朝7時。いつもより30分早く起きる。星野君、27歳の秋。
今日は、星野君がかねて希望していたWeb担当へ配属替えになる日。星野君の会社では創立記念日の今日を機に、Webに力を入れるための新しいチームが発足するのだ。
足取りも軽く、星野君は会社へ出社する。まだ、「Web担当になる」ということ以外、具体的なことは一切知らされていないが、とてもわくわくしている。
この会社では、人事発令があるときは1人ずつ社長室に呼ばれる。星野君が自席でそわそわしていると、一番に声が掛かった。
社長 「星野君、入りなさい」
星野君は2年ほど前にこの会社へ転職してきた。前職では、簡単なWebアプリケーションの作成やFlash作成などのコーディングが中心のWebデザインの仕事をしていた。Webデザインの仕事を希望して入社したのだが、残念ながらその会社は3年目であえなく倒産してしまった。
「できれば同じ仕事を続けたい」。しかし、すぐに再就職できるあてはなかった。いまの仕事は、大学時代からの友人、山下君に紹介されたものだ。しかし、この会社ではビジネス担当に配属され、やりたかったWebデザインには携われず、ただ与えられた仕事をこなすだけの日々。星野君にとって、今回のこのWeb担当チーム立ち上げは絶対に逃せないチャンスであった。
社長 「星野君。今日からWeb担当のチームで頑張ってもらう。よろしく頼むよ」
星野君 「はい!頑張ります」
辞令を受け取った星野君は早速自席の荷物を新しい席へと運び始めた。Web開発チームは、星野君を入れて3人で構成されるらしい。折を見て、さらにメンバーを追加する計画のようだ。
いくつか荷物を運んだところで、ほかのメンバーが荷物を運び込み始めた。
星野君 「ええ!?」
ほかのメンバーを見て星野君は思わず小さな声を漏らしてしまった。そこにいたのは、無理難題を押し付けることで有名な平野部長と、就業時間の半分以上は喫煙所でタバコを吸っているといううわさの高橋さんだった。
出社30分にして、星野君の新しい業務に対する情熱は脆くも打ち砕かれた。皆の同情とも哀れみとも思える視線が星野君を容赦なく突き刺した。
星野君 「(こんなはずじゃ……。この2人と一緒でまともに仕事ができるわけが……)」
取りあえず、荷物を新しい席に運ぶ。肩を落としながら荷物を整理していると、早速平野部長が話し掛けてきた。
平野部長 「当面の業務はもう会議で決めてあるから。これ、あらかじめ目を通しておいて」
渡されたのは、大ざっぱに予定が書かれたスケジュール表。それによると、来週から募集を開始するセミナー用の「セミナーWeb申し込みフォーム」が今週中に完成することになっている。今日は水曜日だ。期限まであと3日弱しかない。
星野君 「ちょっと、これ……。まだ環境も把握してないのに。ねえ、高橋さ……」
振り返っても、そこに高橋さんの姿はなかった。きっと、荷物も運び終わらないうちに喫煙所へ行ったのだろう。
平野部長 「まあ、Webデザインの仕事をしていた星野君なら楽勝でしょ」
ニヤつきながら平野部長はいった。明らかに試されている。星野君は言葉を返す気力も失せていた。
こうして、星野君のWeb担当業務が始まった。
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