Intelが「AppUp Center」でソフトウェアのダウンロード販売に参入? ネットブック対象のこの試みにIntelのビジネスモデルの変化が見てとれる。
「はるか」昔、Intelが時計を作っていたことがあるのをご存じだろうか。Intelの創業から間もない1970年代の話である。当時はデジタル時計が「発明」されたばかりで、デジタル化を機に米国でも数十だか数百だかの企業が時計業界に参入したような時代であった。それら有象無象の中の1社にMOS-LSIを手掛け始めたばかりのIntelも入っていたのだ。しかし、それらの新規参入企業の撤収は早く、Intelも他社と同様、すぐに手を引いてしまった。残念ながら「時計メーカー」としてのIntelは、いまはない。けれども、Intelは創業当時から、「部品メーカー」でありながらも直接「エンド・ユーザー」にアプローチしたい、という指向性があったことが認められる。
そのような指向性からか、その後も「Intel Inside(インテルはいってる)」的な通常の部品メーカーではありえないエンド・ユーザーへの直接アピールが続いてきた。そのようなコンシューマへの働きかけは、Intelの業界支配力を支える1つの柱になってきたともいえる。もちろん、デジタル時計は止めたにしても、USB接続の顕微鏡や集音器など、最近(といっても2002年だが)までパソコン回りのエンド・ユーザー向け自社ブランド製品も出し続けていた。しかし、メインはプロセッサという「高収益な部品」売りであり、エンド・ユーザー向けのいろいろなアプローチは、メインのプロセッサ販売を順調に行うための「環境作り」といった側面が強かったのではないだろうか。
2010年1月7日から10日まで開催された家電およびコンピュータ関連展示会「2010 インターナショナルCES(Consumer Electronics Show)」でのIntelの発表を読んでいると、「さらにもう一歩踏み出さないとならん」という焦りにも似た「意思」が感じられる(Intelのニュースリリース「インテルCEO ポール・オッテリーニ:『コンピューティングはPCだけでなく、あらゆる機器へと拡大』と講演」)。
まぁ、CESはコンシューマ向けのショーであるから、「消費者」にダイレクトに向けた内容になるのは当然なのだが、それにしても「殿、ご乱心?」と言いたくなるような内容まで含まれている。AppUp Centerという、ノートPC向けのアプリケーションのダウンロード販売のWebサイトのことである(AppUp CenterのWebサイト)。いままでも、IntelのWebサイトでミドルウェアやドライバ的なソフトウェアを配っていた。これらは、プロセッサの機能を使い切るためのサポート的な位置付けである。しかし、今回のAppUp Centerというのは、エンターテイメント系やヘルスケア系などインテルが仕掛けたいと思っているアプリケーションはもちろんのこと、ゲームなんか(といったらゲーム・ベンダに失礼だが)まで売っているのだ。「何でまたIntelがゲームを売らないといけないの?」という疑問が持ち上がる。
まだベータ版であり、ちょっと使ってみようとしたのだが、残念なことに米国もしくはカナダ在住でないとメンバー登録できないようだ。それで実際にソフトウェアをダウンロードするまでは試していない。けれども見ればみるほど、まさしくコンシューマ向けの「ソフトウェアの配信+販売」サイトである。「何でわざわざIntelがそんなことをしなければならないの?」という疑問を胸に、発表文を読み返していると、その理由が透けて見えてくるような気がした。
1つには、Atom投入で成立した「ネットブック」といわれるカテゴリの現状打破がありそうだ。本当は通常のノートPCとは違った使い方、どちらかというと携帯電話的なパーソナルな使い方を切り開くはずであったのが、「単なる低価格ノートPC」的な使い方に留まってしまっている。ノートPCの価格帯を下げるだけだったら、Intelもメーカーも面白いことはまったくないのだ。やりたいのは、それこそAppleのiPhone的、すなわち携帯電話なのか、ゲーム端末なのか、音楽プレイヤーなのか、といった使い方にAtomベースの装置を持っていきたいのだと思う。「パソコン」であればどうしても「ツール」という雰囲気が付きまとうのだが、それを「XXプレイヤー」という雰囲気に置き換えたいのだと思う。
Appleは、iPod以来そうしている。Appleが売っている装置は、すべからくAppleの「ストア」から何かを「販売」するターゲットとなるプレイヤー装置である。このごろではAmazonがKindleという、電子ブックを「販売」していくためのプレイヤー装置を出して当たっている。IntelにすればAtomベースの装置でそのような「プレイヤー装置」市場を押さえたいに違いない。中身は同じでも、使われ方として、コンピュータからXXプレイヤーへの転換をしたいのだろう。
しかし、「プレイヤー装置」は「装置」自体では儲からないに決まっている。どちらかといえば装置の価格では利益を取れなくても、まずは普及させる必要がある。利益は、その後の何がしかの「販売」についてくる。Intelも、一度売ってしまえば終わりの部品から、継続的に利益の取れるそのようなモデルに変えたいのだろう。大局的にいえば、先進国で急速に進んでいる製造からサービスへのビジネス・モデルの転換の現れの1つである。
こういう転換をしようとするとき、Intelにしたら有利な点と不利な点が両方ある、と思う。ほかの「プレイヤー装置」を提供している会社は、イチから装置を普及させる必要があったが、Intelの場合はすでにPCという巨大市場を押さえている点が有利な点。不利な点はこの裏返しである。
AppleやAmazonは、装置の普及から入らねばならかったが、最初から自社の「販売」サービスと「装置」は密に結合していた。ところが、PCの場合、その部分は非常に多数のベンダが長年扱っており、ダウンロード・サイトも枚挙に暇がない。その部分に「メス」を入れて、新たな自社の仕組みに多くの消費者を誘導するのには多数の障壁がありそうな気がするが、どうか。
いまのところAppUp Centerというのは、Windows OSのノートPCを対象にしている。しかし、本格的にこういうことで利益を出すつもりだとすれば、PC、つまりはWindows OSと決別して、別なプレイヤー用のOSなどで、「ブロック化」した世界を再構築するしかないように思うのだが……。Intelは、そのうち、そこまでやる気だろうか。それともちょっとやってみたけれども、かつてのデジタル時計のようにすぐに撤収ということになるのだろうか。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
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