近年、「VMware」や「OpenStack」といった技術の登場により、データセンターを構成するインフラをめぐる状況が、大きく変化してきています。本連載はそんな中でも特に「データセンターにおけるネットワークアーキテクチャの変化」に注目し、データセンターネットワークの世界で今何が起きているのか、そして、今後どんな変化が待ち受けているのかについて解説していきます。
本稿を執筆しているのは2016年2月だが、データセンター内のネットワークにおいて、この3年の間に、過去20年よりも多くの変化が起きていることをご存じだろうか? 大手ネットワーク機器メーカーや俊敏なスタートアップ企業が、向こう10年のデータセンターネットワークの経済性や運用モデルを根本的に変えてしまうような新製品を次々と市場に投入しているのだ。
そんな変化は、われわれの足元にも及んでいる。例えば「ネットワークが専門ではなかったのに、気が付けばネットワークの世界に足を踏み入れていた」――そんなサーバエンジニアの方も多いのではないだろうか。実はそのことこそが、今まさにデータセンター内のネットワークで起きている変化の象徴なのであり、本連載のメインテーマでもあるのだ。これは一体どういうことなのか?
本連載ではこうした、データセンターネットワークの領域で今まさに起こっているイノベーション、言い換えれば「アーキテクチャの変化」について解説していきたいと思う。この変化を正しく理解するためにはまず、サーバアーキテクチャの歴史を振り返ることから始めなければならない。
長年にわたり、企業のデータセンターを構成するハードウェアの標準は、IBMのメインフレームだった。80年台初頭にはサン・マイクロシステムズがメインフレームのシェア拡大に挑戦し、90年代にかけて一時支配的な地位を奪うことに成功したものの、最終的に業界標準の地位を確立したのは、デルやIBM、ヒューレット・パッカード(HP)などの大手PCメーカーが続々と採用した「インテルベースのx86アーキテクチャ」だった。その結果、多くの企業がx86サーバを大量に導入し、サーバハードウェアのコモディティ化が進むことになる。このことは、既存のサーバハードウェアのサプライヤーやメーカーたちに大きな打撃を与え、経営戦略の見直しなどを余儀なくさせたのだが、こうした企業群の大混乱については、ここでは触れないでおこう。
重要なのは、そんな状況の中、2001年にある技術が登場したことだ。すなわち、ヴイエムウェアのハイパーバイザー(サーバ仮想化技術)の登場である。この技術の登場は、企業のデータセンター構成に強烈なインパクトをもたらした。なにせ、1台のサーバ上で何百もの仮想マシンを稼働させ、マルチコアサーバの性能を最大限活用可能にする技術が現れたのだ。各企業は早速この技術を取り入れ、大量に導入した既存サーバの統合を進め、サーバリソースの利用効率を高めて機器投資や運用コストを削減しようとし始めた。さらに、ヴイエムウェアの「vMotion」技術により、起動中の仮想マシンを異なる物理サーバ間で移動させることさえ可能となり、企業は「メンテナンスのためのサーバの計画停止」といったかつては当たり前だった作業からも解放された。仮想化技術は、サーバリソースの効率的利用を可能にしただけでなく、「サービスの可用性」や「サーバ管理の自動化・俊敏化」といった点でも大きなイノベーションをもたらしたわけだ。
こうして全世界のITに関わる組織がサーバ仮想化技術の恩恵を受けた結果、こんなことを考えるCIOたちが現れ始めた。
「ストレージやネットワークの分野でも、同様の方法で設備投資や運用コストを削減できるんじゃないか?」
このような発想で現状を打破しようと最初に挑んだ企業の代表格が、グーグルやフェイスブック、アマゾンなどのいわゆる「ハイパースケール」と呼ばれる巨大なデータセンターを抱えるプレイヤーたちだ。これらの組織は、これまで考えられなかったような膨大なトラフィック量や自らのビジネスの拡大速度に、どのように迅速に対応していくかという共通の課題に直面していた。そして同時に、その課題を解決するためのリソースを持ち合わせていた。優秀な人材をはじめとする豊富なリソースを抱えるこれらの企業たちは、各種のベンダーが提供する既存のサーバやストレージ、そしてネットワーク技術では満足できなかった。そこで、自らデータセンターの全ての構成要素を考え直し、これまでよりも効率的に運用、スケールが可能なデータセンターを実現するための取り組みを始めることにしたのだ。
ネットワークの領域に関しては、ネットワーク機器のOSをはじめ、運用管理を一元化するためのコントローラーソフトウェアを独自に開発。そして、搭載するソフトウェアを自分で選択できる「ホワイトボックススイッチ」機器を製造するメーカーと連携し、汎用チップを用いた業界標準型スイッチに独自ソフトウェアを搭載したデータセンターネットワークを構築していった。
これらの“ハイパースケールプレイヤー”たちの多くが使用したのは、ブロードコムベースのホワイトボックススイッチだった。そのため、既存のネットワーク機器メーカーの製品も、ちょうどかつてサーバがインテルベースのx86アーキテクチャに移行していったように、徐々にブロードコムベースのアーキテクチャに収束していくことになる。ところで、これらの製品は同じホワイトボックススイッチ工場(主に台湾で稼働している)で製造されていることも多い(実際、最近のスイッチの多くは、フロントベゼルを外してしまえばブランドの見分けが付かなくなっているという事実は、ネットワーク業界のちょっとした秘密だ)。
さて、こうしてハイパースケールプレイヤーたちにけん引されて起きたスイッチデザインの標準化は、かつてのサーバと同様、スイッチ機器のコモディティ化を促進している。市場調査機関Infonetics Researchによれば、総出荷ポート数のうち、ホワイトボックススイッチが占める割合は、2014年の12%から、2019年にはおよそ25%に増加する見込みだという。これにより、従来「ハードウェアと独自ソフトウェアを統合したネットワーク機器」を提供してきた大手メーカーたちは、業界標準型のスイッチ上で動作する独自の「ネットワークOSソフトウェア」によって他社との差別化を図るなど、新たな戦略を打ち出す必要に迫られている。ネットワークスイッチにおける「ハードウェアとソフトウェアの分離」という新たなトレンドが生まれたのだ。
こうして生まれた新たなトレンドに反応し、2014年にはデルが、翌2015年にはHPとジュニパーネットワークスが、スイッチにおけるハードウェアとソフトウェアの分離戦略を発表している。このコンセプトは、サーバを購入したことがある人にはなじみがあると思うが、スイッチを購入する際に「OSを複数から選択できる」というものだ。サーバの世界では基本的に「WindowsかLinuxか」という選択肢だったが、例えばデルのスイッチの場合は、デル自身が提供する「Dell Networking OS 10(旧Force10)」や、その他「ビッグスイッチネットワークス」「キュムラスネットワークス」「プロリバスネットワークス」「プレクシ」といったサードパーティーのソフトウェアベンダーが提供するOSを選択することが可能になっている。
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