時代を読む力は、生き残れるエンジニアの必須条件である。本連載では、海外と深い接点を持つ人物へのインタビューをとおして、IT業界の世界的な動向をお届けする。ITエンジニア自らが時代を読み解き、キャリアを構築するヒントとしていただきたい。
あるときは案件が溢れ、またあるときは枯渇して皆無となる……。「景況感に左右されるエンジニアにならないためには、どうすればいいのか」。これは多くのエンジニアにとって共通の課題であろう。
「ITの進化やグローバリゼーションがもたらす仕事と所得の平準化に対応するためには、個人の高付加価値化が必須である」という考えのもと、2003年11月にスタートした「日本人エンジニアはいなくなる?」は第36回の「アフリカ人エンジニアは日本を目指す?」で最終回を迎えた。今回からスタートする新シリーズでは「海外から見た! ニッポン人エンジニア」というタイトルでお届けする。グローバルに特化した組織・人事コンサルティングを行うジェイエーエス 代表取締役社長 小平達也が、海外と深い接点を持つ人物へのインタビューを通じ、世界の経済・技術動向、文化や政治状況などの外部環境の最新状況を掘り下げていく。
記念すべき第1回はIBM チャイナ・グローバル・デリバリー ジャパン・デリバリー・リーダー 執行役員 佐々木順子氏に登場いただく。佐々木氏はIBM中国における日本向けオフショア開発の責任者をしており、現在も中国(大連)に駐在している。IBMというグローバル企業で働く日本人エグゼクティブであり、中国というホットなフィールドを拠点としている佐々木氏の目にニッポン人エンジニアはどう映っているのだろうか。
小平 佐々木さんはIBMチャイナ・グローバル・デリバリー ジャパン・デリバリー・リーダー 執行役員というお立場ですが、まずはご自身の管轄されている事業内容をご紹介いただけますか。
佐々木 わたしはIBMチャイナに出向し現在中国に駐在していますが、もともと日本IBMにシステムエンジニアとして入社し、システム開発、インフラ構築サービス、アウトソーシング、製品技術支援など一貫してサービスビジネスに従事してきました。2007年から上海に、今年からは大連に駐在をしています。肩書にあるグローバル・デリバリーとは、オフショア開発とほぼ同義です。日本で「オフショア開発」というと、コスト削減を目的に下請けに出す、というニュアンスが強いようですが、IBMにおけるグローバル・デリバリーにはコスト面・品質面において最適な場所で、最適な対応のできる人間が対応する、という意味合いが含まれています。
グローバル・デリバリーの要員は世界に5万人以上いますが、そのうち中国には深セン、上海、大連、成都、武漢の5つの拠点があり、合計約6000人います。小平さんもご存じの通り、これら各地域には一流大学がそろっており、優秀人材を確保するには理想的なロケーションです。
小平 中国では大学卒業後、半年たっても就職できず、失業状態にある卒業生が73万5600人に上る(2009年就職青書)ともいわれていますが、これは一般大学の卒業生の話です。外資系企業などが必要とする優秀人材に関しては引き続き「引く手あまた」の売り手市場という点でそう大きな変化はないようです。どの業界でもそうですが、特にIT業界では優秀な人材の確保が成果に直結するので、優秀な人材を輩出する地域への拠点展開は戦略上カギとなりますね。
小平 ところで、グローバルな視点で見た外部環境・事業環境の変化について佐々木さんはどう認識されているか、教えていただけますか。
佐々木 一言でいうとまさに「World is flat、フラット化する世界」といったところでしょう。ヒト・モノ・カネ・サービス・情報が国境を越えて行き交うことが当然となり、ますます加速化しています。その一方で日本国内のマーケットは少子化などによりマーケットの縮小が顕在化しつつあり、どの企業も「いままでと同じやり方ではダメになる」という認識を持つようになってきているのではないでしょうか。たとえある企業が「自社は(海外に支店や顧客などを持たない)ドメスティックな日本企業」だと認識していたとしても、外部環境がドメスティックであることを許さない状況にあります。その意味では、昨年のリーマン・ショックとその後の世界同時不況があるものの、「世界のフラット化」はむしろ加速化していると思います。
小平 世界同時不況下でも「世界のフラット化」は加速する、という点についてはIBMのようにそれを強く認識している企業と、その逆にまったく認識できない企業に現在進行形で二極化しつつある状況にあると思います。「グローバルな視点で、徹底的にやり抜く」企業と「グローバル展開は魅力的に見え、海外にオフィスも構えたけれども、実際大変だった。日本市場だけでもあと数年は食べていけるからグローバルはもういいや」という内向き回帰型企業です。もちろん、どちらがよいとか悪いではなく、これは経営者の考え方次第だとは思いますが、IBMもジェイエーエスも、前者の「グローバルに徹底的にやり抜く」企業をテクノロジや人材マネジメントを通じて支援しているという点では共通していますね。さて、このような環境化においてIBMの取り組みはどのようなものなのでしょうか。
佐々木 まず基本的な考え方として、GIE(Globally Integrated Enterprise グローバルに統合された企業)がビジョンとして挙げられます。これはIBMのCEOであるサミュエル・J・パルミサ—ノがグローバリゼーションに対して企業が取るべき指針として唱えたものです。GIEとは、ビジネスプロセスのパフォーマンスを徹底的に追及していくと、国や地域、事業組織の枠を超えて、そのプロセスを実行するのに最適で、コスト的な恩恵があり、アセットとして集積可能な場所に集約されるというものです。そして、そのコンポーネント化された機能は世界のネットワークと統合されていき、経営の効率化に寄与するという考え方です。この点ではIBM自身がGIEのロールモデルとしても先行しているので、顧客企業に対してIBMの経験値を提供することが可能になっています。
もう1つ、戦略的に大切な考え方が、現在IBMが全社を挙げて提唱しているビジョン「Smarter Planet」です。これは、人類が直面しているエネルギー問題、環境破壊、人口爆発、医療や教育、高齢化社会、セキュリティー問題や研究開発の効率化などさまざまな課題に対し、ITを駆使することによって解決し「地球をより賢くしていこう」というビジョンです。
小平 GIEによりグローバル最適というビジョンを打ち出したうえで、そこにSmarter Planetという「環境」が合流してくるのですね。いままでも環境というキーワードは使われていましたが、どちらかというと「環境対策」というような対応・対策型、リアクティブなものが多かったような気がします。一方でSmarter Planetでは「どうやって地球を賢くしていくか、どうそれを実現するか」という、いわば世界観の構築というイメージが強いようですね。
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