「ファーストリテイリングがGoogle Cloudと協業」の本当のインパクトは何かあらためて「有明プロジェクトとは」

「情報製造小売業」を目指すファーストリテイリングが、「有明プロジェクト」でGoogle Cloudと協業していることを明らかにした。具体的には何をやろうとしているのだろうか。

» 2018年09月20日 05時00分 公開
[三木泉@IT]

 ファーストリテイリング 代表取締役 会長 兼 社長の柳井正氏が2018年9月19日、同社の進める「有明プロジェクト」でGoogleのクラウド部門であるGoogle Cloudと協業していることを明らかにした。

 柳井氏はGoogle Cloudが東京都内で開催しているイベント、「Google Cloud Next in Tokyo '18」の基調講演に登場、「衣料の開発・製造・販売でナンバーワンだと思っている私たちが、検索やインターネット、AIでナンバーワンのGoogleと一緒になって開発していく」と述べた。また柳井氏は、「こうしたパートナーシップは、似た考え方を持つ企業同士でしかできない」などと、今回の協業の奥深さを強調した。

中央右がファーストリテイリング 代表取締役 会長 兼 社長の柳井正氏、中央左はGoogle Cloud CEOのダイアン・グリーン氏、左はGoogle Cloudグローバルアライアンス&インダストリープラットフォーム部門プレジデントのタリク・シャウカット氏、右はGoogle Cloud日本代表の阿部伸一氏

 ファーストリテイリングのプレスリリースでは、「情報製造小売業の実現に向けては、世界中のデジタルパートナーと協業し、最先端のデジタルイノベーションを活用し続けることが原動力となります。Googleとの協業は、その中の重要な取り組みの一つであり、すでに様々な分野でプロジェクトを始めています。具体例の一つとして、Google CloudのASL(Advanced Solutions Lab)チームと、日本初となるパートナーシップを組み、世界最先端の機械学習や画像認識技術を使った、商品のトレンドや具体的な需要の予測をする取り組みを進めています(原文ママ)」としている。

 では、この発表は単純に、需要予測のためにGoogleのAIエンジニアによるコンサルティングを受けるということなのか。あるいはパブリッククラウドについてはAmazon Web Services(AWS)を使ってきたファーストリテイリングが、AIのみについてGoogle Cloudを使うというだけの話なのか。どちらの言い方も、実際の2社の関係を表してはいない。

 柳井氏は今回のイベントで、「超情報革命の時代になった。産業を変えた人がその産業の勝者になる。1位になるにはデジタル変革が必要。親父の言っている通りにやっていたら成功しない」と話した。つまり、単純な需要予測の話ではない。ビジネス全体を変える武器として、データを活用しなければならないというのが同氏の考えだ、

 一般的な需要予測では単なるトレンド分析。だが、後述するように、ファーストリテイリングでは大量生産商材の大量消費を前提とした需要予測だけを考えてはいない。マスカスタマイザーションおよびテイラーメイドに近いビジネス形態にも対応し、場合によってはニーズを先取りして、新たな製品を開発するのに適した予測を常時行う。これを全世界で、各地域に最適化した形で実行できるというのが、ファーストリテイリングの狙いだ。

 柳井氏は、「全世界を対象とした生産、物流、販売をリアルタイムで最適化していくためには、ファーストリテイリングが提供する商品の需要に関わるあらゆるデータを集め、解析していく必要がある。しかも(予測は)毎日変わっていくことになる」と話している。

 では、柳井氏が「一緒に開発する」と表現したのはなぜか。文字通り、これが「共同製品開発」だからだ。

 Google Cloudグローバルアライアンス&インダストリープラットフォーム部門プレジデントのタリク・シャウカット氏によると、最初にアプローチしてきたのはファーストリテイリングだ。約2年前に柳井氏が米国のGoogle Cloud本社を訪れ、自身の事業とAIに関する思いを語り、Google CloudのAIエンジニアとどう協業できるかを打診してきたという。ちょうど業種別のソリューションを製品化する取り組みを進めようとしていたGoogle Cloudは、両社で小売業に広く適用可能なソリューションを開発していくことに合意した。

 「(2社の話し合いで、)需要予測は協業のテーマとして面白いという話になった。そこでまず、ファーストリテイリングのエンジニアチームがカリフォルニアに来て、コラボレーションが始まった。だが、マーチャンダイジングや計画、クリエイティブなど、同社の事業ノウハウは東京の本社にある。そこで次にGoogle Cloudのエンジニアチームを東京に送り込み、共同作業を続けている。このことがきっかけで、ASLの拠点を東京にオープンすることになった」

 ファーストリテイリングのプレスリリースにも登場する「ASL」とは、Google Cloudが主要業界の顧客と個別に連携し、各業界に特化した最先端の機械学習/AIソリューションを生み出すプログラムだ。今回の協業を、Google CloudはASLの一環として位置づけている。

 「各企業に個別の問題解決であれば、コンサルティング的な仕事であり、一般的には当社のパートナーが担当する。しかし、(今回のように)先端的な取り組みであり、当社がプロダクトとして開発したいと考えたとき、それはASLの取り組みになる」(シャウカット氏)

 今回の協業の成果は、いずれGoogle Cloudのソリューションプロダクトとして、他の企業も活用できるようになる。それでもファーストリテイリングは、英語でいう「first mover advantage」、つまりネットの世界ではよく見られる「早いもの勝ち」のメリットを享受できる。前出の「産業を変えた人がその産業の勝者になる」という柳井氏の言葉は、これにつながってくる。

 シャウカット氏によると、ファーストリテイリングは予測を継続的に自動で自己修正していくようなシステムを目指しているという。

 「柳井氏が今回の協業で求めているのは、自己学習、自己修正機能を備えた需要予測システムだ。一般的な需要予測システムは単純なトレンド分析の域を出ない。そこでファッション業界では結局、クリエイティブスタッフが、『この地域ではどの色が流行しそうか』などさまざまな点を考慮して、直感で判断するところが大きい。これに対し、今回はディープラーニングに基づく自己学習的なモデルの開発で、高い予測精度を実現することを目指している」(シャウカット氏)

 Google Cloudは2社の関係が、需要予測にとどまらず、オンラインストア/Webサイト、そしてストアオペレーションにも広がっていく可能性があると話している。

 なお、ファーストリテイリングは今回、Google Cloudの「G Suite」を全世界で導入するつもりであることも明らかにした。柳井氏によると、情報を全世界のあらゆる部門のスタッフに行きわたらせるとともに、権限を委譲することで、同時並行的に業務を進められるようにし、事業スピードを高めることが採用の目的だという。加えて、店舗における顧客のフィードバックを吸い上げるツールとしても、G Suiteを活用しようとしていると、シャウカット氏は話している。

 柳井氏は、日本企業に対するメッセージとして、「日本企業はコンサーバティブだが、勇気を持って決断していかないと、世の中は変わっていってしまう。『今の最新技術は何か』を考えて顧客のために適用すべき。新しいことをやると失敗するのは当然。早く失敗して早く新しいことを考えるべき。あきらめなければ成功する」と話した。

結局、「有明プロジェクト」とは何なのか

 有明プロジェクトについてはこれまでさまざまな報道がなされてきたが、今回の発表の背景として、以下に短くまとめる。プロジェクト名称は、2017年2月、ファーストリテイリングが物流倉庫と、ユニクロの商品企画、マーケティング、生産、物流などに関する本社機能を遂行する新オフィスを東京・有明にオープンしたことに由来する。だが、「有明」という言葉は象徴であり、実際には海外を含め、全社的、全部門横断的な事業改革を意味している。

参照記事:ファーストリテイリングがデジタル戦略を発表、他と何が違うのか

 有明プロジェクトにおける最大のポイントは、「作ったものを売る」から「顧客の求めるものを売る」への180度ともいえる発想の転換にある。これは、2015年6月の発表でも既に示されていた通り、オンラインが(売上高の観点で)主戦場になる可能性を考慮したデジタル戦略そのものだ。そしてデジタル戦略は、同社の中長期戦略そのものでもある。

 ファーストリテイリングは、EC(電子商取引)比率が伸びないと批判されているが、遅かれ早かれオンライン売り上げがオフライン売り上げを凌駕し、オンラインビジネスが企業としての成長および存続を左右することになるという危機感を持っている。

 例えば「Amazon Fashion」と売上高で競争したいのかは分からない。だが、オンラインの世界では、Amazon Fashionをはじめとする多様な市場参入者と戦っていかざるを得ない。その時にキーワードとなるのは。Amazonも掲げる(歯が浮く言葉ではあるが)顧客第一主義だ。

 「良いもの」というだけではなく、「自分の好みに合致した」「サイズも合っている」商品を、「便利に」「すぐ」手に入れられなければ、顧客は逃げてしまう。

 上記のように言うのは簡単だが、実現するのは容易なことではない。容易ではないが、さまざまな改革に同社は着手している。

 まず、「半年などの単位で商品を開発し、需要を見込んでまとめて生産して販売する」といったやり方から脱皮し、ZARAなどのブランドで知られるInditexのように「作り足す」方式へ移行しようとしている。これにより、衣料販売では避けて通ることのできない余剰在庫の問題に対処する。

 余剰在庫を極力避けながら、販売機会の逸失を避けるには、物流を変革しなければならない。例えば有明倉庫は、都内の各店舗における在庫レベルから、商品を少量で補充できなければならない。

 オンラインでは「すぐ欲しい」というニーズにも対応できる必要がある。「オンライン購買では購入商品がすぐに手に入らない」という「常識」を覆してAmazon.comは成長してきた。ファーストリテイリングは有明における店舗への商品供給の「ジャストインタイム化」をはじめとして、配送時間短縮化のための複数の実験を進めている。

 また、「自分に合った」商品を低価格で提供するため、マスカスタマイズ、あるいはテイラーメイドのニーズにも対応しようとしている。

 例えばユニクロでは2018年秋冬用に、「3Dニット」の商品を投入した。これはファーストリテイリングが島精機という企業の「ホールガーメント(一体編み)」技術を取り入れたもの。2社は合弁企業を設立しており、ユニクロの3Dニット商品は和歌山で生産されている。

 ホールガーメントは、前工程と後工程がない。島精機の編機で製造を自動化できる。このため、労働賃金の安い地域で生産する必要がない。消費地の近くで生産し、納期を短縮できる。また、仕組みからいえば、完全なカスタムメイドにも対応できる。前出の3Dニットのワンピースドレスでは、サイズに加えて袖丈/スカート丈を3つの選択肢から選べるようになっている。これはカスタムメイドではないが、マスカスタマイゼーションに向けた一歩だと表現できる。

 「顧客の求めるものを作る」形態に近づけるためには、サプライチェーンの全工程をリアルタイムでつなぐITシステムを構築し、これを顧客ニーズに基づく売り上げ最大化、およびコスト最小化の観点から制御できるようにする必要がある。ファーストリテイリングは、こうした取り組みを進めている。

 そして上記全ての活動のベースとなるのが、顧客ニーズ(、そして需要)の正確な把握だ。ファーストリテイリングは顧客の衣料購買に関する情報の収集・分析を強化しようとしている。

 例えばスマートフォンアプリでは2018年7月、「UNIQLO IQ」という機能を提供開始した。いわゆるチャットbotで、好みや関心を伝えると、商品を薦めたり、店舗での在庫を確認したり、問い合わせに答えたりする。顧客のこうしたアプリでのインプットやオンラインストアにおける行動、店舗における顧客のリクエストや問い合わせ、リアル/デジタルのキャンペーンへの反応、ソーシャルネットワークなどインターネット上の情報、天候などを店舗における売り上げデータと合わせて分析し、現在および近未来のニーズ/需要を正確に予測できるようになる必要がある。

 2018年度に海外売上比率が国内売上比率を超えると予想されるファーストリテイリングは、もはや文字通りグローバル企業。そこで上記のようなデータの収集と予測を全世界について行い、これを各地域における生産、販売、物流の最適化に生かしていくことを、同社は考えている。

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