個人と対話するボットの裏側――大衆化するITの出口とバックエンドクラウド時代のサービス開発――「個人と対話する機械」を作るヒント(1)(1/3 ページ)

マシンラーニング、ディープラーニングなど、未来を感じさせる数理モデルを使ったコンピューター実装が注目されている。自ら学習し、機械だけでなく人間との対話も可能な技術だ。では、コンピューターはどのように人間との対話を図ればよいのだろうか。コンピューターの技術だけでなく、そこで実装されるべきインターフェースデザインを考えるヒントを、あるコンシューマーアプリ開発のストーリーから見ていく。

» 2015年07月21日 05時00分 公開
[宮田健@IT]

 データ解析や自動応答の仕組み、人工知能に向けた取り組みなどが各種考案されている。

 「人間と対話する機械」という意味では、単純な仕組みから高度な仕組みまで、多様な実装が行われている。例えば「IBM Watson」のように、広大な知を背景にしたシステムと接続し、「人間を代替する知性」として語られることもある。

 ここで重要なのが、「知的な応答を実現する」ということと、「人間的に対話する」ということの違いだ。

 学習するコンピューターであれば、「学習させれば」一定のコミュニケーション能力を持たせることができる。そして、その学習はサンプルが多くなればそれだけ正確になるとされている。しかし、「学習するコンピューター」はより高度な「判断」を人間以上に正確に実行することを目的としたものであって、人間のコミュニケーション環境に入り込む目的で作られたものではない。この「判断」とは、例えば金融のトレードであったり、マーケティング戦略の予測であったり、配送ルートの最適化であったり、あるいは、医療情報と連携した服薬サポートであったりするだろう。

 一方で、コミュニケーションロボットとして注目されている「Pepper」などでは、判断と応答の精度に加えて、「人間との対話」を重視したデザインが必要になる。

 本稿では、「学び、判断する」技術ではなく、「対話する」上で実装されるべきインターフェースデザインについて、あるコンシューマーアプリ開発のストーリーから考える。

“スマホ世代”のマスマーケティングとボット

 「パン田一郎」というキャラクターをご存じだろうか。

 若者を中心に利用され、その世代においてはデファクトスタンダードともいえるチャットツール「LINE」上に存在する、対話型の「ボット」だ。ボットといえば「ランダムな返答を行う」「適当なつぶやきを投稿する」というイメージを持つ読者が多いだろう。しかし、この「パン田一郎」はそのような印象を持つ人にこそ、ちょっとした驚きの挙動を見せる。

「パン田一郎」との対話体験

 本題に入る前に、ほんの少しだけこの「パン田一郎」なるキャラクターと会話をしてみよう。まずは小手調べ、たったいま思ったことを入力してみた。

図1 「パン田一郎」との会話

 「おなかが空いた」と伝えると「ササ」をくれるし、インタビュー中だから「仕事だ」と伝えれば“それっぽく”返してくれる。それだけでなく、「天気は?」と聞いて場所まで伝えると、確かに“それっぽい”場所のこれからの天気を教えてくれる(千葉にある「東京ディズニーシー」と聞いたら東京の天気を返してくるのはご愛嬌(あいきょう))。「スタンプ(LINE上でテキストの代わりにやりとりできる絵文字のようなもの)」を送れば、これまたそれっぽい返答を返してくれる。

図2 スタンプも使って会話が行われる

 宣伝ではないが、この挙動を理解していただくためにも、実際に「パン田一郎」と「友だち」になり、チャットを繰り広げてみてほしい。なかなかよくできた応答が返ってくるのを実感できるだろう。

図 「パン田一郎」公式アカウント(http://line.froma.com/)

 ここまでの説明でも、そもそもスマートフォンもLINEも利用していない読者には、「パン田一郎」が何のことかさっぱり分からないかもしれない。本論に入る前にもう少し、このアカウントが行っているサービスの全体像、開発プロセスの概略を整理しておこう。

 この「パン田一郎」は、リクルートジョブズが開発した、リクルートのアルバイト求人情報サービス「フロム・エー ナビ」の公式アカウントだ。リクルートジョブズにおけるサービス展開は、グループ全体のITインフラを担うリクルートテクノロジーズの技術者らと共同で行っており、リクルートグループの中でも、求人情報を扱うサービス一般の開発を担当している。「フロム・エー ナビ」のオンラインでの展開やサービスAPIの公開は比較的早い段階で実現しており、これを活用したハッカソンも継続して実施するなど、ITテクノロジのトレンドをいち早く事業展開に組み込んでいる企業だ。

 では、「パン田一郎」はどのような狙いで、何を重視して作られたのか。リクルートジョブズ IT戦略室 デジタルマーケティング部 部長の板澤一樹氏と、同デジタルマーケティング部 R&Dグループ グループマネージャー UXディレクターの福田基輔氏に、この“作品”が生み出された経緯を聞いた。

「パン田一郎」の中身

 前述のように、「LINE」は日本国内のユーザー数が5800 万人以上(2015年4月末時点/LINE広報調べ)を数えるなど、若い世代のチャットツールとしてはデファクトスタンダードといえる地位を確立している。そのLINEが2014年4月に発表したのが、APIを有償で公開する「LINEビジネスコネクト」だ。

 この発表を受けてすぐに、板澤氏はLINEビジネスコネクトと接続したボットによるサービスを開発しようと着想したという。

 「APIが公開されたら、そこで『(自社サービスと組み合わせ、チャットアプリ上から自社サービスを)検索できるようにしてみよう』と考えるのが恐らくは普通のサービスデザインの着想でしょう。それに対し、“技術的に面白そうな要素を入れたらどうなるか”と考えるのが、われわれが重視しているポイントでした」と板澤氏は語る。

リクルートジョブズ IT戦略室 デジタルマーケティング部 部長 板澤一樹氏(右)、同 デジタルマーケティング部 R&Dグループ グループマネージャー UXディレクター 福田基輔氏(左)
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