移行の際に気を付けたポイントは大きく2つある。
1つ目は「ライセンス違反にならないようにする」ことだ。具体的には、SAPバンドルSQL ServerライセンスはAWSに持ち込めない。場合によってはSQL Serverを新規に購入する必要も出てくる。
「今回のケースではDedicated Hostsならライセンス持ち込み可能でした。ただDedicated Hostsは、使い方に制限があるので、その制限を考慮する必要があります。クラウド環境のライセンスは難解なため、ライセンスが持ち込めるかなど、AWSの営業担当者や利用するソフトウェアベンダーの担当者に事前によく確認しておくことが必要です」
2つ目は、移行を依頼する「SIerをしっかりと比較する」ことだ。同社はAWSとSAPの双方に実績のあるSIerとして3社を比較し、最終的にはNTTデータ グローバルソリューションズを選定した。選定基準としては「コスト」「移行方式」「ダウンタイム」「プロジェクト実績」「取得資格(ISMS、ISOなど)」「AWSパートナー認証」などだ。特に、基幹システムであるためダウンタイムが少ないこと、「VPCピアリング」などリモートアクセスを行うため、セキュリティに知見があるかを重視したという。
「SIerによって移行コストやスピード、品質に差があります。『オンプレミスのハードウェア運用よりもAWSが安い』といった運用コストの試算も大事ですが、移行をSIerにお願いする場合は、それぞれが持っている知見やノウハウをしっかり比較することが重要です」
パフォーマンスについては、事前の性能試験では大きく改善することは分かっていたが、本番での結果が気掛かりだった。クエリ/レポート関連の処理時間は数分の1に高速化し、夜間ジョブの実行時間も約3分の1短縮された。
「WAN超えのインタフェースは遅くなったものの、ユーザーアンケートでも全体的に『遅くなった』という回答はゼロで、『速くなった』という評価を得ました」
またクラウド移行における隠れた効果としては、ムダな移動時間が発生しないことを挙げた。3拠点にインフラチームが分かれていることもあり、移行当初は会議のための出張なども増えると思われた。しかし、オンラインでの会議を重ねつつも出張はキックオフ時の1回と、アプリ/インフラの打ち合わせそれぞれ2回ずつのみで済んだ。これにより、打ち合わせの資料を充実させたり、課題解決に十分な時間を割いたりすることができたという。
「加えて運用や情報収集の効率化もあります。オンプレミスの場合、サーバのトラブルや仕様確認は、製品ごとにメーカーに問い合わせないと情報がありません。あっても限定的で、責任の押し付け合いもあり得ます。クラウドだと問い合わせ窓口を一本化できますし、特にAWSはインターネットに情報が豊富にあります」
これらは、先に紹介した試算以外の運用コストの削減につながる移行効果といえるだろう。加えて甚沢氏は、移行が成功した同社ではAWSに対する壁が低くなり、積極的に利用するようになったことも移行効果に挙げている。現在は、研究におけるHPC(High Performance Computing)用途、MES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)、PLM(Product Lifecycle Management:製品ライフサイクル管理)といった関連システムでもAWS活用を推進中だ。
例えばHPCでは、CAEソフトウェアでの解析に順番待ちが発生した場合にAWSのリソースを使って対応することを計画中。またMESでは、海外拠点での導入時にAWSに開発機を構築し展開を迅速化した。現在は国内の本番環境での利用に向けてプロジェクトを進行中だ。PLMでも、設計データと設計部品表のAWS移行を進行中。さらに、CADを含めてオンプレミス環境のVDI(Virtual Desktop Infrastructure)化も進めており、「Amazon WorkSpaces」を利用することも検討しているという。
甚沢氏は最後に「基幹システムの停止で地獄に近づいたものの、今はインフラ周りのトラブルもなく心が軽くなりました。HPCやMES、PLM、VDIを含め、今後もAWSの利用を推進していきます」と話した。
時は令和。クラウド移行は企業の“花”。雲の上で咲き乱れる花は何色か?どんな実を結ぶのか? 徒花としないためにすべきことは? 多数の事例取材から企業ごとの移行プロジェクトの特色、移行の普遍的なポイントを抽出します。
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