多数の事例取材から企業ごとのクラウド移行プロジェクトの特色、移行の普遍的なポイントを抽出する本特集「百花繚乱。令和のクラウド移行」。基幹システムの安定化、パフォーマンス向上、コスト削減などを目指した日機装の事例からは、特にコスト削減のポイントを中心にお届けする。
この記事は会員限定です。会員登録(無料)すると全てご覧いただけます。
仮想基盤に構築した基幹システムが、ストレージが原因で15時間の全停止。IT部門が地獄に一番近づいた日でした――こう話したのは、2019年6月に開催された「AWS Summit Tokyo 2019」の「SAP ERP V2C移行をどう進めたか? 弊社のAWS活用状況と今後の展望」に登壇した日機装 企画本部 グローバル情報統括部 第2グループの甚沢攻氏だ。
同社のIT部門は移行の際に、何を目指し、何に気を付け、プロジェクトをどう進めたのか。移行後の効果には、どのようなことがあったのか。講演内容から、企業がクラウド移行の際に重視すべきポイントを探る。
工業用特殊ポンプや精密機器、航空機用部品、医療機器、深紫外線LEDなどの開発、製造、販売、メンテナンスを展開する日機装。炭素繊維強化プラスチック(CFRP)や血液透析用の医療部門機器といった現在の産業に欠かせない素材や部品のパイオニアとして知られ、東京、金沢、白山、東村山などの国内拠点と海外84拠点で製品やサービスをグローバル展開している。
同社は基幹システムを仮想基盤上に「SAP ERP」で構築してきた。2013年には財務/管理会計(FICO:Financial Accounting & Management Accounting)を全社レベルで、販売管理(SD:Sales and Distribution)とポートフォリオプロジェクト管理(PPM:Portfolio and Project Management)をメディカル事業でそれぞれ導入した。
「この基幹システムが2015年に30時間、2017年には15時間、停止しました。特に2017年の障害では、ストレージが原因で基幹システムが全停止し、データのリストア寸前まで行きました。基幹システムのダウンは経験したいものではありません。IT部門が地獄に一番近づいた日でした」
基幹システムをAmazon Web Services(AWS)へ移行する計画の背景には、そうしたインフラ運用への不安があった。具体的に課題になっていたのは、度重なる障害による不安、増え続けるデータ、日々劣化するパフォーマンス、プロジェクト単位で立ち上がるサーバへの対処などだ。
「AWS移行で目指したのは、スケーラビリティと堅牢(けんろう)性の向上、ハードウェアとミドルウェアのEOL(End Of Life)/EOS(End Of Support)対応、インフラ管理、運用コストの削減、サンドボックス環境や開発環境の迅速化です」
2016年10月に予算申請を行って2017年6月にSIerを決定し、9月から移行プロジェクトを開始。2回のリハーサルを経て2018年4月末に本番切り替えを実施するというスケジュールで進んだ。プロジェクトメンバーは静岡、金沢、恵比寿の3拠点に配置した。
AWSを選択した理由は、上述の通り、スケーラビリティや堅牢性を向上できること、インフラ管理コストを削減しつつ、サンドボックス環境や開発環境を迅速に提供できることにあった。もっとも、コスト面では気になる点もあったという。
「AWSはオンプレミスと比較して運用コストが高いという意見があります。確かに、注意して利用しないと高くなる傾向があります。そこで、例えばAmazon EC2(以下、EC2)に関しては、24時間起動にしなかったり(平日9〜17時のみ起動)、リザーブドインスタンスやスポットインスタンスを利用したりするなどコストを下げるように工夫しました。また、バックアップ/DR(Disaster Recovery)の仕組みを併せて考えることもコストを下げるポイントです」
さらに、長期間の使用を前提にすることもコスト削減のポイントだという。同社では、AWSを8年間使用する前提でコストを試算した。
「一般的なサーバ、ストレージの寿命を約5年とすると、あくまでも弊社の場合ですが、AWSを使い続ける方がコストが低くなることが分かりました。特に、コンサルティング費用の高いパッケージを利用している場合、AWS移行によるコスト削減効果が見込めるのではないでしょうか。自社のロードマップに合わせて試算してみることがポイントです」
移行規模は、SAP ERPの開発/検証/本番サーバをはじめとする「SAP関連仮想サーバ」群、EAI(Enterprise Application Integration)サーバやWebサーバ、アプリケーション(AP)サーバ、データベース(DB)サーバなど「メディカル仮想サーバ」群の合わせて13台。データセンターの仮想環境からAWSの東京リージョンに移行し、併せてシンガポールリージョンにAMI(Amazonマシンイメージ)のバックアップを転送してDRサイトとした。
既存のVMware製品の仮想環境ではストレージアクセスに「Raw Device Mapping」を用いていたこともあり、移行ツールはそれに対応したライブマイグレーションツール「CloudEndure」を用いた。CloudEndureではレプリケーションを継続的に実施しながら、Amazon S3(以下、S3)へ関連データを移行し、特定のタイミングでS3からEC2を立ち上げるというシナリオになる。2017年11月からレプリケーションを開始し、本番稼働まで継続して実施した。
移行時は、プログラム改修の規模に影響するため、ホスト名を変更するかどうかが気になるポイントとなった。
「ホスト名は変更しない方が作業が容易ですが、弊社では、移行時に万が一既存システムと接続してしまった場合のリスクを踏まえ、変更しました。ほとんどのインタフェースがEAIを経由しているため、EAIの設定を変更するだけでプログラムの修正を最小限にできたことも背景にあります。移行によるインタフェースへの影響を考えましょう」
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.