[ニュース特集:Deep Insight]
ILMの基本−ストレージ各社の戦略を分析する
2004/11/16
企業のデータ管理で「情報ライフサイクル管理」(Information Lifecycle Management:ILM)が注目を集めている。各ストレージベンダはILMに対応した製品やサービスを相次ぎ発表。ILMにどれだけ対応できるかが、他社との差別化要因ともなっている。ILMが注目される背景と、各社の戦略を解説する。
ILMとは簡単にいえば、時間とともに変化する情報=データの価値に合わせて最適なストレージで保存するという考えだ。従来はストレージ容量の違いはあっても、どのデータもサーバに直結した単一のストレージ(DAS)に保存するのが基本だった。
急増するデータがストレージを変えた
しかし、企業で扱うデータ量の急増がストレージの利用法を変えた。ITシステムの利用が進み、企業で扱われる情報のほとんどがデジタルデータとして保存されている。企業の情報量は年々増加。さらにデータベースに保存されるような構造化データ以外に、電子メールやマルチメディアデータ、HTMLなど非構造化データが増えている。日本ストレージ・テクノロジーのマーケティング本部長 吉川知男氏によると、「企業のデータの80%はビジネス上、継続して使用されることがない複製データ」であるといい、このような大量で多種なデータをいかに効率的に保存し、さらに必要なときに確実に利用できるようなストレージ環境の整備が企業に求められているのだ。
ストレージテックのマーケティング本部 本部長 吉川知男氏 |
企業データには、「必要なデータを確実に保存し、求められたときに確実に取り出す」ということが求められる。会計基準の厳密化で企業の財務データや電子メールを長期保存することを求める流れや、コンプライアンスの観点からデータの内容を変更することなく、確実に保存することが求められる。特に企業が神経質になっているのが2005年4月に完全施行される「個人情報の保護に関する法律」(個人情報保護法)。データの管理をいい加減にして、個人情報を外部に流出させれば企業の社会的、刑事的責任を問われることになる。
このようなデータ管理の新しい要件に従来のストレージ環境で答えようとすると、ハードへの膨大な投資や運用管理コストの増加につながる懸念がある。吉川氏は「ストレージのハード価格は年率35%で低下しているが、ストレージ管理は逆に年率10〜15%で増加している」として、ストレージTCOの増加を指摘している。
情報の価値に応じて最適に管理
ILMはこのような企業のデータ管理の環境に対応する考え方として登場した。情報の価値に応じて、そのライフサイクル(生成から利用、保存、廃棄まで)を管理するのが基本。作成されたばかりの重要なデータはハイパフォーマンスで高信頼なストレージに保存。アクセス頻度が下がり重要度が低くなったデータは、信頼性がありコスト効果が高いミッドレンジのストレージに保存する。そしてほとんどアクセスしなくなったデータは、アーカイブ用途のローエンドのストレージに保存する。このデータの流れをポリシーベースで自動化し、ストレージの運用管理コストを抑えるのがILMの基本だ。
EMCが考えるILM。データの作成日数に応じて価値が変化し、段階的に最適なストレージで管理する。フィックス・コンテンツは内容に修正が加えられないデータを指す |
しかし、ILMを実現するうえでのアプローチは各ストレージベンダによって異なる。EMCはネットワークに対応した階層型ストレージを構築し、ポリシーベースでデータを自動移行させる。ストレージのヘテロジニアス環境に対応するのが特徴で、「(ILMを実現するための)コントロールはすべてソフトで行う。他社のILM戦略と比べてEMCはよりオープンで柔軟、コスト効果も高い」(米EMC マーケティング&テクノロジー担当主席副社長 ハワード D. エリアス氏)という。EMCはネットワークストレージのヘテロジニアス対応を目指すAuto ISなど、従来から他社のストレージを含めた運用管理を推進してきた。そこで蓄積したソフトの技術や2003年に買収したレガートシステムズ、ドキュメンタムの技術を生かしてILMを実現する戦略だ。
ILMの第1弾はストレージ統合
EMCにとって特にドキュメンタムの買収は大きかった。ドキュメンタムはもともとコンテンツ管理技術のソフトベンダ。非構造化データの管理に強く、頻繁に変更される法令や規制に柔軟に対応できるのが売りだ。EMCはILMの中でドキュメンタムのこの技術を、データの価値を判断し、自動で移動させる技術として活用している。データの作成日時やサイズ、最終アクセス日時、バージョンなどを判断し、移動、複製、アーカイブなどを行う技術だ。「ユーザーに対してデータ保存場所の変更を感じさせずにインフラで自動で変更するための技術」(EMCジャパン エグゼクティブ・ブリーフィング・センター コーポレート・シニア・マネージャー 菊地宏臣氏)という。
EMCジャパン エグゼクティブ・ブリーフィング・センター コーポレート・シニア・マネージャー 菊地宏臣氏 |
菊地氏は「ILMを実現するうえでの第1段階はやはりストレージ統合」と説明する。ヘテロジニアス環境でプラットフォームや用途が異なるストレージをSANなどのネットワーク・ストレージ技術で統合し、「IT資産を管理しやすいようにする」のが目的だ。統合されたストレージは「企業のITシステムを決めるうえでの座標軸」となる。ストレージを統合することで、ILM実現に向けた各アプリケーションの部分最適が可能になる。部分最適を進めながら企業全体やサプライチェーン全体へのILM導入を図る計画だ。
EMCは10月15日、ヘテロジニアス環境でのレプリケーションを強化する製品「EMC Open Replicator for Symmetrix」や、MAS製品のデータをポリシーに基づき、移動させる「Celerra FileMoverソリューション」を発表した。また、電子メールやデータベースのデータをポリシーベースでストレージ間を移動させる製品や、メタデータを活用してすべてのアプリケーション・データを管理する「Documentum コンテンツ・ストレージ・サービス」も今後、提供する予定。EMCジャパンのエンタープライズ事業部 マーケティング部 部長 宮治彦氏は「ILMをかなり現実のものとして提供できる製品が充実してきた」と述べ、ILM実現で先頭を切っていることを強調した。
コンプライアンスで必須となる「WORM」
ストレージテックもEMCと同様に階層型ストレージによるILM実現を訴えている。データのライフサイクルを最も価値が高いと思われる順に「オンライン」「インライン」「ニアライン」「アーカイブ」と4段階に定義。それぞれの段階に対応してストレージ製品やアプリケーション、サービスを用意している。ニアラインでは同社が強みを持つテープドライブを活用する。生成されたばかりでアクセス頻度が高いデータはオンラインのストレージに保存、生成から時間が経過したデータはATAディスクのインラインストレージ、そしてバックアップ/リカバリ用途としてニアラインのテープドライブに保存するという「Disk to Disk to Tape」の構成を提案している。この構成を取ることにより、「約20%の企業がバックアップとリストアでの失敗が約25%以上ある」(吉川氏)というバックアップ/リストアに関する問題を解決できるとしている。
また「アーカイブ」では企業のコンプライアンス重視の流れを受けて、1度書き込んだデータを上書きや消去できないようにする「WORMテクノロジ」(Write-Once-Read-Many)を実現している。財務データや電子メールデータなどが改ざんなく保存されることを保証し、監視機関に求められたときはいつでも参照できるようにする技術。ストレージテックは「一番有効なWORMテクノロジへの対応策はテープ・ストレージ」(吉川氏)としていて、改ざん防止と高パフォーマンスの両立をアピールするとしている。
各社の注目を集めた日立の新ストレージ
今秋、各ストレージベンダが注目した製品発表があった。それは日立製作所が9月8日に発表した「SANRISE Universal Storage Platform」(USP)。ディスクアレイ自体に仮想化機能を持たせて、USPを中心にヘテロジニアス環境の統合を図るのが最大の特徴。国内ストレージ市場で最大手ともいわれる日立の新製品だけに注目を集めた。日立の執行役専務 情報・通信グループ長&CEO 古川一夫氏は発表会見で「ストレージ仮想化のパラダイムを完全に変える」と強調した。
ILMを実現するうえでは、ストレージの仮想化が必須といわれる。ストレージの各ハードにデータをひも付けるのではなくて、論理的なボリュームを各ストレージ割り当てるようにする。論理ボリュームをつくることでデータの移動が自由になる。従来、ストレージベンダ各社はソフトウェアや仮想化スイッチを使ってストレージの仮想化を実現してきた。対して、日立はUSPのディスクアレイ上に仮想化技術を実装し、USPに接続するヘテロジニアス環境のストレージを仮想化できるようにした。つまり、USPはハイエンドストレージであると同時に、ストレージ統合とILMのプラットフォームとして動作する仕組みだ。USPを使うことで、ストレージの中央管理が容易になるうえに、「サーバやネットワークに負荷をかけない」というメリットがある。アプリケーションに対して仮想的なディスクリソースやキャッシュ、ポートを割り当てることが可能で、アプリケーションに合わせたQoS管理もできるようになるという。
日立製作所が発表した「SANRISE Universal Storage Platform」(USP) |
USPのストレージ仮想化技術は「Universal Volume Manager」の名称で、日立のオンラインストレージ「SANRISE 9900V」「同 9500V」と、アーカイブ用途のニアラインストレージ「同 9500V」(SATA HDD)をファイバチャネルで接続し、USPと統合できる。USPに接続したサーバからは、USPの論理ボリュームとして外部ストレージを透過的に見ることができる。外部ストレージに対して、USPのコピー機能などを利用可能。
また、Universal Volume Managerは日立の旧機種や他社のストレージにも対応し、データをオンラインのままでUSPに移行する機能がある。論理ボリュームとして扱うことはできないが、わざわざサーバにデータを一度移したり、SAN経由でアプリケーションを利用して移行する手間がない。データ移行に対応するのは、日立の「SANRISE 2000シリーズ」「同 1000シリーズ」と、IBMの「エンタープライズ・ストレージ・サーバー(ESS) 800」、EMCの「Symmetrix 8000シリーズ」「DMXシリーズ」。日立ではサポートする他社ストレージを拡充する考えで、USPを中心としたストレージ管理を広げる。
USPは日本ヒューレット・パッカード、サン・マイクロシステムズも日立からOEM提供を受けて自社製品として提供する。
ストレージベンダ各社は日立のUSPをどう考えているのか。9月14日に会見した米EMCのマーケティング&テクノロジー担当主席副社長 ハワード D. エリアス(Howard D. Elias)氏は、「日立はあらゆるストレージを仮想化できるといっているが、まずは高価なUSPとソフトを用意し、その後ろに各社のストレージを接続するアプローチになっている」と指摘、「EMCから見ると、日立のアプローチでは(USPが必要となるため)インフラのコストが増大し、独自性と複雑性が生まれる懸念がある」と述べた。ほかにも各社の担当者からは「USPはストレージのオープンの流れとは異なる。既存の資産をハードとして残して仮想化するのがいまの流れではないか」などの声が聞かれる。
ITシステム全体に広がるILM
ILMをストレージ管理だけでなく、ITシステム全体まで広げる動きも出てきた。日本HPは10月7日、ストレージに加えてネットワークやサーバ、ソフトウェアなどシステム全体の最適化を可能にする新しいアーキテクチャ「HP StorageWorks Grid」を発表した。新アーキテクチャではデータの属性を「スマートセル」と呼ぶモジュールで管理する。スマートセルはデータの格納場所や容量などのメタデータを持つ。検索エンジンの機能もあり、必要なデータを高速で見つけて、ビジネス要件に基づき、ストレージを再配置できる。スマートセルのAPIは公開される見通しで、HPはストレージ以外のシステムへの拡張も検討している。
日本ネットワーク・アプライアンスも「ストレージ・グリッド」の名称の新アーキテクチャを積極的に提案し始めた。ストレージ・グリッドはヘテロジニアス環境のストレージに対して、「グローバル・ネーム・スペース」の名の管理レイヤを設けて、各ストレージのプロトコルやデータの属性の違いをクライアントから見えなくする。ストレージ・グリッドを構築することで複数のストレージを仮想的な1つのストレージに統合できる。米国では、すでにストレージ・グリッドに対応したゲートウェイ製品「NetApp Filer」「NetApp gFiler」を販売している。NetApp製ストレージのほかに日立データシステムズ、IBMのストレージに対応している。今後、ヒューレット・パッカードやEngenioのストレージにも対応する予定。
NetAppではストレージ・グリッドを実現することで、ストレージ環境のスケーラビリティが向上し、データ移動や管理が容易になったり、ストレージ利用率の上昇し、システム全体のTCO削減につながるとしている。NetAppではストレージグリッドを実現する「SpinOS」を、現在のNetAppのストレージOS「Data ONTAP」に統合していく考え。プライマリ・ストレージからニアライン・ストレージ、NASゲートウェイ、小規模向けストレージの主要製品すべてをストレージ・グリッドに対応させていく方針だ。
日本IBMは同社のオートノミック・コンピューティングのサーバ技術をストレージに搭載した。10月13日には、IBMのUNIXサーバが採用しているプロセッサ「POWER5」を搭載し、リソースの仮想化機能を強化した新しいハイエンドストレージ「IBM TotalStorage DS8000 ディスク・システム・ファミリー」を発表した。POWER5が持つプロセッサの論理区画機能(LPAR)をディスクコントローラに搭載。LPARはプロセッサのリソースやキャッシュ、I/Oアダプタを仮想的に分割し、各アプリケーションに割り当てられる機能で、業務の負荷の変化に柔軟に対応できるという。従来のストレージでは1つのアプリケーションの負荷が高まると別のアプリケーションにも悪影響を与えることがあったが、LPARを導入することでプロセッサのリソースを仮想的に分割でき、お互いが影響を受けないようにできる。IBMではリソースの割り当てを自動で行う「ダイナミックLPAR」の機能も今後、搭載していく予定だ。
(編集局 垣内郁栄)
[関連リンク]
日本ストレージテクノロジー
EMCジャパン
日立製作所
日本ヒューレット・パッカード
日本ネットワークアプライアンス
日本IBM
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