悪意の有る無しにかかわらず、ベンダーと仲が良過ぎるユーザーが要件を担当すると、ベンダーにとってのみ都合の良い要件や、業務知識不足による要件不備を招く危険があります。
※この連載は「なぜ、システム開発は必ずモメるのか?」(細川義洋著)のCHAPTER1を、著者と出版社の許可の下、一部修正して転載するものです。
大手スーパー越後屋のシステム開発案件は、ベンダーの怪しい動きがあって絶賛停滞中。ベンダーとの契約打ち切りを提案した弁護士塔子に、越後屋御曹司の章介が、手続きを相談しにやってきました。もともとシステムに明るい人間が社内にいないので、誰に要件定義を任せるべきか悩んでいる様子です。
お待たせ、塔子。あれ、何の本読んでるの? 『ゴルバチョフ回想録』?
そうよ。アタシこの人最高に好きなの。
好きって、ハゲだよ? それに頭にシミまである。
どうしてそういうとこしか見ないのよ! 不治の病とまでいわれた経済不況を豪腕で打破したイギリスのマーガレット・サッチャー、ガチガチの共産党一党支配を突き崩した旧ソ連のミハエル・ゴルバチョフ、そのゴルバチョフと共に、東西冷戦を終結させた米国のロナルド・レーガン。みーんな私が尊敬して止まない大政治家たちよ。
“打破”とか“突き崩す”とかいう言葉、塔子大好きだよね、昔から。
ええ、大好きよ。ビル解体現場で大きい建物をドバーンと突き崩しているのを見るとスカっとし…… って、そんな話はどうでもいいわよ。今日はこの間の怪しげなベンダーとの関係をドバーンって突き崩す相談でしょ。あの後、要件定義書ちゃんと調べたの?
うん。調べたら、確かに問題がたくさん出てきたよ。あのベンダーが持ってきたパッケージソフトは海外モノだから、ウチが必要な日本の地域性に応じた販売実績分析ができないとか、個人情報をやりとりするのに通信もデータベースも暗号化してなかったり、他にもたくさん必要な要件が抜けてた。
そんなことだろうと思った。でもアンタの会社の要件担当者は、そういうヌケを全部見逃してたの? いくら素人だって、少なくとも販売実績分析なんて業務に直結するからすぐ分かることじゃない?
それが、ウチのもともとのメンバーじゃシステム作りが分からないから、要件担当者として新しく人を雇ったんだよ。
じゃあ、なおさらちゃんと精査できそうなもんじゃない。
それが、その人、相手のベンダー出身で……
何ですって!!! それじゃあもしかして、ユーザー側の要件担当者とベンダーがツーカーだったってこと?
や、やっぱりまずかったかなあ。
そういう形がいつも悪いとは言わないわ。大企業のシステム室では、システム開発時に、ベンダーから出向してもらうことも多いし。でも今回みたいに、あちらこちらの要件がベンダーに都合の良いように書き換えられるのを見ると、その要件担当者こそが問題の中核なんじゃないの?
グルになってズルしたってこと?
それは分からない。でもアタシが担当した事件でも同じようなことがあったわ。ベンダーから転職した技術者が、入社したユーザー企業のシステム開発を自分の元いたベンダーにやらせたって話。
確かに似てるね。
ユーザー企業はシステム開発に明るい人間が社内にいなかったから、ベンダー出身のその社員に要件定義を任せっきりだったんだけれど、やっぱりいろいろな要件をベンダーの都合の良いように決められていたのよ。悪意はなかったのかもしれないけれど、仲良しのベンダーと話すうちに、だんだんベンダー寄りになっちゃったみたい。要件定義も設計もユーザーにほとんど説明せず、自分たちで決めちゃったのよ。
じゃあ、フタを開けたら非難囂々(ひなんごうごう)だったんじゃない?
その通り。受け入れテストでエンドユーザーから『こんなもの使えない』って厳しく追及されるわ、今さらベンダーに変更を頼んで膨大な追加費用を請求されるわで、ユーザー企業が板挟みになっちゃって。
自分でまいた種とはいえ、苦しそうだね。
そうだったんでしょうね。その人、ある日突然会社を辞めちゃったのよ。
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