていたものに、ついあれもこれもと手を出してしまいます。気付けば時間を忘れてAIコーディングに没頭していることも珍しくありません。

 読者の皆さんの中にも、似た感覚を味わっている方がいるのではないでしょうか。AIを使うと「作ること」そのものがすぐ前に進み、自分の考えを効率よく形にできることが、そのまま楽しさにつながりやすいのだと思います。

 一方で、手作りで一歩ずつ積み上げていく感覚が弱まり、作業ごとの達成感が薄れてモチベーションが揺らぐ方もいるかもしれません。ただ、AIが実装を肩代わりできる範囲が広がるほど、価値は「コードを書くこと」から「何を作るか」「どう設計するか」へ移っていきます。だからこそ、AIとうまく付き合いながら“作る楽しさ”を保つことが、今後ますます重要になっていくはずです。

 「Cracked Engineer(異常に強いエンジニア)」は、AI時代の理想的なエンジニア像として、1つの目標になり得ると感じました。そこで以下では、この“新しいエンジニア像”をできるだけ具体的に整理していきます。


 なお以下は、伊藤穰一氏の動画とDEV Communityの記事を主な参考資料として整理した内容である(情報元を参照)。各ソースで共通して語られている要点を、筆者の観点でまとめたものだ。

象徴的なエンジニア像の変化(3つの段階)

第1段階:「10x Engineer」

 かつてのトップエンジニア像。「10x Engineer」とは、一般的なソフトウェアエンジニアの10倍以上の開発生産性を発揮する人を指して、そう呼ぶことがある。

 ソフトウェア開発の世界では、成果の差が極端に開きやすく、「できる人はできない人の10倍できる」といった見方が、半ば常識のように語られてきた。

第2段階:「Vibe Coder」

 AIの登場によって現れた、まだ新しい開発者像。コードの細部を全て理解していなくても、AIと会話しながら「こんな感じで」と意図を伝え、雰囲気(Vibe)でソフトウェアを素早く形にしていく。

 プロトタイプ(試作品)や作り捨てのツールであれば、このやり方は強力である。一方で、長期運用が前提の大規模システムでは、設計の粗さや理解不足が後から効いてきて、メンテナンス不能に陥るリスクがある。従ってバイブコーディング(Vibe Coding)は万能ではなく、用途や規模に応じた向き不向きがある。実際に、プロのソフトウェアエンジニアよりも、非エンジニアや開発経験の浅い層が取り入れやすいスタイルだろう。

第3段階:「Cracked Engineer」

 AI時代における、最も新しいエンジニア像。彼らの価値は「人間がコードを書く」ことではなく、AIの力を前提に「何を作るか」「どう設計するか」「どう回すか」にある。その上で、AIの出力をうのみにせず、自分の知識と経験に基づいて品質や構造の違和感を見抜き、軌道修正できる。

 AIを単なる補助ツールとして使うのではなく、複数のAIエージェント(自律的に作業を進めるAI)を同時に走らせ、タスクを分担させながら開発を進める。人間はその進行状況を確認しながら、意図を補足し、次の指示を出す。「投げる→待つ→確認する→次を投げる」という高速ループを回すことで、1人でも開発を止めずに、複数のタスクを並行して回し続けられる。

「1人」で開発できる秘密

 Cracked Engineerの強さは、単なる効率化ではなく、開発の前提そのものを変えてしまった点にある。1人で複数のタスクを並行して進め、しかも寝ている間もAIに作業を進めさせられる。その結果として、「1人でチームに匹敵する」ような出力が実現される。

 これらの特徴をまとめると以下のようになる。

  • 「バイブコーディング」の洗練: 「こんな感じで」という意図をAIに渡すが、丸投げではない。基礎・基本を理解しているからこそ、AIの出力に混じる誤り(ハルシネーション)や破たんの兆候を見抜き、適切に方向修正できる
  • エージェント・スウォーム(群知能): 複数のAIエージェントを並列に動かし、自分が寝ている間も調査・実装・デバッグを進める。24時間止まらない開発体制を、個人で回すという発想である

私たちの生存戦略として取り入れよう

 Cracked Engineerの台頭は、私たちにAI時代の生存戦略のヒントを示している。重要なのは、ツールに慣れること以上に、価値の置き場所がどこへ動いているかを見誤らないことである。

  • 「何を作りたいか」という意志(Will)を持つ: 目的がないと、AI開発は“作っている実感のない作業”になってしまう
  • AIに任せる範囲と、自分が理解する基礎を見極める: OS、ネットワーク、アルゴリズムなどの基礎知識は、AIを監督するための「判断軸」になる
  • 退屈な作業や手戻りを、AIで吸収して前へ進む: テスト作成、調査、修正、リファクタリングなどをAIに任せ、人間は判断と方向修正に集中する

 シリコンバレーの最新トレンドが示しているのは、AIを使う/使わないという二択ではない。AIを自分の手足のように使いこなし、設計と意思決定に重心を移せる人の方が、より強くなるということだ。Cracked Engineerとは、その変化をいち早く体現したエンジニア像なのだろう。

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