元エルピーダの社長、坂本幸雄氏が新たに立ち上げたメモリ会社「サイノキング」がちょっとした話題になっている。サイノキングに対する「技術流出」や「ユニークなメモリ」という点について筆者の意見をまとめておきたい。
2016年2月分の原稿を書いた直後に話題になった件がある。「サイノキングテクノロジー」という新たな半導体企業が、DRAMに取り組むために大々的に人を集めて仕事を始める、というような話だ。NHKや日経新聞などが取り上げて、2月24日には華々しく記者会見が行われる予定だったのだが、当のサイノキングが一転して会見をキャンセルしてしまった。
すでに「ビジネス的な面からの論評」は各方面からいろいろされているようだ。かなりたたかれているといってもよい状況かもしれない。内情は知らないが、出だしからつまずいてしまった、という状況なのかもしれない。しかし同社のWebサイトは、「ちゃんと」存在していて読むことができる。現状は理念というか考え方がWebサイト上で示されているだけで、この原稿を書いている時点では具体的な動きや製品は全く見えていない。
そんな状態なので、どうしようかとも迷ったのだが、取り上げないというのも変な話なので、あえて今頃だがこの件に関して書かせていただくことにする。それに半導体の設計側の人間としては、また違う意見(期待)を持った、ということもあるからだ。
さて、この一件が結構話題になったのは、この新会社のCEOが、元エルピーダメモリ(元日本TI 副社長でもある)社長の坂本幸雄氏であるということがまずは大きい。外資の日本TI時代にすでにユニークな経営者として有名だった坂本氏が、日の丸半導体企業というべきエルピーダに転じ、いったんは再生したかに見えたものの、紆余曲折の後、エルピーダは沈没して外資(Micron Technology)に買収されてしまった。
そんなごく最近の記憶があり、坂本氏の力量を知っている人もいるから話題性は高い。半面、日本ではまだまだ会社を潰したということに対する風当たりは強い。特に日の丸をバックにお金をつぎ込んだエルピーダをつぶしてしまって、その上、外資に売ってしまったからなおさらなのだろう。逆な意味での注目のされ方もまた大きいから話題になったと思われる。業界に知られていない人が、DRAMビジネスをやるなどと打ち上げたなら泡沫のたわ言で、誰も相手にしなかったに違いない。
そして、そのビジネスの構図もどうも反感を買ってしまっているようだ。日本と台湾の技術者を集めて、中国で物を作る。中国で物を作るのは、最近のはやりとは言えないが、普通といえば普通だ。しかし、中国の資本を当てにしてというところが「技術流出」という点で懸念を呼び起こしているようだ。
Webサイト内を読み進んでいくと、どうも中国のやや内陸部の地方政府との密接な関係が感じられる。まだ中国でのモノづくりが、今のように世界を席巻(混乱?)している以前の遠い昔のことだが、筆者も中国のやや内陸部の半導体会社へ行ったことがある。当時の日本の技術水準からしても、あるいは世界市場でのビジネスを念頭に置いてすでに発展していた中国沿海部の技術水準からしても、かなり遅れてはいた。が、沿海部の半導体会社と違って、内陸部の経済発展のためにという意識を強く感じた記憶がある。
そのモチベーションが消えていなければ、内陸部に立派な規模の大きな半導体会社を作るのだという考えが出てきてもおかしくないように思われる。ただ、昨今の中国の経済ニュースを読んでいると地方政府の財政上のリスクは大で、とてもそんな投資に向かうお金は出ないのではないかとも思われる。とはいえ、日本人の常識は通用しない「かの国」である。「不動産投資や重工業でなく、半導体産業に投資せよ」と言っている偉い人がいるのかもしれない。
また、技術流出という観点からは、「何をそんなに心配するようなものが日本に残っているのか?」という疑問がある。過去、日本半導体企業は自社の技術を守るために多数の特許を出してきた。多分、日本の半導体産業のピークからその後しばらく、質と量ともに半導体関係の特許のピークだったのではないだろうかと想像する。かつての半導体産業の勃興期には特許で米国に負けていてかなり痛い目に合ってきたが、その後の努力で痛み分けくらいには持ち込めるようになっていたからだ。
しかし、特許というのは時間が立てば切れるものだ。日本半導体栄光の時期のものなどとうに切れているはずだ。また、維持にもお金が掛かる。業界のプレイヤーが減り、収益が減った日本半導体企業がその後も同じようなペースで有効な特許を保有できているのかと言ったら大いに疑問だ。特にDRAMなどプレイヤーがいなくなってしまったのだから、その分野で新規に特許出願しているような日本企業があるとも思えない。
あえて日本に資源があるとすれば、ここ数年の関係企業の大量の「お召し放ち」により、半導体業界から追い出されてしまったか、追い出されかかっているかつての日本の半導体を支えていたおじさんたちの人的資源(と身体にしみ込んだ半導体屋の芸、明示的な工業所有権にはならないもの)のみじゃないだろうか。半導体産業に若い人材は少ない。何年か経過すればそのような「資源」も次第に消えていく。活用できるとしたら今の時期くらいだろう。そういうおじさん(筆者もそういう年寄りの1人だが)を大量に召し抱えようなどという奇特な「半導体会社」があるなら応援したいと思うのだがどうか。
サイノキングの掲げる「Application specificなDRAM」というターゲットには少し意見がある。「DRAMなんて規格にのっとってナンボじゃ」という意見もあるのは分かる。確かに昔のように何十社ものDRAMメーカーが林立していた時代の標準化にはDRAMを普及させていく上で、大いに意味があったと思う。しかし寡占が進んだ今のDRAM業界での規格にどれほどの意味があるのか怪しい。サイノキングの言うような現在の規格から外れた「specific(独特の)」なものがあってもいいと思う。
もちろん、本当に「Application(用途)」があるのならだ。だが多くのメモリビジネスのプロの人の頭は、「ビット単価」「アクセス速度」といった「既存の評価軸」でガチガチなように見える。そういう内向きのDRAM世界の中で「ちょっと違う」DRAMを主張しても物にならないかもしれない。
筆者はちょっと変なメモリに関わった時に気付いたのだが、メモリと一緒に演算装置の側も変えると、全く違う世界に入れる。違う評価軸ができる、といってもよい。ただそのためにはDRAMの側だけ考えていては全然駄目だと思う。
本当に立ち上がるのか、一発打ち上げただけで消えてしまうのか皆目見当がつかないが、こういう話があれば乗る人はいると思う。年寄り集めて大ばくちか!
日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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