さて、ここまで、SDNに関連する技術をおさらいしてきました。ここからは、冒頭で述べたような従来の企業ネットワークの運用が置かれている状況について見てみます。
従来の企業ネットワークは、その企業で利用するサービス、システムのトラフィックを主に扱います。システムには物理ネットワークが下支えとして存在し、その運用が安定して行われていることを前提に、その上に物理サーバや、仮想化を基礎としたIaaSなどのインフラ(ここでは仮想化インフラと呼ぶことにします)が敷設され、アプリケーションが稼働しています。
企業ネットワークは、サーバ内部やアプリケーションに比べれば変更要求は少ないとも言われますが、実際には、例えば社内システムや部門の構成の変化の度にファイアウォールの設定を変えるなど、しばしば変更が必要となります。こうした通信要件の変化は、企業や事業の規模が大きくなるほど種類、件数が多くなり、稼働しているネットワークは替えがきかないことも多いため、失敗(停止)のリスクも大きくなります。企業のネットワーク管理者や運用者は、このような要件に迅速かつ慎重に対応していかなければなりません。
また、アプリケーションに対するユーザーからの要求も時々刻々と変化します。その変化に応えるためにインフラも品質を落とさず、できるだけ短いサイクルでリリースできるような運用が必要です。
物理ネットワークでは近年、ネットワーク運用に関するコミュニティーも多く発足し、エンジニアたちが有用な技術情報やテクニックを交換し合い、力を合わせて改善を続けています。しかしながら、物理ネットワーク特有の背景などから、次回紹介するようなアプリケーションや仮想化インフラの開発・運用手法の発展に比べ、この変化に十分に対応できていないというのが現実です。
システムの最も下を支えながら成長してきた物理ネットワークの運用が、最も変更のリスクを抱え、ボトルネックになりやすい――。物理ネットワークの運用は今、そのような状況に置かれているのです。
これを解決するためには、前述したような仮想ネットワークを活用し、物理ネットワークを汎用サーバと仮想ネットワークに置き換えることでそのメリットを享受し、仮想化インフラの運用手法に切り替えていく方法が考えられます。しかし、既存の物理ネットワークを一度に仮想化することは一般的に困難ですし、性能的な要件などから、どうしても専用ハードウェアに頼らなければならないケースも多く存在します。
また、業態や業務の要件、その他さまざまな条件によってはオンプレミスでの運用が適している場合もあり、必ずしも仮想化インフラだけを利用すればよいわけではありません。全ての企業が仮想化インフラを利用できる状況にあるとは限らないのです。
SDN製品はその生い立ち上、「既に存在するネットワーク基盤がSDNに置き換わることでどのように運用が変わるか、どのように変えることができるか」という観点で話られることが多いものですが、その前提が十分に叶わない場合、何か異なる観点でSDNを活用し、アプリケーションや仮想化インフラの変化に対応することはできないものでしょうか?
そこで次回は、アプリケーション開発や仮想化インフラ運用、物理ネットワーク運用の特徴・手法を比較し、仮想化の長所をSDNによって物理ネットワークに適用する方法を考えていきます。
▼村木 暢哉(むらき まさや)
TIS株式会社 戦略技術センターにてSDN/SDI関連の研究開発に携わる。
SIerにとってのSDN/SDIの活路を検討しながら、ソリューションおよびサービス企画、プロトタイピング、企業・学術機関との共同開発および共同研究推進などを担当。
2014年よりクラウドオーケストレーションソフトウェア開発、仮想データセンター基盤開発を経て、現在はSDNを活用したネットワーク運用改善に関する研究開発に従事。
共著者として執筆した書籍に、「[増補改訂版]クラウド時代のネットワーク技術 OpenFlow実践入門(技術評論社)」がある。
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