6月18日、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科で行われている古川享教授の授業「THEORY OF BUSINESS MEDIA」に潜入してきた。
「俺は、最新機材をいじれない。画像ソフトを使いこなすだけの技術も持っていない。だけど、それをできるヤツは山ほど知っている。どうしたらやりたいことを実現できるかも知っている。中には、分からないことだってある。だけど、そんなときはそれを知っている人に聞けばいい。自分がすべてをマスターしなくたっていい」――3Dプロジェクションマッピングの先駆者、谷田氏はこう語る。白ワインを片手に持ちながら――。
6月18日、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(以下、KMD)で行われている古川享教授の授業「THEORY OF BUSINESS MEDIA」に潜入してきた。KMDでは、教授が直接講義を行う他、社会で活躍するゲストを招いての講義も頻繁に行われている。
今回のゲストは、3Dプロジェクションマッピングの先駆者の1人、タケナカ クリエイティブディレクター谷田光晴氏。「プロジェクションマッピングと、その未来」を語った。
プロジェクションマッピングとは、Projection(投影)とMapping(割当て)を組み合わせた造語であり、「プロジェクターを使って、映像データをオブジェクト(立体物)に貼り付ける技術」を指す。プロジェクションマッピングは、2種類。視聴者が1つの視点(対面)から映像を見る「2Dプロジェクションマッピング」と、視聴者が多数の視点(360°どこでも)から映像を見る「3Dプロジェクションマッピング」である。
タケナカでは、この両者のプロジェクションマッピングに「独自の現場の品質指標」を満たしたリッチなプロジェクションマッピングを「ビームペインティング」と呼んでいる。授業では、この最新のビームペインティング技術とその映像を見せてもらった。
初めに紹介されたのが、サイネージとしての2Dプロジェクションマッピング。キヤノンのテレビCM連動型プロジェクションマッピングだ。まずは映像を見てほしい。
中国で行われたこのプロジェクションマッピングは、9台のプロジェクターを使っている。工夫した点は、商品がきれいに映るように投影すること。中国では反射ガラスが多く使われているため、鮮やかに発色させるためにビルのガラスにシートを貼るなどの工夫が必要だったという。
続いて、奈良国立博物館で開催されたイベントの一環として行われた「アトラクション」としての2Dプロジェクションマッピングが紹介された。2万2000ルーメン(lm)のプロジェクターを6台使用した作品だ。
最後に、映像補正技術を応用した3Dプロジェクションマッピングの映像を見た。ホンダ「CR-Z」のテレビCMは、「カメラを固定し、車体を回しながら映像をぴったりと映す」という難易度の高い技術が用いられている。
これは合成ではない。白い車のボディに実際に投影された映像である。
数々の作品が、学生たちをくぎ付けにした。
しかし現在、プロジェクションマッピングは大きな課題に直面している。早くも「メディア」としての価値が下がってきていると言うのだ。
「誰でも簡単にできるプロジェクションマッピング」が世の中に普及するにつれ、クオリティとともに価格が下がり、メディア価値がどんどん下落しているという。谷田氏は「プロジェクションマッピングだけでは食べていけない状況になりつつある」と、危機感を抱いた。
同氏は、現状とそこにある想いを語る。「今、ぼくが昔VJ(Video Jockey)をやっていたときとまったく同じことが起きている。VJが一般に広まったとき、ぼくはVJだけで食べていけなくなった。だから、ハイエンドの映像技術の世界に飛び込んだ。
初めは『プロジェクションマッピングをやらせてください』といくら社会に訴えても、誰も見向きもせず、相手にもされなかった。しかし今では、多くの人が注目する技術となった。趣味で、ソフトを買って作る人もいる。そうなったとき、プロはどうやって食べていくか。もちろん、クオリティはプロとして活動する1つの基準になるだろう。でも、それだけでは食べていけない。VJの技術をプロジェクションマッピングに応用したように、『この技術を何に応用していくか』ということを常に考える必要がある。
何か1つの技術、1つの価値観だけで満足する時代はもう終わった。もっと、ものごとを広く捉えていかなければならない。例えば、プロジェクションマッピングの技術を応用して、ファッションショーができるかもしれない。モデルは白い服を身にまとい、そこに映像が投影される。あるいは、空に映像を映して、物語の中に紛れ込んだような体験を作り出せるかもしれない……。そんなことを次々と考える。可能性を限定してはいけない。複数の価値観を自分の中に存在させ、必要なものや人を巻き込んで、技術に新しい価値・命を吹き込んでいくことが必要だ。
100年後、会社という概念はなくなっているかもしれない。ぼくは、今後『会社に属する』という価値観はなくなり、すべては『個』にシフトすると考えている。そうなったときのために、自分はどこでどんな役割ができるのかを把握しておく。自分1人ですべてを行うことは絶対に無理。世界中には、その分野のプロフェッショナルがいる。自分ですべてをやるのではなく、それができる人たちに出会えばいい。自分の能力が変わらなくても、できることが無限に増えていく」(谷田氏)。
授業が終わると古川教授は、谷田氏と共に学生たちを夕食に誘った。お酒を飲みながら、美味しいコース料理を食べながら、学生たちは講義のさらに神髄を学ぶことになった。そこで語られた一部を、ここに書いてしまおうと思う。
谷田氏は先ほどの講義で、「自分1人ですべてを行うことは絶対に無理。世界中には、その分野のプロフェッショナルがいる。自分ですべてをやるのではなく、それができる人たちに出会えばいい」と言っていた。しかし、正直なところ、そんなに簡単にプロフェッショナルと会えたら苦労しないと思う方も多いのではないだろうか。そのヒントは、箸休めに登場した焼きオクラを食べているときに出てきた。
1人の学生が質問した。「お二人はどうやって知り合ったんですか?」。谷田氏は答えた。「Samさん(=古川教授)との出会いはTwitterでした。Samさんといえば、皆が知っているようにぼくらのこの生活を作ってくれた人。まさに『プロフェッショナル』でした。そんな人がある日、Twitterで悩みをつぶやいていたんです。ぼくは、『それなら自分が出ちゃおうか!』と思い、『どこ製のあれ使ったらできますわー!』と言いました。それがきっかけで、すぐ後に開催されたInter BEEでリアルに出会ったんです。『ぼく、ここでプレゼンしているので、よかったら来てください』と言ったら来てくれて、それでつながったんです」。
谷田氏が古川教授に出会ったのは、おそらく有名だったからでも偶然でもない。こうした人間味溢れる行動の1つ1つが、周りを呼び寄せているのだ。「自分が尊敬する人が困っていたから、自分の知識をその人に教えよう!」、そんな些細なことだった。
もう1つ気になったことがある。「会社に属する」という価値観がなくなったとき、「個」はどのように仕事を取ってくればいいのだろうか。名の知られていない私たちが「一社員として」ではなく「個人」として営業するとは、どういうことなのか。
赤ワインとトロトロに煮込んだお肉を食べながら、今度は古川教授が自らの体験談を語った。
「昔、私は毎朝何の営業もかけることなく、玄関のところで取引先の役員に『おはようございます』と頭を下げていました。そんなことを続けて1カ月以上経ったある日、いつものように訪問すると『おはようございますだけじゃ分からないから、何か売りたいものがあるなら話してごらん』と言われ、とろろ定食を食べながら営業したんです」(古川教授)。
谷田氏も続いた。「初めは、コンペをすることもあります。だけど、ぼくには『1度一緒に仕事をした人は絶対帰ってきてくれる』という自信があります。谷田中毒にさせるわけです(笑)。あと、例えば、10万円で1000万円の仕事をすれば、次は1000万円の仕事が来るんです。1000万円で1億の仕事をすれば、次は1億の仕事が来るんです。だから金額が低いからといって、決して手を抜きません」「自分が提供できるものを探すんです。何にも持っていない人なんていないんです。他の人と比べたときに、今は何もなくても焦る必要はありません。それってきっと『前借りするか、後から出てくるか』の違いなんです」(谷田氏)。
22時、こうして授業は終了した。
そういえば、講義の中で谷田氏はこんなことも言っていた。「メディアとは、何かと人が出会う場所である」――。皆さんは、「メディア」をどのように定義するだろうか。
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