インターフェイス系の研究が多かったニコニコ学会βが、生物学・データ分析などのセッションを加え、ますます広がった。10万人を集めた第4回シンポジウムをレポートする。
ニコニコ学会βは年に2度、ニコファーレでのシンポジウムと幕張メッセで行われるニコニコ超会議でのシンポジウムを行っている。今回で4回目となるシンポジウムが、ニコニコ超会議の併催イベントとして2日間にわたって行われ、オンラインで10万人近くの視聴者を集め、会場にも多くの聴衆が駆け付けた。
これまでのニコニコ学会βでは、情報系の研究、中でもヒューマンコンピュータインターフェイス(HCI)分野の研究発表が多かったが、今回の第4回ニコニコ学会βシンポジウムでは、さらに幅を広げたセッションが多く見られた。
第4回ニコニコ学会βシンポジウムについてレポートする。
ニコニコ学会の範囲が広がった象徴の一つが、4thセッション「むしむし生放送〜昆虫大学サテライト」(タイムシフト)である。人気ブログ「メレンゲが腐るほど恋したい」のメレ山メレ子さんを座長に迎え、4人の研究者を迎えてセッションが行われた。
どの先生方のプレゼンも非常に面白かったが、中でも神がかった登壇となったのが農学博士でサバクトビバッタの研究者、前野ウルド浩太郎氏の研究発表だ。
「孤独なバッタが群れるとき、そこに何が起こるか知っていますか? 私は前野ウルド浩太郎、バッタ研究者です。」という言葉から始まる迫力満点のオープニングから、ニコニコ生放送に騒然としたコメントが流れ始める。
サバクトビバッタは、単独で生活している「孤独相」のときと、群れを成す「群生相」のときで、行動パターンが異なる。群生相のサバクトビバッタは、大量発生して何千キロも飛び続け、その間のすべての緑を食い尽くしてしまうという。
前野博士は、このバッタに対抗するために設立された、モーリタニアのサバクトビバッタ研究所に籍を置く研究者である。
「バッタの英名はラテン語名の『焼け野原』という意味」
「バッタの羽の文様はヘブライ語で“神の罰”と読まれ、古来から天災として恐れられていた」
「バッタの害はサハラ砂漠周辺諸国の国際的な問題であり、世界的なバッタ対策がFAOという組織によって行われている」
などなど、力のある言葉と独特の語り口でバッタ対策の難しさと、バッタが群れを成すことで個体が変化してしまう相変異の秘密について熱く語った。
そして最後に、
「私はアフリカの人たちを救いたい。そして、アフリカでのバッタ研究で子供のころの夢をかなえたい。子供のころからの夢とは、緑の服を着てバッタに食べられたいのです」
という驚愕の言葉と、今回の企画のための虫博士たちの旅費がクラウドファウンディングで全国の支持者から支えられたことへの感謝を述べて、プレゼンが終了。
ニコニコ動画のコメントが笑いを表すwwwと賞賛を表す拍手8888で埋まった。
2ndセッションの「THE BIG QUESTION! ~ボーカロイド現象はどこまで広がるか?~」(タイムシフト)はデータ分析について触れられたセッションだ。しかも、このセッションはニコニコ学会β史上初のバトル形式で行われた。
1つの問いに対して、4人の研究者が、それぞれの分析方法、ロジックで回答を出す。その回答に対してニコニコ生放送でアンケートが行われ、視聴しているユーザーがリアルタイムで「誰の回答を支持するか」をニコ生のアンケートで答え、その場で誰の研究が支持されたのかが可視化される。最も支持された研究者にポイントが加算され、3問の研究の結果、最もポイントが高い人が勝者となる。
「それぞれの手法でデータ分析し、結果を発表」という形のセッションであり、それぞれの考え方の手法、根拠がうかがえて、その違いについても比べてみることができる上、どの考え方がどのぐらいの人に支持されたのか、その場で分かるため、登壇者もついつい力が入る。司会は武田 英明(国立情報学研究所 教授)先生が務め、以下の4名の回答者が分析を披露した。
今回、4人の研究者が取り組んだテーマは「ボーカロイド現象はどこまで広がるか?」それに伴う3つの問いに対してそれぞれ回答を出し、1人3分間でプレゼンを行う。全員がプレゼンした後、直ちにニコ生のアンケートで、誰の研究を支持しかを集計する
第1問はフェルミ推定のような、数値の推定とその根拠を問う問題だ。各研究者が、それぞれの手法で分析した結果がこちら。
濱崎:300-900万人
ボカロ視聴者の人数を、ドワンゴが発表するニコニコ動画の月間訪問者数に、日本レコード協会の「音楽を楽しむ人」の割合を掛け算して、国内の視聴者を算出。別途YouTube上でのボカロ動画視聴者推定し、合計を足し算して、国内外での数値を算出した。
mymecoleon:750万人
人口推計、メディアユーザー実態調査報告書、東京工業大学のボーカロイド視聴者などを掛け合わせて、国内での視聴者数値を算出。そこに、ニコニコ動画上でのボカロPの国内・海外割合を掛け算することで、海外の視聴者を推定して、合計数値を算出した。
_Gissy:何万人か気になるところですが、今日はみなさんにニコ動における視聴者数推定のめっちゃ簡単な方法をご紹介します。
対象動画群のマイリスト数を取得し、ポアソン分布を利用して解析し、21万人という回答を得た。
ニコニコ動画マーケティングの人:295万人
ほかの人たちと違い、ニコニコ動画上のデータを使わず、Google Adwordsのキーワードツールを使い、ボーカロイド関連の単語の検索ボリュームを取得。そのボリュームに対して、ユーザー数の分かっている検索ボリュームと対比することで数値を算出した。
4人のプレゼンが終わり、ユーザーアンケートの結果を待つ。
この問題に対しては、ニコニコ動画マーケティングの人、_Gissyさんといった、外部の統計データを使わずに、インターネットの情報を基に数値を出した人たちへの評価が高かった。最終的に最も支持の多かった_Gissyさんが1ポイントをゲット。
こちらは、第1問のような数字で答えられる問題から、「なぜ」を問う、理由を考える問題にシフト。より多様な解釈が出てくるかと思ったが、4人の回答はむしろ収束する方向に進み、それぞれがほぼ似たような回答を提出。
濱崎: 音楽・キャラクター・ライセンスがつながり、多くを巻き込んだ
濱崎さんが開発した、ボーカロイドの人気を可視化するツール、「VOCALOID Bubble」を使って、年を追うごとにボーカロイドを使った動画が音楽カテゴリ外にも広がっていることを可視化。また、カテゴリ外に広がるきっかけとなったキャラクターの人気やライセンスの整備についても触れた。
mymecoleon:ニコニコ動画の存在とVOCALOID-ニコニコ動画の共生関係
タグ分析の研究から、ニコニコ動画上でヒットする要素を抽象化して発表。そのすべてがボーカロイドに詰まっていることと、ニコニコ動画について語る同人誌で、初音ミクの発売前からの可能性が触れられていたことについて述べた。
_Gissyさん:ナンにでも合うから
タグの共起を分析することで、Vocaloid関連の動画が音楽に限らず限らず、解説などさまざまな分野で使われていることについて解説。
ニコニコ動画マーケティングの人:はちゅねの動き
検索ボリュームの推移が分かるGoogle Trendを使用。初音ミクの発売後、ヒット曲が生まれるたびに検索ボリュームが上がり、はちゅねミクが誕生すると同時にその動きにユーザーが釘付けになっていることを可視化。
4人がほとんど共通する回答、特に濱崎さん、_Gissyさん、ニコニコ動画マーケティングの人はほぼ同じ結論である。実際にアンケートでも票は分かれた。
3人が同数の票となったため、急きょ濱崎さん、_Gissyさん、ニコニコ動画マーケティングの人にそれぞれ0.3ポイントずつを与え、最終問に。
数値を問う第1問、理由を問う第2問から、第3問は未来を予測する質問となった。最終問のみ、正解すると2ポイントの点数が与えられるため、誰にも勝利のチャンスがある。
濱崎:あらゆる創作活動
初音ミクに関する論文を海外発表したときに、アメリカ人はポカンとしていたが台湾人と韓国人が食いついてきた、というエピソードを紹介しつつ、海外展開の可能性について語る。さらに、ボーカロイドを説明用や画、キャラクターの生成などを含めて複数の分野でN次創作が生まれる構造を分析。特に共同制作が、同じ分野の人同士での改良でなく、分野が違う人同士のマッシュアップで行われていることに注目し、「むしろブームが広がるほど異分野とのマッシュアップが生まれる可能性があり、ますます広がるのではないか」という研究発表を行った。
mymecoleon: 2025年にはVOCALOID曲の視聴者が1000万人を超える
日本と世界の将来推計人口とボカロの利用率の伸びを掛け合わせることで、特に海外ではボカロ視聴者が増え、2025年には1000万人になることを予測。
_Gissy:車の中でふと流してもBGMとして受け入れられるぐらい広まる(迫真)
今のところ、去年・今年とVOCALOIDオリジナル曲の発表の勢いは、1日当たり60曲で変わっていない。つまりここ1年ぐらい、勢いは止まっていると考えられる。ただし、これまで触れてきたように、あらゆるジャンルへのVOCALOIDの浸透は止まっていない。バスや電車のアナウンスがVOCALOIDで行われる時代が来て、浸透は止まらないのではないか。と語る。
ニコニコ動画マーケティングの人:世界では広がるが日本では停滞、だけど……
日本のGoogle Trendを見ると、「VOCALOID」は、発売直後が最大の検索ボリュームで、その後はやや下がっているが、世界を対象にしてみると上がり続けている。つまり、世界ではVOCALOIDの世界が絶賛成長中であると紹介した。
さらに初音ミク・鏡音レンといったキャラクター名の検索ボリュームが、有名アーティストと十分比肩できる大きさになっている(初音ミクとゴールデンボンバーの検索ボリュームが大体同じ)ことを披露。「今年の紅白にはぜひVOCALOIDを!」と締めた。
全員の発表終了後、最終のアンケートを実施。
全体のアンケート結果では、濱崎さんの勝利。合計で2.3ポイントを獲得して、江渡委員長をかたどった「エトだるま」をゲットした。
この「それぞれの手法でデータ分析し、結果を発表」という形のセッションは、それぞれの考え方の手法、根拠がうかがえて、その違いについても比べてみることができる。しかも、どのやり方が多くの人に「もっともらしい」と思われたのかについても、その場でアンケートをして分かることができる。
極めてニコニコ学会βらしいセッション形式で、さまざまなテーマを面白く仕上げることができそうで、今後のニコニコ学会βだけでなく、いろいろなイベントで使える発表形式になるのではないだろうか。
ニコニコ学会βは分科会としてニコニコデータ研究会という組織を立ち上げ、オンライン上で情報交換している。データ研究に興味のある人は、ぜひチェックしてもらいたい。また、今回のセッションの内容は今回の発表資料すべてがSlideshareで公開されている。
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