連載:見えてきた「次世代IFRS」(1)
米国会計基準の影響で変化を遂げるIFRS
井上寅喜
株式会社ヒューロン コンサルティング グループ
2009/9/10
日本が受け入れを決めたIFRS。しかし、そのIFRS自体が大きく変わろうとしていることに注意する必要がある。IFRSの改訂作業だけでなく、米国会計基準とのコンバージェンス作業が進んでいるからだ。2011年にも生まれる「次世代IFRS」の姿とは(→記事要約<Page 3>へ)
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MoUのアップデート
では次に、FASBとIASBの共同プロジェクトに関する現況について概観してみよう。2008年にアップデートされたMoUで示されたIFRSと米国会計基準のコンバージェンス項目およびIASBにおけるプロジェクトの概要は以下のとおりである。
- 金融商品
従来の金融商品会計の複雑性の低減を念頭においた上で、金融商品の区分と測定、ヘッジ会計および減損に関する見直しが行われている。長期的には全面時価主義への移行を目標に置いている。
- 財務諸表の表示
各財務諸表(財政状態計算書、包括利益計算書、キャッシュフロー計算書)についてそれぞれの表示を事業活動と財務活動に区分し相互関係性を強化し、また、それに伴いキャッシュフロー計算書について直接法のみとするなど、財務報告内容を整理・改善する予定である。
- リース
現状、リース契約についてオンバランスが必要となるファイナンス・リース取引と賃貸借取引として処理するオペレーティング・リース取引に区分しているが、当該区分を取りやめ、いずれのリース取引も使用権部分をオンバランスするなどの会計処理に移行する方向へと検討が進んでいる。
- 負債と資本の区分
近年の新たな金融商品の組成に対応し、負債と資本の区分について検討が行われている。
- 収益認識
いずれの業種や地域においても適用可能な単一の収益認識モデルの開発を念頭に置き、基本的なベースとして、「顧客対価アプローチ」が提案されている。これにより例えば、現在工事契約の収益を進捗度に応じて認識している企業は、顧客が建設の進捗に応じて支配を獲得する場合にだけ、建設期間中に収益を認識することとなる。
- 連結
現状、連結の範囲について、IFRSおよび米国会計基準いずれも、基本的に支配モデルとリスク・経済価値モデルを混合したモデルとなっているが、これを変更し、単一のモデルによる連結の範囲の判定を目指している。
- 認識の中止
現状、認識の中止についてはIFRSおよび米国会計基準それぞれ異なるモデルに基づいているが、基本的なベースとして支配モデルに基づく処理への移行が検討されている。
- 公正価値測定
現状の米国会計基準(米国財務会計基準書第157号)に基づく考え方(出口価格の採用等)をベースとする方向で検討が進んでいる。
- 退職後給付
数理計算上の差異の遅延認識の削除等が検討されている。
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このように、FASBとIASBの共同プロジェクトでは、これまでの会計的な発想について大きな転換を迫りうる項目が検討課題として提起されている。
そのため、このような方向性の下で今後開発されるであろう次世代IFRSは、現行のIFRSとはまったく異なる性質として捉えなければならない可能性が高い。その上でIFRS適用準備のスケジューリングによっては、適用すべきIFRSが異なるというだけでなく、過去作成した財務諸表の遡及修正やシステムを含む内部統制機構の修正・改変等、極めて甚大な影響を生むことにもなり得る。
IFRSの受け入れを検討する上では、上記の方向性とその差異の大きさを認識し、十分な事前検討を行うべきであろう。当然のことであるが、企業の属する業種や業態によって、その影響は大きく左右される。
次回は上記の影響が、制度上、現在の日本基準のコンバージェンス作業にどのようなインパクトを及ぼしているか検討した上で、日本企業がIFRSを受け入れる上での留意事項を検討する。
筆者プロフィール
井上 寅喜 (いのうえ とらき)
株式会社ヒューロン コンサルティング グループ
マネージング ディレクター
公認会計士
1980年にアーサーアンダーセンに入社以来、朝日監査法人、あずさ監査法人(KPMG)で会計監査、会計アドバイザリー業務、財務デューディリジェンス業務に携わる。2008年7月には、株式会社ヒューロンコンサルティング グループのマネージングディレクターに就任。複雑な会計処理に関するアドバイザリー業務、米国会計基準及び国際会計基準へのコンバージョン支援業務、買収後の統合支援業務などに従事している。2010年7月、株式会社アカウンティング アドバイザリー 代表取締役社長就任。
要約
日本が受け入れを決めたIFRS。しかし、そのIFRS自体が大きく変わろうとしていることに注意する必要がある。IFRSはすでに多くの改訂作業が進んでいるからだ。このため初度適用する年度によってIFRSの内容が大きく異なる可能性が生まれる。企業は現行のIFRSではなく、むしろ将来の「次世代IFRS」を意識した準備が必要となる。
IFRSは米国会計基準の影響も大きく受けている。近年のIFRSの改訂の多くは、米国会計基準の設定主体である財務会計基準審議会(FASB)とIASBとの共同プロジェクトを基礎として行われているのだ。
FASBとIASBはMoU(Memorandum of Understanding、FASBとIASBのコンバージェンスについての覚書)を締結していて、金融商品など9つの分野について改訂作業を進めている。これらの改訂作業の結果に生まれる「次世代IFRS」は、現行のIFRSとはまったく異なる性質として捉えなければならない。
その上でIFRS適用準備のスケジューリングによっては、適用すべきIFRSが異なるというだけでなく、過去作成した財務諸表の遡及修正やシステムを含む内部統制機構の修正・改変等、極めて甚大な影響を生むことにもなり得る。IFRS適用をこれから準備する際にはこのような方向性を確認し、十分な事前検討を行う必要があるだろう。