日本マイクロソフトは、2018年11月5〜7日に「Microsoft Tech Summit 2018」を開催した。Microsoft CEOのサティア・ナデラ氏が話す、ITが身近になる中でのビジネス方法とは何なのだろうか。
日本マイクロソフトは、2018年11月5〜7日に都内のホテルで「Microsoft Tech Summit 2018」を開催した。同イベントは、2018年9月に米国で開催された「Microsoft Ignite」での発表内容をフォローアップしつつ、日本独自の内容を盛り込んだものだ。本稿では、Microsoft CEO(最高経営責任者)のサティア・ナデラ氏の講演を中心に基調講演の模様を紹介する。
基調講演のオープニングは、日本マイクロソフト 代表取締役社長の平野拓也氏が務めた。平野氏は日本マイクロソフトが先行して開発を進めるソーシャルAI(人工知能)「りんな」と会話をしながら登場。ここ数年、日本マイクロソフトが行う大規模なイベントではりんなの最新状況が紹介されるのが定番となっており、今回は「共感視覚モデル」と呼ばれる画像認識技術によって、「感情」のこもった会話が可能な様子が示された。
AIによる従来の画像認識では、画像内に存在するものの名前や形、色などを判別し、回答するのが一般的だ。例えば「成人男性」「子ども」「犬」といったものが一緒に写っている画像であれば、それらを個別に認識し、何が写っているのかをユーザーに示す。一方、「共感視覚モデル」は、同様の画像が写っている内容から「散歩をする家族連れ」の可能性を推測する。りんなは、その推測結果を「家族連れかな?」といった形式で表現し、ユーザーと自然に会話するという。
こうした例を示しながら、平野氏は次のように話す。
「Microsoftが進めるAI開発の方向性は『人間を置き換えるものではなく、人間が持っている創造性をより拡張するもの』だ。そして、『インダストリー』『ワークスタイル』『ライフスタイル』の3領域で、イノベーションを起こすことに貢献する」(平野氏)
続いて登壇したのは、サティア・ナデラ氏だ。ナデラ氏は、人々の生活や産業のあらゆる領域にコンピューティングを中心とした「テクノロジー」が急速に浸透する中で、どのようにビジネス機会を生み出し、成果を上げるかについて述べた。
ナデラ氏はまず「Tech intensity =(Tech adoption)^Tech capability」という式を示した。「Tech intensity」は、直訳すれば「テクノロジー強度」といった意味だ。業種や業界を問わず、あらゆる企業が何らかの形で「ソフトウェア」に関わることになるデジタルトランスフォーメーション(DX)の時代において、テクノロジーに関する「強さ」は、競争力の高さにつながるという。
そして、「Tech adoption」は「テクノロジーの導入」を、「Tech capability」は「差別化要素」を表す。導入したテクノロジーの力を、自らの差別化要素によって倍加することが、Tech intensityを増すことにつながっていくという。
「Tech intensityこそが、『地球上の全ての個人と組織が、より多くのことを達成できるようにする』というMicrosoftのミッションの礎になるものだ。Microsoftは、パートナーや顧客がDXを実現し、ビジネスで成功を収めるための構成要素となるテクノロジーを提供する」(ナデラ氏)
Microsoftは近年、クラウド上のシステムとエッジデバイスの双方において高度な処理を行う「Intelligent Cloud」「Intelligent Edge」を提唱している。このコンセプトで、アプリケーション、インフラ、データおよびAIにどのような変化を起こそうとしているのだろうか。
「クラウドとエッジの双方に『Intelligent』を提供するのは、AIだ。画像認識、音声認識、言語理解、機械翻訳といったAIのさまざまな領域で、Microsoftは近年、多くの技術的なブレークスルーを実現している」(ナデラ氏)
これらの成果は、同社がクラウドインフラとして展開する「Microsoft Azure」(Azure)上で提供する「Azure AIサービス」として、全ての組織がすぐに活用できるものになっている。
「今後、全てのアプリケーションにAIが組み込まれていく」(ナデラ氏)
既に「Microsoft 365」や、業務アプリケーション「Dynamics 365」といった同社の製品群においては、AIの組み込みが始まっている。そして、それらのアプリケーションによって蓄積される膨大なデータを、Azureのデータストア上に統合し、分析することで、新たな価値を生み出せる。
ナデラ氏は、Microsoft Igniteで発表されたSAP、Adobe Systemsとの「Open Data Initiative」の取り組みに触れ、「各社のサービスやアプリケーション上で個別に管理している顧客データを、今後ユーザー企業がそれぞれのコントロールの下で統合し、活用できるようになる」と述べた。
ナデラ氏は「最新のテクノロジーを導入してビジネスを変えている企業」として、日本におけるMicrosoftソリューションの導入事例を紹介した。ここで名前が挙げられたのは「小松製作所」「JTB&ナビタイムジャパン」「トヨタ自動車」「東日本旅客鉄道」「ニトリ」といった企業だ。それぞれの業界は異なっているが、共通するのはMicrosoftのテクノロジーを「ビルディングブロック」として組み合わせて、その上で自社の持つ独自性を生かして「現場の生産性、安全性を向上させる」「コミュニケーションを活性化する」「顧客満足度を高める」といった成果を生み出している点にあるという。
「各社が導入したテクノロジーは、既にコモディティ化しているかもしれない。しかし、より重要なのは各社がそれぞれの差別化要因に基づいて決断し、そこから事業的な成果を生み出していることにある」(ナデラ氏)
あらゆる企業が「デジタル化」を押し進め、テクノロジーによる変革を図っていこうとする時代において、サービスのインフラやアプリケーションに関わるベンダーには「多くの責任が生まれる」(ナデラ氏)という。それは、「プライバシー」「セキュリティ」「AIの倫理」に関わるものである。
人々の生活や経済活動とテクノロジーとの結び付きが強まっている現在において、デジタル上のプライバシーを守ることは基本的な「人権」の一部になっている。ナデラ氏は、EUが2018年5月に施行したGDPR(一般データ保護規則)などを示しながら、同社が各国の規制に基づいたデジタルデータの適切な取り扱いを順守している点を強調した。
またセキュリティについては、同社が保有する大量のログデータや監査情報の活用、インターネット上で流通しているマルウェアの精査、他のベンダーとのパートナーシップなどを通じて、自社のセキュリティ関連製品の強化やインターネット上のセキュリティ保護に取り組んでいるとした。
AIの倫理は、これらとは若干異なった視点の「責任」になる。
「あらゆるアプリケーションにAIが組み込まれる世界において、ベンダーには『コンピュータで何ができるのか』だけではなく、『コンピュータで何をすべきか』を慎重に考える必要が生じてきている」(ナデラ氏)
現在Microsoft社内では、エンジニア、製品デザイナー、フロントセールス担当者を含む、さまざまな立場の社員が関わる「倫理委員会」を設けており、その中で「倫理的なAI」についての議論を交わしているという。
「セキュリティやアカウンタビリティーを内包しながら、人がアプリケーションに倫理的なAIを組み込むためのグローバルな設計原則を作ろうとしている」(ナデラ氏)
最後にナデラ氏は、「地球上の全ての個人と組織が、より多くのことを達成できるようにする」という同社のミッションに再度触れ、その達成に向けて行っている助成プログラムを紹介した。
例として挙げたのは、東北大学災害科学国際研究所のバイ・ヤンビン氏が手掛ける、AIやリモートセンシングといったテクノロジーを活用した「災害復旧」や「減災」に関する研究だ。この研究では、災害による被害情報を地図上にマッピングした上で、「どのエリアへ優先的に救援に向かえばいいか」「どうすれば救援チームが安全に現地に向かえるのか」といった難しい判断をサポートするAIモデルの開発に取り組んでいる。このシステムの開発にはAzureが活用されており、Microsoftもその取り組みを支援しているという。
「こうした取り組みは、テクノロジーが本当の意味で、インクルーシブな社会の一部となり、世界中のあらゆる場所での成長を促すことにつながっていく。私は日本を訪れるたびに、その社会と経済から、テクノロジーを活用していかに新たなものを作り出していくかのインスピレーションを得ている。今後も日本のあらゆる企業や組織がテクノロジーの力を取り入れながら成長を続けていくと確信している」(ナデラ氏)
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