【トレンド解説】次世代無線LAN標準のIEEE
802.11nが動き出す
100Mbpsオーバー、MIMO技術を搭載して2006年には登場か
鈴木淳也(Junya Suzuki)
2004/8/19
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技術革新の激しい無線ネットワーク技術の世界に、またしても新星が登場しようとしている。現在、非公式に設立され、次世代の無線LAN規格の策定を行っているIEEEの802.11nタスク・グループ(タスク・グループ関連の発表)では、8月13日(米国時間)の夜をめどに将来802.11n標準となるべき仕様案の募集を締め切っている。ここで提出された仕様の一部が、2004年9月以降に最初のドラフトとして成立し、検討が行われていく見込みだ。802.11nでは、802.11b/gとの上位互換を維持しつつ、100Mbps超の実効速度で通信できることを目標にしている。
■IEEE 802.11nの特徴とは?
802.11nの最大の特徴は、従来技術と比べて大幅にパワーアップされた通信速度だろう。現状、2.4GHz帯で最速といわれる802.11gでは、カタログ・スペック上では54Mbpsの通信速度がうたわれているが、実質的なパフォーマンスはその半分以下だというのは、多くの読者の知るところだろう。最近になり、BroadcomのSpeedBoosterのように、ヘッダ処理のオーバーヘッドを軽減することで802.11gの実質的なパフォーマンスを改善するような技術も登場してきてはいる。だが802.11nでは、最初のバージョンが市場に投入された時点で100Mbpsの実行パフォーマンスを実現し、最終的には500Mbpsオーバーの通信速度実現を目標とするなど、無線LANのパフォーマンスを根本的に改善する可能性を秘めている。
こうした実効速度不足に悩む無線LANのパフォーマンス改善に向けて802.11nに新たに導入されたトピックが、MIMO(Multiple Input Multiple Output)と呼ばれる技術だ。MIMOでは、無線通信の送信と受信に使われるアンテナを双方ともに多重化することで、実質的な通信速度をアップさせる。MIMO自体は比較的昔より検討されているアイデアだが、実装面での課題もあり、最近になり、ようやく小型機器向けに応用できる状況になってきたのが現実だ。
図1 MIMO(Multiple Input and Multiple Output)の概念図 |
現在、802.11nに提出されようとしている提案では、2x2と4x4の2種類のMIMOが検討されている。2x2では、送受信のアンテナをそれぞれ2本ずつ用意して、全体として20MHzの帯域を使って通信を行う。現在の802.11b/gでは、1チャネル当たり約20MHzの周波数を通信に用いており、これをそのままリプレイスできるのが2x2のメリットだ。4x4では、送受信のアンテナをそれぞれ4本ずつ用意して、全体として40MHzの帯域を使って通信を行う。単純計算で2x2の約2倍のパフォーマンスを出せるのが4x4のメリットだが、国によっては無線LAN向けに20MHz分の帯域しか利用できない地域もあり、そのままでは4x4は利用できない。そういった事情もあり、当初は2x2をプッシュすることで、802.11nの世界規模での早期拡大を狙うのが提案者らの考えである。
■2つの業界団体「WWiSE」と「TGn Sync」
802.11nの世界ではいくつかのキー・プレイヤーが登場し、技術革新をけん引している。MIMO技術のパイオニアであるAirgo Networksでは、すでにMIMO-OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing=直交波周波数分割多重方式)ベースの無線通信チップを開発しており、ネットワーク機器メーカーに出荷を開始している。米Webニュース・サイトのCNET News.comによれば、ネットワーク機器メーカーのBelkinが、同社のチップを採用した最初の製品を2004年10月に出荷する見込みだと伝えている。
このAirgo Networksをはじめ、Broadcom、Conexant System、Mitsubishi、Motorola、STMicroelectronics、Texas Instrumentsらがコア・メンバーとなって構成する業界団体がWWiSE(World Wide Spectrum Efficiency)だ。WWiSEでは、802.11nタスクグループ(TGn)の8月13日の仕様案提出締め切りに合わせて、同グループから提案を行ったと発表している。WWiSE案は、2x2で20MHzを使う100MbpsのMIMOをベースに、4x4の拡張を検討に入れるという、前出のアイデアをそのまままとめたものである。その特徴の1つは技術ライセンス形態にあり、開発者に対してライセンス料を課さないというRAND-Z(Reasonable And Non-Discriminatory - Zero royalty)というライセンス・モデルを採用している。WWiSEとしては、RAND-Zをベースに一気に技術を普及させたい考えだ。
だが、業界標準を狙うのはWWiSEだけではない。Agere Systems、Atheros、Intel、Royal Philips Electronicsらを中心とした業界団体のTGn Syncもやはり、TGnに対して新仕様の提案を検討している。
TGn Syncのコア・メンバーの1社、Agere Systemsが開発しているMIMOベースの技術では、2x2のシステムで250Mbpsのスループットを実現し、最終的には4x4でover 500Mbpsを実現する計画だ。同社の2x2システムは、実効パフォーマンスでも175Mbpsを実現できるとされており、現状の無線LANでのパフォーマンス問題を大きく改善することが期待される。同社のシステムにおいても、もちろん802.11b/gとの上位互換性を実現している。
■「UWB」か? 「802.11n」か?
802.11nの登場でがぜん面白くなったのが、次世代高速無線LAN技術の行方だ。100Mbpsオーバーの無線LANというのは大きなブレイクスルーだが、もう1つ、この座を狙っている技術がある。それが、IEEE 802.15.3aで仕様の検討が行われているUWB(Ultra-WideBand)だ。UWBでは、当初100〜150Mbpsの速度で市場に登場し、最終的には540Mbpsの通信速度を目指すことが検討されている。まさに、802.11nが目指す市場と合致するのだ。
もともと、UWBは半径10m以内の近距離通信向けの規格で、低消費電力や製造効果によるチップ単価の安さから、組み込み機器などでの利用が多いBluetoothのリプレイス規格と目されていた。だが、そのパフォーマンスの高さから、「無線LANにも応用できるのでは?」というアイデアが広まり、次世代無線LAN技術の1つとしても注目を集めることとなった。そしていま2つの理由から、802.11b/gの後継である802.11nが次世代無線LAN規格の座を奪い返そうとしている。
1つは速度上の理由で、前出のように802.11nですでに100Mbps達成が見込まれるいま、上位互換性もないUWBの第1世代規格製品を導入する理由がなくなってしまった点である。しかも、802.11nでは最終的に500Mbps以上の速度達成を目標に掲げており、これではUWBの出る幕がなくなってしまう。利用する周波数帯の問題もあるため、UWBの方が速度的に有利な可能性は高いが、802.11xの大幅なパワーアップにより、積極的にUWBへと移行する理由は薄れてしまった。
2つ目は時期的な理由だ。当初、802.11nの標準化プロセス完了は2006年末〜2007年初頭になるとみられていたが、フタを開けてみると、それより早まる可能性が指摘されている。しかも、Airgo Networksはすでに対応チップの出荷を開始しており、標準化プロセスを待たずして、2005年には多くのメーカーが製品をリリースしている可能性が高い。一方でUWBでは、2006〜2007年の標準化完了のスケジュールにいまのところ変更はなく、1年以上、802.11nに市場へのデビューで先行されることになると思われる。しかも、この2006〜2007年の段階でUWB陣営からリリースされるのは第1世代の製品(100〜150Mbps)であり、802.11nではすでに第2世代の製品(200〜500Mbps)がリリースされている可能性もある。これにより、さらにUWBは競争力をそがれると、現状ではみられつつある。
以上のような理由から、802.11b/gをリプレイスするのは802.11nとなり、UWBは当初の目的どおり、高画質なHD-TVの映像信号転送や携帯電話を含む周辺機器同士の高速通信など、情報家電やPC周辺機器、携帯電話を相互に接続する高速版Bluetoothとして、Bluetoothの置き換えとしての役割を担うことになるだろう。
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