専門用語で「カッコよく」話すのは簡単だけど:システム開発プロジェクトの現場から(6)(2/2 ページ)
開発現場は日々の仕事の場であるとともに、学びの場でもある。先輩エンジニアが過去に直面した困難の数々、そこから学んだスキルや考え方を紹介する。
インストールって何?
予備知識をまったくといっていいほど持たずに入社した私。最初の試練は恐ろしいほど早くやってきました。自分の使用するPCのセットアップです。
何しろ大学時代はMacばかり使っていたため、インストールという概念が希薄で、コピーすれば使えると思っていたのです。いやはや、お恥ずかしい限りです。いまでこそ、「実行アーキテクチャがなんたら……」とか「SOAがなんたら……」とか偉そうに話したりしていますが、入社当時は恐ろしいほどの素人でした。
そんな私に、入社後に回ってきた初の大仕事が、「PC講習会の講師」でした。これは、PC販促のため、PCの基本的な使い方(Windowsの使い方、Excelの使い方など)を講習会形式で紹介するというものです。
仕事内容を聞いたときは、かなり「引いた」ことを記憶しています。何せ、少し前までインストールすら知らなかった人間ですから。しかもお客さまの前で話すのも初めてのことになります。まあ、そんなことをいっていてもしょうがないので引き受けましたが……。仕事を選べる立場でもありませんし。
宙に浮くマウス
いまでこそ、ほとんどのビジネスパーソンがPCを使いこなしていますが、当時はまだまだ不慣れな人が多くいました。基本的にダブルクリックは、皆さん苦手でした。おそらく急いで2回押そうとして力が入ってしまうのでしょう、マウスが動いてしまうんですね。ドラッグという操作および概念も、かなり難易度が高いようでした。
講習中のことです。「そのままマウスを上に持っていってください」と指導したところ、衝撃的な光景が目に飛び込んできました。
マウスが宙に浮いている!
……ここでは説明するまでもないですが、私は、マウスカーソルをPC画面の上の方に持っていってほしかったのです。ですがそれが伝わらず、そのお客さまはマウスを物理的に上の方に持ち上げたのです。
正直、あのときほど自分の無力さを痛切に感じた瞬間は、いまに至るまでありません……。それと同時に、教えるということ、伝えるということの難しさを知りました。
このようにいろいろなことがありましたが、PC講習会は大きな問題もなく終了することができました。また、この経験を通して、大切なことを学ばせてもらいました。
教えたい、伝えたい相手のレベルをきちんと把握すること。そして、そのレベルに自分を合わせてみること。そのうえで、どうやって話したら分かってもらえるのかを考えて伝えるということです。
簡単だ、当たり前だと自分が思っていることが、相手にとっては当たり前ではないかもしれない。そのことを理解し、相手の言葉で伝えられるようにすることが非常に重要なのだと分かりました。
専門用語で話すのは簡単だけど
当時は入社間もないころでしたので、この講習会での経験以外、人に教えるという機会はほとんどありませんでした。基本的には教えてもらうことばかり。教わるときに不満を感じたこともありました。例えば、ちょっと面倒くさそうだったり、大した説明もなしに「後はこの資料読んでおいて」といわれたり(もちろん、教わる側のスタンスというものも大事なのですが)。
教える側の難しさと、教わる側の不満。この両方をITエンジニア1年目で経験することができたのは、私にとって非常に大きな財産だと思っています。
「難しい単語を使ってカッコよさそうにしゃべる方が簡単だ」と、最近よく思います。話している側は、それでなんとなく自己満足も得られてしまうのです。でもそれでは、相手に受け入れてもらえないことも多々あります。
お客さんや新入社員と話をしていて、「なんで分かんないの?」って思うことはありませんか? そう思う前に、相手のレベルまで自分が下りていく(もしくは上がっていく)努力が必要なのだと思います。それができれば、後はちょっとした工夫1つで理解度が上がっていくのだと思うのです。そして、きちんと理解してもらうことができれば、相手との間に信頼関係を築くことができるのです。
このことは自分にスキルが付けば付くほど、いろいろなことを覚えれば覚えるほど、難しくなっていくと感じています。自分自身の「当たり前」のハードルが上がっていってしまいますから。そういうとき、なるべく1年目に経験したPC講習会のこと、それからまったくの素人で入社したころのことを思い出すようにしています。
人に教えることで一番学んでいるのは、実は教えている自分自身なのだということも分かってきました。教えながら自分がその内容の本質を理解することができたりするんですね。そんな経験、皆さんもありませんか?
冒頭で触れた「楽しく仕事すること」。私にとって、そのために必要なものの1つがこの「教える、伝える」ということなのかなと感じています。教える、教えてもらうということから信頼関係が築け、お互い成長することができたら、きっと楽しく仕事できるはずです。
次回以降も「楽しく仕事するために」をテーマに、私がIT業界の現場で得たもの、学んだことなどについてお話ししようと思っています。どうぞお楽しみに。
筆者紹介
新楽清高
1973年生まれ。東京生まれの東京育ち。大学で都市計画を専攻後、社員100人ほどのシステムインテグレータにてSEとしてセールス〜要件定義〜開発・テスト〜運用までを行う。その後2003年11月にアクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズに入社。Java、.NET、SAPにて大規模な基幹システムの構築に携わり、現在に至る。基本ポリシーは「楽しく」。趣味はトラブル対応。
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