しかし、それ以外のユーザー企業の指示変更は、同年4月上旬までになされており、ベンダーは、その後の同月25日に、同年5月末日までの完成予定をメールで送付しているのであり、同年7月1日の稼働が可能なように同年6月末までにデザインシステムを完成させる予定が変更されたと解すべき事情は認められない。
ベンダーが、平成17年6月末時点で、上記同月23日の変更指示による部分(「脇石の明細項目についての自動計算」機能)を除いて、デザインシステムを、実際の稼働運用が可能な程度に完成させていたとは認められず、画像が表示できないとか検索機能が動作していないなどのシステムの重要部分が未完成であったと認められる。
裁判所は、同じ機能の未完成でも、指示の時期が納期の2カ月以上前で、ベンダーが完成可能と返事をしたものについては、ベンダーの責任とした。
4月上旬に指示変更があり5月末までに作るとしたが、これを完成させられず、そうこうしているうちに6月に新たな要望があってさらに作業が遅れ、結局4月の変更指示にも6月の要望にも対応できずに納期を迎えてしまった――。
おおかた、こんなところだろう。これではベンダーのプロジェクト管理に問題があったと言わざるを得ない。
システム開発中の変更指示による作業は、当初要件に基づく作業よりも遅延のリスクが高い。作業中に立てるスケジュールは、どうしても検討が足りず甘くなりがちだからだ。
ベンダーは4月の要望に対して5月にできると回答したときに、そのリスクを十分にユーザー企業に説明すべきだった。そうしていれば、6月の追加要望についても、実施可否をユーザーと相談し、次フェーズに回すなどの策もとれたろうし、それ以外は何とか納期に間に合わせられたかもしれない。仮に5月の要望の納期が遅れたとしても、リスクを事前に説明していれば、少なくとも裁判における責任の重さは随分と変わっていたはずである。
「プロジェクトの途中で出てきた要望は、当初要件よりもリスクテイクを怠らない」――これは是非とも心掛けたい。
ベンダーのプロジェクト管理の甘さは、以下の部分にも表れている。
ベンダーは、平成17年5月30日の時点で、画像表示ができなかったのは、ユーザー企業が画像を提供しなかったからであると述べているが、(画像提供がないなら)ユーザー企業に催促して画像の提供を申し入れるべきであったと思われ(中略)ベンダーがシステム開発に伴う作業手順の管理を十分にしていなかったことがうかがわれる。
結局、ベンダーの請求は全て棄却されてしまった(最初に挙げた6月の新規要件も、ベンダーの責任ではないが、作業が完成していない以上、ベンダーの求める「出来高相当分」には含まれないという判断だったと思われる)。
ユーザーからの追加や変更の要望は、常識的に考えて受け入れられない時期や規模であれば断るか、計画・見積もりを見直すこと。たとえ受け入れられるものであっても、そこには重大なリスクがあることをユーザーと共有すること。
いずれも「お客さま」には申し出しにくいことかもしれないが、これはベンダーの「権利」ではなく「義務」である。そうしたことがいつでも可能なように、要件、工数、スケジュール、そしてリスクの管理を常に行っておくことがベンダーには求められる。と再度申し上げておく。
素直で何でも言うことを聞くベンダーこそ、実は不誠実なのだ。
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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