「Amazon Go」をはじめとするニューリテールで、小売業界が変わろうとしている。特にニューリテールが進む中国を例に、IT×小売業界の新しい在り方を探る。
レッジは2018年7月26日に、最新の事例から人工知能(AI)の今を知るカンファレンスイベント「THE AI 2nd」を開催した。本稿では、VAAK代表取締役の田中遼氏によるセッション「ニューリテールによる小売業界の変革」の内容をお伝えする。
VAAKは、防犯カメラの映像を解析して人間の行動を分析するAI技術を強みとするスタートアップ企業だ。この技術を生かした小売業向けの行動解析ソリューションや万引き防止システム、レジなし決済システムなどを提供する。
まず、田中氏は、防犯カメラ映像を活用した万引き防止システムの仕組みを紹介した。
「防犯カメラの映像から、100ポイント以上のデータを統合的に分析することで、その人物の詳細な行動を解析する。具体的には、人物の属性、関節の座標、表情や服装などの身体情報、持っている商品の色や形などミクロ視点の情報、行動の時系列データや天候、地域などのマクロ視点の情報を組み合わせて分析し、次の行動を予測。万引きを行う確率をパーセンテージで表示する」
このシステムは、万引き防止だけではなく、暴力事件やひったくりを検知、予測する防犯/テロ対策、駅のホームでの人身事故防止にも応用できるという。
次に、レジなし決済システムの特徴について、田中氏は次のように説明した。
「従来のレジなし決済システムでは、ゲートを設置したり、店舗の各所にセンサーを配置したりする必要があった。これに対して、当社のシステムは、防犯カメラの映像のみでレジなし決済を実現できる」
利用の流れとしては、まずは顧客が入店の際に、専用スマートフォンアプリのQRコードをカメラにかざすことで本人認証を行う。入店後は、防犯カメラの映像から顧客の動きを分析し、棚から取った商品を自動でアプリ内のカートに追加する。そして、顧客が店内のカメラに映らなくなると、購入した商品の決済が行われる。なお、商品管理については、画像解析に加えてバーコードも活用している。
「小売店では、短期間に大量の商品が入れ替わるため、画像解析だけでは商品管理の機械学習に多大な時間とコストがかかってしまう。バーコードを利用することで、そのコストをかけることなく、商品を認識可能になる」
こうした映像解析AI技術によって、「ニューリテール戦略」が新たな段階に入ってきていると田中氏は指摘する。
「ニューリテールは、2016年ころにAlibabaによって提唱されたもので、米国の無人コンビニエンスストア『Amazon Go』が有名だが、中国の方がニューリテールについて特に先行している。中国ではニューリテールの店舗が乱立し、既に淘汰(とうた)が始まっている状況で、従来の店舗完結型からデータ収集型へと主流が移りつつある」
データ収集型の店舗では、例えば、防犯カメラの映像解析を行い、顧客の行動と連動して、店内の広告枠にクオリティーの高い広告をリアルタイムで掲出する。また、棚などにセンサーを配置し、手に取った商品に対してクーポンを配信することで、購買を促す。さらに、立地ポテンシャルデータを活用して、その立地に最適化した商品やサービスを提供するなどの展開も可能になるという。
そして田中氏は、ニューリテールが小売業に革新をもたらすキーワードとして「OMO」(Online Merge Offiline)を挙げた。
「従来のO2O(Online to Offline)は、オンラインを活用してオフラインに送客するという一方通行の戦略だった。これに対して、OMOでは、オンラインとオフラインを融合させることで、顧客がどこにいても、最適なタイミングを捉えて購買につなげられる」
OMOの事例として、田中氏はまず、中国の平安好医生が提供する「グッドドクター」を紹介した。グッドドクターは、医療、薬、保険データを統合的に扱うシステムだ。利用者は、アプリを立ち上げてウオーキングすることでポイントが付与される。歩くという健康的な行動を行うことで、ポイントをためるとともに、保健的な観点から見て疾病リスクを軽減できる他、ポイントを使ってチャットで医師と問診が行える。システムは、問診データを分析して、適切な薬や医療サービスの提案、健康状態に合わせた保険の適用見直しといったユーザー体験を提供する。
「この事例のポイントは、『より良いユーザー体験をいかに提供するか』という点だ。良い体験をしたユーザーは、そのサービスに定着し、ユーザーが増えれば顧客データもたまっていく。そして、そのデータを活用して、新たなサービスやタッチポイントを提供し、そこからまた新しいユーザーが集まってくる。良いユーザー体験によって、OMOの好循環を生むことができる」
次に紹介したOMO事例は、Alibabaが出資する中国のスーパーマーケット「盒馬(フーマー)鮮生」。このスーパーマーケットは、ECと連動したリアル店舗で、利用者は店内の商品を実際に見ながらアプリで注文を行い、注文した商品が自宅まで配送される。また、店内には料理ができるイートインスペースも設置されており、利用者は購入した食材を使って、その場で調理して食べることができる。店内のQRコードからは、売り場にある食材で作れる料理のレシピ情報も提供されている。
「このユーザー体験は、特にファミリー層の集客につながっており、レストランに行くよりも安くて、おいしい料理が食べられるとして好評を得ている。また、生鮮食品は実際に見ないと不安なこともあり、従来のECでは購入しにくかったが、盒馬鮮生では、現物を見て注文できるため、生鮮食品を継続購入しているユーザーも多い」
これらのOMO事例を踏まえて田中氏は、ニューリテールによる小売業の革新について、次のようにまとめて講演を締めた。
「オンラインとオフラインの融合によって、顧客をターゲティングするタイミングが大きく変わってくる。顧客がどこにいるかではなく、購買意欲があるかどうかが重要なターゲティングポイントになり、購買意欲が高まったタイミングで、いかに効果的にレコメンドや広告を出せるかがカギになる。また、顧客を引きつけるアプローチが、モノからコトへと変化している。OMO時代では、オンライン/オフラインで良質なタッチポイントを持ち、そこでユニークなユーザー体験を提供できる小売業者が強さを発揮するだろう」
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