KDDIの大障害で考える、テレワーク時代の企業電話の在り方とは:羽ばたけ!ネットワークエンジニア(54)
「企業の電話はスマートフォン主体であり、代表番号を使わない限り、PBXは不要だ」というのが筆者の持論だ。大前提として携帯通信事業者のネットワークの信頼性が、極めて高くなければならない。ところが2022年7月2日に発生したKDDIの大障害はその前提をくつがえした。
今やオフィスにおける電話はスマートフォンが中心で、固定電話機はごくわずかしか使っていない、という企業が増えている。それはコロナ禍以前からのトレンドだ。コロナ禍以降は在宅勤務が増えて、一層スマートフォンへのシフトに拍車が掛かった。会社でも自宅でも電話が利用でき、クラウドPBX(構内交換機)などと組み合わせれば、自宅で会社宛ての代表電話も受電できる。
スマートフォンシフトの前提は、携帯電話がいつでもどこでも使える、極めて信頼性の高いサービスであることだ。しかし、その前提は2022年7月2日土曜日未明に発生したKDDIの大障害で崩れ去ってしまった。障害が完全復旧したのは障害発生から3日以上経過した同7月5日夕刻だった。KDDIのスマートフォンを多数使っている企業の話では、7月4日月曜日の午前中まで電話がほとんど使えず、午後から徐々に使用可能になったということだ。
このような携帯電話の大障害はKDDIに限らず、今後も起こる可能性がある。「携帯電話で通話できない」という事態にどう備えておけばよいのだろうか。
「PC主体」で働く場所を選ばない企業電話を実現した住友ゴム工業
スマートフォンに過度に依存しない企業電話システムを採用するのは有力な対策になる。住友ゴム工業(本社:神戸市、社員数《連結》:約4万人、タイヤなどゴム製品製造)は、スマートフォン中心ではなく、PCを使ったテレワーク中であっても代表電話の受発信ができる電話システムを構築している(図1)。
同社はMicrosoftの電話基盤「Teams Phone System」(以下、Teams)とTeamsからの外線発着信を可能にするNTTコミュニケーションズの「Direct Calling for Microsoft Teams」を使用している。2021年2月から導入を開始し、2021年11月時点では約700人が利用していた。2022年7月現在、約1000人が利用しており2022年末には1300人から1500人に増える見込みだ。全社一斉に導入するのではなく、希望する部署がテレワークやフリーアドレスを実施するために順次導入している。導入を担当したデジタル企画部課長代理の福元栄隆氏によると、サービスの検証は1〜2カ月かけて慎重に進め、以後の展開は順調だったという。
図1にある通り拠点の「IP-PBX」は残している。在宅勤務するTeamsユーザーには050番号を付与している。テレワークをする部署の代表電話番号はボイスワープでTeamsに転送するよう設定している。顧客が代表番号に電話するとTeamsに転送され、代表グループに入っている「050-1234」(在宅勤務)と「050-2345」(オフィス)の2台のPCが鳴動する。
PCから外線に発信するときは発信者番号として個人の050番号を通知することもできる。代表番号の通知も可能だ。筆者が広報部の方に03番号で電話をした際、その方は在宅勤務中であった。自宅のWi-Fiでインターネットに接続しているそうだが、10分ほど会話しても音質には全く問題がなかった。
内線番号はTeamsにはなく、PC画面に表示された社内の通話相手のアイコンをクリックすれば相手のTeamsにつながる。
福元氏によれば、この電話システムの最大のメリットは、在宅勤務のために社員にスマートフォンを貸与する場合と比較して、ランニングコストが約3分の1で済んだことだという。
テレワークの拡大で出社する社員が減少しているためフリーアドレスの導入で執務席を削減し、ミーティングスペースや集中席を設置するなどフロアの有効活用が進められている。固定電話の台数を大幅に削減し、ノートPCとWi-Fiで済ませられるため、レイアウト変更が容易になったことも大きな導入効果だ。
住友ゴム工業の電話システムの目的は、場所を選ばない働き方の実現であり、「携帯電話網の大規模障害」に備えることが目的ではない。しかし、結果としてPC中心で固定電話網をハブとして外線とつながる仕組みは、携帯電話網の障害の影響を受けにくい。受ける影響としては、ダウンしている携帯電話と通話できないだけだ。携帯電話の大規模障害への対策として参考になる。
フリーWi-Fiの価値が見直される可能性あり
携帯電話の大規模障害への対策としては、いろいろな案が考えられる。メインの携帯電話会社のSIMに加えて、サブキャリアのSIMを契約するのが、簡単な方法だ。MVNO(仮想移動体通信事業者)には「iPhone」のeSIM(embedded SIM)を使って簡単にオンラインで契約できるサービスがある。ただし、パケット通信だけなので、050番号による電話サービスの契約も必要だ。
企業電話の対策からは離れるが、フリーWi-Fiも価値が見直されるだろう。フリーWi-Fiは「公衆無線LAN」と呼ばれ、10年ほど前にさかんに「ホットスポット」が設置された。当時、4Gの展開が始まったばかりでカバーエリアが狭かった。それを補うため、携帯電話各社が競ってホットスポットを増やしたのだ。コンビニやドラッグストアは顧客サービスの一つとして店舗にフリーWi-Fiを設置した。しかし、4Gが普及してフリーWi-Fiの必要性が薄れてしまった。
セブン‐イレブンはフリーWi-Fi「7SPOT」を2022年3月末で終了した。もし、継続していればKDDIのユーザーはセブン‐イレブンの店舗に向かえばインターネットが利用でき、3分でオンライン契約できる050電話サービスを使えば電話がかけられたのだ。障害が復旧すれば050電話サービスは解約すればよい。今回の大障害をきっかけに終了しようとしていたフリーWi-Fiが、継続されることになるかもしれない。
筆者は現在手掛けている音声系ネットワークの仕事の中で、携帯電話の大規模障害への対策を考えている。経済的で効果的な方法を工夫したいものだ。
筆者紹介
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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