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「Amazon Connect」対「Genesys Cloud CX」――クラウド型コンタクトセンターの実力は?羽ばたけ!ネットワークエンジニア(53)

コロナ禍で顧客からの問い合わせに対応するコンタクトセンターの重要度が増している。そこで活躍しているのが、パブリッククラウドを利用した新型のコンタクトセンターだ。素早く構築できるのか、料金はどうか、音声の品質に満足できるのか、他のクラウドサービスとの連携は容易なのか、テレワークに適しているのか。「Amazon Connect」や「Genesys Cloud CX」の導入事例を分析した。

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連載:羽ばたけ!ネットワークエンジニア

 オムニチャネル化、リアルタイムな音声認識とAI解析など、顧客からの問い合わせをサポートするコンタクトセンターの技術進歩はすさまじい。クラウド化のトレンドはコンタクトセンターでも例外ではなく、その機動性の高さと豊富な機能は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)下での在宅コミュニケーター実現にも適している。

 リアルな対面による取引からネット上での取引への移行は、コロナ禍以前から進んでいたが、コロナ禍は電子商取引(EC)への移行をさらに加速させた。そしてECが多くなるほど、唯一の顧客接点であるコンタクトセンターの重要性が高まっている。

 コンタクトセンター自体の在り方は変化しつつある。コロナ禍対策で「密」を避けながら、人材を確保する手段として「在宅コミュニケーター」が注目されている。今回はクラウド型コンタクトセンターの代表格である「Amazon Connect」と「Genesys Cloud CX」を取り上げ、クラウド型コンタクトセンターの実力がどこまで来ているのか、明らかにする。

 筆者は特に在宅コミュニケーターに関心がある。クラウド型コンタクトセンターによる在宅コミュニケーターは、音質に対する要求が高い日本人に受け入れられるだけの品質を満たしているのだろうか。この点にも注目したい。

Amazon ConnectとSalesforceで在宅コミュニケーターと顧客サービスの向上を実現

 Amazon ConnectはAmazon Web Services(AWS)が提供するクラウド型コンタクトセンターだ。図1に示すように極めてシンプルな構成で、コンタクトセンターの基盤だけでなく電話回線もクラウドで提供されるため、ネットにつながったPCとマイク付きヘッドセットがあればコンタクトセンターを始められる。


図1 Amazon Connectの構成

用語解説

ACD(Automatic Call Distribution):着信呼自動分配システム。オペレーターの待機時間の長さ、スキルなどによって優先順位を付けて着信をオペレーターに分配する

CTI(Computer Telephony Integration):電話システムとコンピュータシステム(業務システム)の統合

WebRTC(Web Real-Time Communication):電話、ビデオ会議などのリアルタイム通信で使用するWebブラウザの機能

IVR(Interactive Voice Response):自動音声応答システム。用意された音声メッセージによる自動応答、プッシュされた番号による受電の振り分けなど


 Amazon Connectで提供される電話番号は図1にある通り、050/03、フリーダイヤル0120/0800だ。03は住所が東京にあることが条件になる。IVRやACDといったコンタクトセンターの主要機能を備えているだけでなく、音声通話とチャットをシームレスに使えるオムニチャネルも可能だ。

 コミュニケーターのPCに必要なのはWebブラウザだけで、ソフトウェアのインストールは必要ない。サポートされているWebブラウザは「Google Chrome」と「Mozilla Firefox」だ。「Microsoft Edge」やモバイルブラウザは使えない。

 PCが1台あればコンタクトセンターを始められるというものの、導入や運用の実際はどうなのだろうか。日本事務器(本社:東京都、社員数《NJCグループ》1238人《2021年3月期》、ITソリューションサービス事業)は、2021年からAmazon Connectと「Salesforce」を連携させた、先進的なオムニチャネル・コンタクトセンターを運用している(図2)。


図2 Amazon ConnectとSalesforceの連携 (提供:日本事務器)

 同社は以前IP-PBX(IP構内交換機)とCTI、Salesforceを利用し、障害時の受け付け業務を電話、チャット、Webで対応していた。SalesforceとCTIは連携しておらず、在宅コミュニケーター対応もできていなかった。2020年に予定されていた東京オリンピックによる交通規制や自然災害で出社困難となった場合に備えて在宅コミュニケーターの実現を考えていた。それがコロナ禍で加速されたのだ。

 2020年4月ごろから検討を始め、在宅対応が容易でSalesforceとの連携が可能なAmazon Connectの導入プロジェクトが2020年7月に開始された。技術本部アカウントサポート技術部部長の中川靖文氏によると小規模から大規模へと段階的に切り替え、音声品質対応が完了した2020年10月から本格運用を始めたという。運用面の変化で一番大きかったのは電話番号の変更だ。もともとIP-PBXでも050番号を使っていたのだが、050は制度的に番号ポータビリティーができないためAmazon Connectへの切り替えで番号が変わる。そのため、電話番号変更の案内が大変だったそうだ。

 プロジェクト開始から本格運用まで3カ月しか要していないことはAmazon Connectの導入のしやすさを表しているといえそうだ。

 筆者が関心のある音質については当初、コミュニケーターから「お客さまの聞き返しが多い」といったクレームがあったそうだが、現在は問題なく使えているという。この「お客さまの聞き返しが多い」という事象はAmazon Connectに限らず、PC上のソフトフォンを使う場合の注意点を示している。

 「お客さまからの聞き返しが多い」ということは「お客さまの音声はコミュニケーターに聞こえているが、コミュニケーターの声がお客さまに届いていない」ということだ。図1を見ながら音声パケットの流れを考えてほしい。顧客からコミュニケーターへの音声パケットは左から右へ、コミュニケーターから顧客へは右から左に流れる。経路上で差があるのはPCの部分だ。PC上のソフトフォン(WebRTCを含む)は、Windowsのマルチメディアクロックを使って20ミリ秒分の音声をパケットに格納し、PCから送出する。

 PCのCPUの性能が不足していたり、電話以外のアプリケーションが同時に使われてCPUが過負荷になっていたりすると、音声パケットの送出処理が乱れるのだ。日本事務機器で発生した問題がPCのCPUだと断定することはできないが、逆方向の音声には問題がないのにPCからの音声が聞き取れない、あるいは途切れるといった事象が出た場合は、CPUの性能不足や過負荷をチェックした方がよい。

 日本事務器ではAmazon Connect導入の所期の目的である在宅コミュニケーターが実現し、IP-PBXではできていなかったSalesforceとの連携も完成した。プロジェクトを担当したコンタクトセンター プラットフォーム対応グループ マネージャの森竹克明氏に伺ったAmazon Connectの導入効果をまとめると次の通りだ。

顧客サービスの向上

 放棄呼(着信したがコミュニケーターが受電できなかった電話)が限りなくゼロになった。これはAmazon Connectが着信させたコミュニケーターが一定時間受電できなかったら、別のコミュニケーターに回すことができるためだ。新たに使い始めたIVRでお客さまの電話を自動的に適切な部署に振り分けられるようになったことも対応時間を短縮し、顧客満足度を高めるために役立っている。

サービス改善対応の効率化

 Salesforceと連携し、受付件数、対応時間、放棄呼などのデータを素早くレポートできるようになり、サービスの改善策を効率的、タイムリーにできるようになった。

通話録音活用の容易化

 Salesforceで受け付け情報、顧客情報、通話録音データが対応付けられているため、受付時の通話録音データを簡単に検索できるようになった。以前のIP-PBXの通話録音データは、受け付け情報や顧客情報との関連付けがないため、必要な録音データを探すために時間を要していた。

コンタクトセンターのコスト削減

 IP-PBXでは大きなイニシャルコストが必要だったが、Amazon Connectではイニシャルコストはごく少ない。毎月のランニングコストも安いので驚いた。月に数千件の受け付けがあるのだが、1件当たりのAmazon Connectの費用は10円程度なのだ。

Genesys Cloud CX――IP電話を使わず、在宅コミュニケーターの音質を向上

 Genesysはカリフォルニアに本社を置く、中規模から大規模向けコンタクトセンターソリューションを提供する企業だ。「Genesys Cloud CX」はクラウド型コンタクトセンターで、AWS上にプラットフォームを持っている(図3)。


図3 Genesys Cloud CXの構成

 電話回線は図3にある通り、コンタクトセンターのゲートウェイ(GW)に接続する。

 もう1つの電話回線の接続方法として「クラウドキャリア」を使う方式もある。クラウドキャリアはインターネット回線を使ってIP電話(ソフトフォンなど)を電話網と接続するサービスだ。例えばTwilioやVonageといった企業がサービスを提供している。クラウドキャリアを使うメリットはコンタクトセンターに電話回線を引き込む必要がなく、GWも不要になることだ。設備費用が削減でき、短納期で電話が利用できるメリットがある。ただし、通話料が高くなる場合もあり、インターネット環境によっては音質が劣化することがある。

 サービス機能としてはIVRやACDといった基本的なものに加え、オムニチャネルも可能だ。ユニークな機能として「コールバック予約」がある。コミュニケーターへの接続待ちが一定数以上になると「折り返し電話する」旨のガイダンスを流して、用件を録音し、コールバックの時間を指定してもらう機能だ。顧客の待ち時間をなくせるだけでなく、コミュニケーターはあらかじめ用件を聞いてからコールバックするので対応時間を短縮できる。Salesforceをはじめとする外部システムとの連携も可能だ。

 筆者が良い機能だと思ったのはコミュニケーターがログインするときに使用する電話端末を選択できることだ。

 しっかりと帯域確保できるLANでPCや固定IP電話機が電話回線に接続されているコンタクトセンターでは、PC上のソフトフォンや固定IP電話機を選択して使用する。在宅コミュニケーターの場合、Genesys Cloud CXとPCの接続はインターネット上のVPNを使用する。ソフトフォンをVPNで使用することもできるが、インターネットや自宅のWi-Fi環境は帯域不足やネットワークの輻輳(ふくそう)で音質を劣化させることがある。在宅コミュニケーターはログイン時に携帯電話を選択すれば図3の赤い矢印のように音声はインターネットもPCも使わず、固定電話回線と携帯電話回線だけで流れるため、音質を保つことができる。

 ブラザー販売(本社:名古屋市、社員数約350人、法人・個人向けプリンタなどの情報通信機器、家庭用・業務用ミシンなどの国内販売・修理サービス業)は2019年11月からGenesys Cloud CX(導入当時の呼称はGenesys Cloud)を導入している。

 以前はプライベートクラウド型のCTIを使っていたが、年賀状印刷で繁忙期となる年末の業務量に合わせて設備を持つ必要があり、閑散期に無駄が生じるだけでなくランニングコストが高いという問題があった。また、IVRやACDの設定変更によるコールフローの変更はベンダーに依頼しなければならず、費用と時間がかかり迅速な対応ができなかった。常に先進的な機能を使いたいと思っても機能のアップデートが十分でないという不満もあった。

 Genesys Cloud CXへの移行でこれらの問題が一気に解消された。業務の繁閑の差を吸収できる契約体系で、ランニングコストの適正化が図られた。コールフローのルール設定やガイダンスのセットが簡単になり、自社で短時間に進めることができるようになった。Genesys Cloud CXは常時機能の追加やアップデートがなされるため、常に先進的なコンタクトセンター機能が利用可能になった。

 Genesys Cloud CXと同時に導入したCRM(顧客関係管理)ツールとの連携でオムニチャネルも実現している。これにより、コミュニケーターの応答を待っている間にWeb上のFAQに誘導するショートメッセージを送信し自己解決を促す、といったことも可能になった。

 コロナ禍に対応した在宅コミュニケーターも実現している。2022年6月現在、約3割のコミュニケーターが在宅勤務をしているそうだ。上述した仕組みで、電話端末として携帯電話を使い音質を保っている。「顧客対応に問題ない品質」だという。

 電話回線やゲートウェイを自社で持つ必要がなく、PCとインターネットだけで素早く安価なコンタクトセンターを構築できるAmazon Connect。電話回線、ゲートウェイ、LANを備えた本格的なコンタクトセンターを構築でき、在宅コミュニケーターでも高品質な音声を実現できるGenesys Cloud CX。

 どちらもクラウドとして「常に機能が追加されサービスが進化する」「高い拡張性」「他のクラウドサービスとの連携が容易」「ハードウェア更改が不要」というオンプレミスにはない特長を持っている。

 このコラムがコンタクトセンターの実現方式を検討する際、参考になれば幸いだ。

筆者紹介

松田次博(まつだ つぐひろ)

情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。

IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。

東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。


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