ニコニコ学会βの名物セッション、研究100連発も、今回は扱う内容を大きく広げた。今回は岡瑞起(筑波大学システム情報系・助教)さんを座長に、
の5名の先生方が登壇することとなり、インターフェイス系の登壇者が多かったこれまでに比べ、さらに研究の世界の幅広さ・奥深さを示す、バラエティに富んだ発表を行った。
トップバッターとなった池上先生(タイムシフト)は複雑系の研究者。「生命以外から生命をつくるきっかけを探す」「ロボットが人間になるための最後の一絞り」をテーマに20個の研究を発表。
まず、進化と突然変異の研究から始まり、プログラム自体が自己複製をしながら進化し、最適解を探していく遺伝的なアルゴリズムについて研究することで、生物のように突然変異するプログラムをいくつも制作する。
そこに加え、突然変異を引き起こすための文脈や外部環境を研究し、環境によって遺伝子の読み間違いが起こり、読み間違えされることを前提にしたプログラムを作成し、「突然変異を内包した遺伝子」をプログラムで再現した。生物と同じように子孫を残すごとに変わり、その変化の仕方もどんどん変わっていくプログラム、生物に近いものをプログラムで生み出すことに成功した。
次に池上先生の研究は「人間が世界をどうとらえるか」という認知の世界を対象にしていく。世界を作るのは認知の部分で、世界の状況を人間は認識して、頭の中に「自分が認識した世界」という現実を作っていく。それは、認識している当人にとっては現実だが、脳が生成しているという意味では仮想現実ともいえる。現実の世界と脳が対話することで、その人にとっての世界がつくられる。
池上先生は人間が現実をどう捉えているか、現実との捉え方をシミュレーションする。
「仮想世界」は、この世界から出ない状態でパラレルワールドを見られるかについて研究する。現実と仮想世界の分岐が入れ子構造になり、現実は1つでも、選択によって先の世界が変わっていくことをモデル化した。
また、認知の外側で起こる行動についても研究。マイクロスリップと呼ばれる意識しない腕の運動を、コンピュータでも再現しようとした。コンピュータに意思決定するロジックを仕込みつつ、環境をどんどん変えていくと、意思決定しようと思っても決定できない状況を作り出す。この「環境を変える」「動く」が、この後の池上先生の研究のキーワードになっていく。
「動きが生命をつくる」として、自分が動くことで認知を進める、具体的には動くことで三角形と四角形を見分けるロボットを作成。また、その動きそのものについても、体を動かして動くのではなく、ある部分が生成されある部分が壊れることで動く、動くことで新しいものを作り、古いものを壊していくプログラムを生成。
さらに「現実と認識」「生命と取り巻く環境」「時間と空間」などをテーマに、アート作品を発表した。
今現在の研究テーマとして、膨大なスピードで成長していくWebの成長から、人工生命の証を探す研究に触れて、20個の研究発表が終了。人間とロボットの違い、生物と人間が生み出したものの違いについて多く考えさせられ、これまでの池上先生が研究してきた流れを追うことができる素晴らしい発表だった。
2人目の発表はダヌシカ・ボレカラ先生(タイムシフト)。Web上のデータを機械学習、人工知能などの手法を用いて分析して知識を発見する、Webマイニングの専門家である。大規模データ解析、ビッグデータは近年世間の注目を浴びている分野だ。
今は文書ベース(Webページベース)で検索を行っているWeb検索エンジンを、関係ベース(上司、部下、友達など……)でも検索を可能にする、セマンティックな検索について20の研究テーマを紹介。
関連検索(例:ビル・ゲイツ に対してMicrosoftを提示するなど、単語が違っても関係の深い結果を提示)概念、類推の検索(例:野球=イチローなら大相撲=誰か?のような、“その世界の達人”のような概念を発見する)など、大量のデータを分析することで、コンピュータが「買収元と買収先」「本社と分社」「同僚、同級生」のような概念の判断をできるようにする研究を発表。
また、対象からの属性の抽出結果を使うことで、「どの程度似ているか」という類似性について数値化して判断することを可能にした。例えばJaguarとCatはどれぐらい似ているかについて、関係類似性を判断してコンピュータが解析できる。
これにより、コンピュータが知能を持ったように、類推問題に答えられるようになる。例えば、ダチョウは大きな鳥である。ライオンは大きな猫であるといった問いに対し、コンピュータが回答することができる。これは人工知能の考え方ともいえる。アメリカの大学入試問題にSATという類推問題があるが、人間が57%の正解率に対して、コンピュータは56%の正解率を出しており、この分野では人間に近づくところまで行っている。
多くの関係は統計ベースで言語依存しないので、言語をまたがって検索ができる。半面、Webのデータを対象にすることは、同姓同名の問題や、別名で同じものを指している(松井秀喜とゴジラなど)ことがあるなど、さまざまな問題を伴う。また、人工知能を作るには膨大な教師データが必要になり、その用意がハードルになる。
ダヌシカ先生はそれらについても研究対象としている。
まずは、似たデータを当てはめる研究。例えば大統領のデータを基に、社長のデータに適用することで、1つの学習データを複数のパターンで使えるようにする。
また、関係の対称性を使って、AはBならばCはDであるなどの類推を使うことで、1つの学習データを何通りもの使い方をしていくことなどを紹介。
Web情報を基に価値あるデータを探す、「Web mining研究分野」の魅力を紹介する素晴らしいプレゼンだった。
続いて3人目の発表は「あの人」こと廣瀬通孝先生(タイムシフト)。日本のバーチャル・リアリティ(VR)研究の先駆けともいえる存在である。黎明期からのさまざまな研究を紹介。
最初の研究は1985年から始まる。
今の研究に欠かせない、ヘッドマウントディスプレイ(HMD、頭に付けるディスプレイ)や触覚デバイス、自分を取り囲む全周ドームなどをそれぞれ手作りしていたころの研究からスタート。
現在ではそれぞれGoogle GlassやGoogle street viewなどの形で結実した技術を、廣瀬先生は20年近く前から研究を始めていた。
1990年代後半になると、VRについての研究に世間の関心が集まり、大掛かりな研究が多くなる。1997年にはCABINという5枚の立体ディスプレイを組み合わせた研究施設が東京大学に作られた。CABINでは3D空間の中を動き回ることができる。
2000年代になると、3Dスキャナ、3D映像投影が研究対象になってくる。また、動き回れる空間を撮影するために3D立体撮影の研究も始まる。
また、このころになるとVRの技術が研究室の外でも使えるようになってきて、文化/芸術とVRとの接点が生まれ始める。
博物館で展示物に触る感覚、遠隔地にある巨大な遺跡の中を歩き回るなど、VR技術が展示会場などで利用されるようになってくる。
また、廣瀬先生は視覚と聴覚のVR・拡張現実だけでなく、触覚や味覚・嗅覚のVR・拡張現実も研究対象にしている。
メタクッキーは、プレーンのクッキーに対し、チョコクッキーの映像を提示し、嗅覚ディスプレイからチョコの香りを出す。これにより、プレーンクッキーを食べた人の多くが 「チョコクッキーを食べた」と勘違いしたという。
さらに時間と空間の拡張として、ライフログを基にしたバーチャルタイムマシンを紹介。過去の写真データなどを基にして、過去の視覚を提示して過去に戻る研究や、レコメンド/予測などの技術を基にして、「明日はこういう消費をします」など、未来へ行くタイムマシン的な研究について紹介。
最後に、仮想化の例として、「あの人」twitterアカウントを、「自分の死後もつぶやくことになります」と紹介してプレゼンを終了した。
4人目の登壇者が坊農真弓先生(タイムシフト)。人間のインタラクションについて研究している。
人間のインタラクションからの知識集出、インタラクションを計測し、技術に応用することについて研究している。
インタラクションから知識を抽出するときには、人間がどういうシーンでどういう反応をした、どういう会話をしたかについて、大量のログを取る必要がある。
例えば井戸端会議という情景の中で、誰かが井戸端会議に入ってくるタイミング、出て行くタイミングを観測し、検出する。これによりロボットが井戸端会議に入ってくることが可能になる。
また、人間に大量のセンサを付けて会話してもらい、その際の会話内容だけでなく、視線の流れや体の動きなど大量のデータを分析し、そこから知識を抽出してロボットの演劇にフィードバックする。
また、ロボット演劇に際してはロボットの動きを提供するだけでなく、演出家の演出ポイントに注目し、「どうやって自然な雑談を演出するか」などについての知見を抽出。
食事をしながらの雑談について、カメラで撮り続けながら撮影し、スロー再生で細かく見ることで「食べ物を口に入れるときには、誰かがしゃべり出さないかを一度確認してから口に入れている」などの動きについて細かく分析するなど、坊農先生はこうした文理融合型の研究を進めている。
坊農先生の研究はさらに手話、井戸端会議、祭りでの会話についてまで広がり、野沢温泉での祭りの様子に触れて終了。
最後の登壇者が岡ノ谷一夫先生(タイムシフト)。ジュウシマツの求愛行動について研究している。
ジュウシマツはコシジロキンパラから進化した鳥だが、歌のパターンがコシジロキンパラに比べて、格段に複雑になっている。なぜジュウシマツの歌が複雑なのかについて研究発表を行った。
歌の違いは、学習によるものなのか、遺伝によるものなのか。岡ノ谷先生はそれを解き明かすために、「里子実験」という、別種の雛を親に育てさせ、学習させる実験を行い、ジュウシマツがさまざまな種類の親の歌をそれぞれ学習することを発見する。
その後、ジュウシマツの原種 コシジロキンパラが生息する台湾でフィールドワークを行う。バリエーションのあるジュウシマツの歌も、複雑になればなるほど、お互いの間で魅力的となるはずだが、交配できる種類が多い環境ほど、間違われないように単純化する。これにより、ペットとなって人間に飼われ、環境が変わったことによってジュウシマツの歌が豊かになったメカニズムと、それを支えたジュウシマツの習性についてを解き明かし、さまざまな実験のスライドと見事な鳴き真似によってプレゼンする。
最後に、ジュウシマツの鳴き声が複雑になったメカニズムが、人間の幼児が鳴き声と環境のフィードバックから自我を確立していく仕組みについて紹介し、会場の大喝采を浴びた。
今回の研究100連発は、生物学、社会学、人工知能などの分野についても100連発のフォーマットが成立し、「多くの研究の面白いところだけを45秒に抽出し、圧縮して20個のプレゼンを並べることで、専門分野以外の人が見ても面白い研究発表となる」という100連発の魅力が表れたプレゼンテーションとなったのではないだろうか。
後述するFab100連発同様、フォーマットとしての100連発形式の魅力も際立った、今回の研究100連発だった。
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