高精度な金属加工を強みとする山岸製作所は、ローコード開発ツールを活用してシステムを内製化。現場の課題を現場が解決する製造業DXを推進している。過去の属人化による業務システムのブラックボックス化という課題を乗り越え、アプリ開発によってクレームゼロや材料探索時間の大幅な削減を実現した。
群馬県高崎市に本社工場を構える山岸製作所は、1962年の創業以来、高精度部品の加工・製造に取り組んできた金属加工の専門企業だ。同社の大きな強みは、変形しやすい薄肉形状をミクロンレベルで仕上げる切削技術にある。
独自のチャッキング技術と工程設計、複合加工による工程集約を通じて、誤差1/1000mmの真円度・平面度・平行度が求められる超精密加工に対応。試作品から少量多品種生産まで、顧客の幅広いニーズに応えている。
同社 山岸勇公氏は、「かつては自動車のニードルベアリングを中心に扱っていましたが、現在は航空機や宇宙防衛、半導体分野など、より高度な専門性が求められる領域に事業を拡大しています」と語る。
同社のDNAとして深く染み付いているのが、山岸氏の祖父である創業者の代から続く「ないものは自分で作れ」という社風で、工作機械以外の治具や装置まで内製してきた。
内製化の精神はさまざまな業務システムづくりにまで及んでいる。その歴史を語る上で欠かせないのが、山岸氏の母の存在だ。元は銀行系システム開発を手掛け、COBOLを使いこなすソフトウェア技術者だった山岸氏の母は、同社に入社後は主にVBAやAccessを使い、バックエンド業務を支えるシステムをほぼ一人で作り上げてきたという。
ただ、この取り組みにも限界が訪れた。
「プロ中のプロが作ったシステムだからこそ、かゆい所に手が届くような使い勝手の良さがありました。問題はその中身がブラックボックスだったことです。母が引退したあと、誰もメンテナンスできなくなってしまいました」と山岸氏は明かす。
多岐にわたる業務要件を一手に引き受け、次々と機能を実装できる腕のある一人の従業員が存在したことで、システムは高度化・複雑化し、後任を育てられないまま属人化していったのだ。一方、山岸氏の母が手掛けていたのは受注管理や生産管理といった管理系の業務が中心だったので、工場における現場系の業務を支えるシステムは手薄なままだった。
こうした課題に直面した山岸氏の中で高まっていたのが、「現場で役立つシステムを、現場で作れるようにしたい」という思いだ。そして、さまざまな開発手法やローコードツールを探る中でたどり着いたのが「Claris FileMaker」(以下、FileMaker)だ。直感的に操作でき、「自分たちでシステムを作れる」という確信を持てたことが大きかった。システム内製化の取り組みが、次のステージへと飛躍した瞬間だった。
2023年に導入したFileMakerで最初に開発したのは、検査部門の「指導書管理アプリ」だ。加工部品の梱包(こんぽう)形態や取り扱い上の注意点など、熟練の検査担当者の頭の中にしかなかったノウハウを、iPhoneで撮影した写真とともに簡潔な手順書としてアプリ化した。
開発を担ったのは、当時現場で検査業務に携わっていた一人の女性社員だ。プログラミング経験のない非エンジニアであったが、Clarisが公式サイトで公開している学習コンテンツやYouTube動画で独学し、実装までこぎ着けた。
「一人の熟練者に頼ったままでは遠からずキャパオーバーしてしまうと、ずっと危惧していた困りごとを、現場が解決した形です」(山岸氏)
アプリ化するに当たって、当の熟練の検査担当者からの抵抗は全くなかった。現場のスタッフたちがもともとiPhoneに慣れていたことに加え、「写真とテキストが並び、1から10までの手順通りに進めれば操作できる」という単純な作りだったことが大きい。加工する部品の種類が急増し、熟練担当者の記憶に頼った体制では追い付かなくなっていたタイミングとも重なり、現場ニーズとアプリが自然にマッチしたのである。
指導書管理アプリの特長は、単に検査手順を示すだけでなく、「なぜその対応が必要なのか」という背景までをカバーしている点にある。例えば、過去に発生した不適合事例とその対策をひも付けて残すことによって、梱包の外見だけを表面的にまねて不具合を再発させてしまう事態を防いでいる。
結果として、梱包に関する品質管理の精度は大幅に向上した。アプリの導入以降、顧客からのクレームは1件も発生しておらず、「梱包ミスゼロ」を達成したのである。
もっとも、この女性社員に引き続きシステム開発を任せることはできなかった。退職することが決まっていたからだ。
そもそも特定の人物をシステム開発の専任者としてアサインしたのでは、過去の属人化を繰り返してしまう。「現場で役立つシステムを、現場で作る」という当初からの思いを実現するためには、FileMakerの活用を全ての従業員に広げる必要がある。
その体制づくりを共に進めていく伴走者を模索する中で出会ったのが、Claris Platinum パートナーのイエスウィキャンだった。
「システム開発の主体はあくまで社内に置きつつ、サーバ運用やセキュリティ、バージョンアップ対応といった専門性の高い部分をイエスウィキャンに委ねるという役割分担にしました」と山岸氏。
イエスウィキャンの池田純平氏は、「特別なプロジェクト体制を組んでいるわけではなく、必要なときに相談に乗り、ピンポイントでサポートすることが当社の役割です。まず山岸製作所さまが自らやってみて、うまくいかない部分を私たちがアドバイスします」と補足する。
この新体制のもと、新たなアプリ開発に乗り出したのは山岸氏自身である。そして完成したのが「素材のロケーション管理アプリ」だ。
同社は多種多様な金属材料を複数の倉庫、多数の棚に保管しているが、その所在を全て正確に把握できている人物は、ほぼゼロに等しい。急ぎの案件が入るたび、担当者は倉庫を回って材料を探し、多くの時間を費やしていた。限られた人員の貴重な時間がこうした非効率な探索作業に奪われることは、生産性を著しく低下させてしまう。
この課題をロケーション管理アプリが解決したのである。
材料を探す手間は実感で1日当たり2時間程度削減されているという。番地も振られていない工場内を班長に聞いて回っていた従来の探索作業が、iPad上のアプリ1つで完結するようになった。
しかも山岸氏は、このアプリをわずか2日で完成させたという。
「難しいことは何もやっていません。通常のシステム開発の発想だったら、各倉庫の棚に番地を振って、ラベルやQRコードを付けるといった方法を取るところですが、現場は新たなデータ入力や複雑な棚管理の負担を嫌がります。そこで、材料を保管した場所の風景をiPhoneで撮影するだけの仕組みに振り切りました。担当者は倉庫内の風景を熟知しているため、写真を見るだけでおおよその場所が分かります」(山岸氏)
このアプリ効果は、繁忙時に材料探索を担っていた班長や課長の負担を軽減することになった。現場の動きと担当者の感覚を熟知していたからこそ、入力の負担を増やさず、実際に使われる仕組みを短期間で実現できた。
その後も山岸氏は、見込み客の育成状況をステータス管理し、3カ月以上接点が途絶えた顧客にアラートを出す営業支援アプリや、展示会後のフォローメールを一括配信する仕組み、各設備の過去の修理履歴をあいまい検索できる設備修理履歴管理アプリなど、現場のニーズとアイデアに基づくアプリを、FileMakerを用いて次々に開発している。
いま山岸氏が注力しているのは、FileMakerを扱える人材の拡大である。現時点では新たなシステム開発の相談は全て山岸氏のもとに集まっているが、主に管理系の業務のシステム開発に当たる別の担当者を教育中だ。
指導書管理アプリを開発した元社員や山岸氏と同じく、Clarisの学習コンテンツや書籍で学びながら、まずは業務とは関係なく、自身の日常生活の身近なタスクをアプリ化してみるところから経験を積ませているという。
その先の取り組みとして見据えているのが、FileMakerと連携したAI活用だ。
同社が請け負う金属加工は、航空宇宙や防衛分野に関連するものも多く、作業に着手するに当たって工程や加工条件を細かく文書化することが規格上で厳しく求められる。そのため、加工に関するデータは既に相当量蓄積されているという。
一方で、熟練者の経験に大きく依存した「暗黙知」や「匠の技」に当たる加工プロセスのパラメーターの多くは、まだどこにも集約されていない。「せっかく良い食材が十分にそろっているにもかかわらず、料理するところまでは行きつけていない」と山岸氏は現在の状況を表現し、その打開策としてAIの可能性に期待しているのだ。
しかし、加工に関するデータやノウハウは同社の競争力を生み出している核心であるだけに、外部の生成AIサービスに投入することには慎重にならざるを得ない。
そこで考えているのが、機密保護の仕組みを整えた上で、熟練者のノウハウを自社専用のAIに学習させて、熟練者以外でも判断できるように支援する構想だ。具体的には、類似形状や類似事例から加工条件の候補を提示する他、梱包形態の提案、修理履歴に基づく故障原因の推定、動画解析による異常兆候の発見、装置の稼働データと加工品質の相関分析などを想定している。その仕組みも、FileMakerなら重要なデータを社外に出さずにローカルAIで実現できる、と期待を寄せる。
当然、そうした新たな取り組みも、現場が主導することが大前提だ。
「実際に使う人がシステムを作れば、必ず活用されます。これは当然のことで、システムが定着する確率はほぼ100%です」と山岸氏は強調する。会社の上層部などから持ち込まれた余計な機能だらけのシステムは、現場から「求めていない」と見放されるのが関の山だ。
現場の困りごとを起点に、当事者自らが手を動かして形にする――同社がFileMakerをプラットフォームとして実践している開発アプローチは、ローコード時代からAI時代へと進む潮流における、システム内製化に対する一つの答えを示している。現場の知恵と技術を自らの手で仕組みに変え、次の挑戦へつなげていく。その積み重ねが、同社のものづくりと業務改革をこれからも支えていくはずだ。
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アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2026年11月8日