B2C、B2B問わず、ITサービスがビジネスに不可欠な存在となった近年、UXデザインに対する企業や社会の認識は一層深まっている。にもかかわらず、「使いにくいサービス」が減らない原因とは何か?――今回は、UXデザイン手法を使って目指すゴール「UXがビジネスの成長に貢献している状態」を共有したい。
「もう迷わない! ビジネスを成長させるUXデザイン手法の使い方」連載一覧
UXデザイン手法の説明に入る前に、今回はそれらの手法を使って目指すゴール「UXがビジネスの成長に貢献している状態」を共有したい。
UXについては、連載第1回では、一般論に沿って以下のように定義した。
UI(User Interface)がプロダクト※の使用中の使い勝手だけを対象にするのに対して、UXはプロダクトの使用前後を含めた一連の体験を対象とする。
※プロダクト:ここでは製品だけでなくサービスやシステムも含めてプロダクトと総称する。
この一連の体験であるUXがビジネスの成長に貢献している状態では、図1のサイクルが成り立っている必要がある。
体験前から効果を期待させ、
体験中は支障なくその効果を得ることができ、
体験後も体験への満足が記憶されていて、
そして何らかの仕掛けにより満足した体験が思い出され習慣化している状態。
このようなサイクルが成り立つときに「良いUXが提供され、ユーザーの行動が習慣化されている」ということができる。またこの習慣化された行動が収益性を持つ場合、「UXはビジネスに貢献している」といえる。このような状態について、事例ベースで具体的に説明していく。
1つ目は身近なスターバックスやタリーズなどのシアトル系コーヒー店のUXを紹介する。
これらの店では、
プロダクトへの期待が
などにより高められ、待ち時間をプラスの要因に変化させている。
期待通りの「自分だけのコーヒー」が提供され、オフィスでも家庭でもない「第3の空間」としてデザインされた店舗でそれを楽しむ。カップの印象的なロゴが何度か目に付く。
「自分だけのコーヒー」と「第3の空間」というプロダクトの良いUX(体験)が、無意識のうちにロゴやブランド名と関連付けて記憶される。
ここに店頭のロゴやブランド名が目に入ることにより記憶されたUXが思い出され、「第3の空間」や「自分だけのコーヒー」というプロダクトをまた体験したいと欲求し、購入サイクルが回る。
もう1つ、有名な「iPhone」の例を挙げる。
取扱説明書もチラシも入っていないシンプルな梱包(こんぽう)の中に、液晶が見える形で本体が配置されている。
スマートフォンは生活必需品となっているため、<体験後>というシーンはマレだが、シンプルな使い勝手に対する満足がブランドロゴや商品名にひも付けられ記憶されている。
さらにプロダクトの体験外でもシンプルでスマートな使い勝手をウリとしたCMや広告により、一般層にまでUXの良い商品であるという認知を広めた。
PS4では、デジタル世界の「ゲームコンテンツ購入」UXの改良に取り組んだ。
予約版ゲームをPlayStation Storeで購入する。
プレイ数日前になると、PS4が休止中でも自動でダウンロードが開始される。ホーム画面にカウントダウン付のアイコンが表示される。
プレイ開始時刻前にもホーム画面のアイコンを選択することができ、全画面でカウントダウンを待つことができる。この全画面状態だと、プレイ開始時刻(発売日の午前0時)になると自動でゲームプレイが開始される。
「発売日0時から、店頭に並ぶことなくプレイ開始できる」というUXを経験した人は「PlayStation Storeで予約購入するとすぐに遊べる」という体験が記憶され、お気に入りのゲームはPS4本体やPC、スマホのブラウザー上のPlayStation Storeで「予約購入する」という行動が習慣化される。
このUXは、ドラゴンクエストIIIの発売日に長蛇の列ができた頃から続く、「お気に入りゲームの発売日」が持つ普遍的なワクワク感をデジタルトランスフォームしたものだ。
これらの例には、いずれも統一されたキーコンセプトがあり、それが体験前後を含めたUXに一貫性を与えている。そこから1つの解釈として「UXとはTPOをつなぎユーザー行動を習慣化させるキーワードである」といえる。
なお、UXがビジネスに貢献するためには、以下の3つの条件を満たす必要がある。
1.各シーンのUXが統一されていること(一貫性)
「UXとはTPOをつなぎユーザー行動を習慣化させるキーワードである」という解釈は、この条件をチェックする際に有用だ。
さらにビジネスに貢献するためには、他2つの条件を満たす必要がある。
2.ユーザーニーズに沿っていること(満足性)
ユーザーが事前に想定していた目的達成「例:おいしいコーヒーを飲む」に加えて、連載第1回で紹介した(事前にはユーザーは意識していなかった)UX要求「例:リラックスした環境(気分転換できる)」をかなえると、よりユーザーの満足度は増す。
3.行動の習慣化がビジネスに貢献すること(収益性)
今回は、「購入」プロセスというビジネスに貢献することが明らかな事例を扱った。
これらのビジネス、ユーザー、デサインの共通解を導くことが、UXデサインのビジネス的な役割であると筆者は解釈する。
しかしUXデサインがビジネスに貢献するのは「購入」プロセスに対してだけではない。次回は、その他のUXデザイン対象の見つけ方を紹介していきたい。人間中心設計の手法の解説に入る前に、もう少しUXデザインを生かしたビジネスゴールの見つけ方の話にお付き合いいただきたい。
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土屋晃胤(つちや あきつぐ)
秀玄舎 ITコンサルタント
大手メーカーでの社内エンジニア、プロジェクトマネジャー、ゲーム機のホーム画面やお知らせなどメイン機能のプロダクトマネジャーを経て、プロジェクトマネジメントコンサルタントとして現職に転職。ビジネスの課題をIT・マネジメント・デザインの融合により解決し「あらゆるシステムをユーザーが思うままに使える世界」を実現するため、活動の幅を広げている。
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