B2C、B2B問わず、ITサービスがビジネスに不可欠な存在となった近年、UXデザインに対する企業や社会の認識は一層深まっている。にもかかわらず、「使いにくいサービス」が減らない原因とは何か?――「VAIO」のUXデザイナーとして、「SONY PlayStation4」のプロダクトマネジャーとして、またその他システム/サービスのUXデザインを15年以上手掛けてきた筆者が「本当に使いやすいITサービス」の作り方を分かりやすく解説する。
デジタルトランスフォーメーションが急速に進展し、さまざまな業種でITサービス開発競争が激化している。ビジネスが「ソフトウェアの戦い」に置き換えられていることは社会に広く認識されているし、アプリケーションの使いやすさが、収益・ブランドを左右することは、多くの人が実感しているはずだ。
コンシューマ向けのB2Cアプリケーションに限った話ではない。社内のエンドユーザー向けのB2Bシステムにしても、UXによって業務効率は大きく変わってくる。ITが生活、ビジネス、社会に深く浸透している今、それを使う「人間中心の設計」が強く求められているのだ。
これを受けて、使い勝手(ユーザビリティ)要件を明確にしたり、ペルソナ・シナリオ法(以下、ペルソナ法)やユーザーテストなどの手法が開発に取り入れられたりしている。にもかかわらず、「なぜ使いにくいサービスが減らないのか?」「これらの手法によりビジネスを成長させるにはどうすればよいのか?」――本連載ではこの2つの疑問に答えていきたい。
多くの企業がUI・UXデザイン部門を立ち上げ、UXデザイナーの求人も増えている。それにもかかわらず、人間側がシステムや開発者の意図を考えないと理解できないサービスが多いのは、なぜか?
第1回はこの疑問に迫っていきたい。
UX(User eXperience、ユーザーエスクペリエンス):ユーザー体験のこと。UI(User Interface)が使用中の使い勝手だけを対象にするのに対して、UXは使用前後を含めた一連の体験を対象とする。そのUXデザインには、人間中心設計の考え方に基づいたペルソナ・シナリオ法、カスタマージャーニーマップ、ユーザーテスト、プロトタイピングなどが用いられる。詳しくは次回以降で説明する。
あなたはどんなときに「このサービスは使いにくい」と感じるだろうか? その不満点はいつも同じだろうか?
■B2B分野の場合
ほとんどの業務システムはユーザーにとって『他のサービスを使う』という選択肢はないため、使いたくなるUIより操作の効率性や学習しやすさが重要視される。例えば、工数管理システムなら見た目は質実剛健でも、入力の補助機能が充実しているサービスの方が使いやすいと感じるはずだ。
■B2C分野の場合
一方、EコマースのようなWebサービスでは、そもそも『使ってみたい』と思われなければ、商品の素晴らしさも機能の使い勝手も体感してもらえない。また雑誌やニュースサイトも開いた時点では、誰も広告を見ようとは思っていない。そんな人に一瞬で興味を湧かせ、「思わず、操作してしまう」UX――全画面広告やバナー広告には、そういったUXとコンテンツのデザインが求められる。
このように一言で「良いUX」と言っても目指すべき方向性はさまざま。「自社サービスがどういう使いやすさを目指すのか」、これを明らかにすることが、UXデザインのスタート地点である。その視点なくしてペルソナ法を用いても、ほとんど意味がない。
開発プロセスに詳しい人は「要件定義書でユーザビリティを正しく要件化できれば、ペルソナ法など用いなくても使いやすいシステムが作れる」と考えているかもしれない。だが、そのユーザビリティ要件を理解できるメンバーだけのチームを構成できるだろうか? さらにステークホルダーと文章でユーザビリティを合意できるだろうか? 「ワンマン社長に動き出したUIを見せたら、合意したはずの画面仕様がダメ出しされた」というのはよくある話だ。
ペルソナ法やプロトタイピングなどは、そのようなメンバーやステークホルダーのスキルに依存せず、ユーザビリティ要件を共有する手法だ。UXデザインに慣れていないチームや組織にこそ推奨したい。
前述の「よくある失敗2」のケースに学び、本や記事などを読んで、以下のような進め方をしてしまうのもよくある失敗例だ。
→結局、UI設計者(デザイナー)のセンス頼りになってしまう
→機能ごとの差異をどう吸収すればいいか分からず、結局UI開発者のセンス頼りで作っていくことになる
つまり要件定義とUXデザイン、どちらに偏ってもうまくいかず、バランスを取った進め方(プロセス)が必要になる。
図2は要求工学の教科書に載っている要求同士の関係性だ。「ビジネス要求、ユーザー要求、機能要求の順で定義し、その機能要求とユーザビリティ要件に基づき画面を設計しろ」と書いてある。
しかし、優れたUXを持つサービスの要件にはUX戦略やそれに基づくUX要求が必要になる。ここで言うUX要求とは、極論すると「ユーザーにユーザーが望んでいない行動をしてもらうこと」だ。
これらはビジネス(商売)にとって重要なだけではなく、ユーザーに「本当はこれがしたかったんだ!」と思わせ満足度を向上させる。このUX要求の存在により、図3のように要件構造は複雑になる。さらにそれに則した上流工程のプロセスは、この要件構造やメンバー特性・対象の規模などを考慮してデザインしていく必要がある(図3のプロセスはあくまでもイメージ。詳細は連載内で説明する)。
今回、「なぜ使いにくいサービスが減らないのか?」という疑問に対して3つの失敗例を挙げた。その解法となる『UXデザインを含む上流プロセス構築の考え方』は連載の中で詳しく説明していく。筆者個人としては「これまでのUXデサインの記事は『ツール(薬)』の話が中心で、『ツールの用途・用法(処方箋)』に話が及ばないものが多かったのではないか」という印象を抱いている。この連載ではそこに迫っていきたい。
その後、「UXデザインでビジネスを成長させるにはどうすればよいのか?」という疑問に答える。UXデザインの役割は「各サービスの良い機能や使いやすさを記憶させ、ユーザーに利用を習慣化させること」であると私は考える。
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土屋晃胤(つちや あきつぐ)
秀玄舎 ITコンサルタント
大手メーカーでの社内エンジニア、プロジェクトマネジャー、ゲーム機のホーム画面やお知らせなどメイン機能のプロダクトマネジャーを経て、プロジェクトマネジメントコンサルタントとして現職に転職。ビジネスの課題をIT・マネジメント・デザインの融合により解決し「あらゆるシステムをユーザーが思うままに使える世界」を実現するため、活動の幅を広げている。
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