スクラムに取り組んでみた結果、得られたメリットは大きく分けて3つ。
以前は機能ごとにチームが分かれていたが、「チームを分断すると、片方が遅れていてもう片方は暇になるといった状態」(藤井氏)だった。同じ機能を改修する1つのチームにすることで、サーバサイドとフロントエンドを合わせるタイミングを一致させやすくし、片方の進捗(しんちょく)に合わせて相互に手伝うことができるようになったという。
「改善は、忙しいとついつい先送りにしてしまいがちだが、しっかりと時間を取らないといけない。時間を取ることで『何ができるか』を皆が考えるようになる」(藤井氏)。実際に、フロントエンドのフレームワークを「Nuxt.js」(Vue.js)に切り替えたり、「Docker」での環境構築に取り組んだりと、さまざまな改善を積み重ねることで大きな成果につながったそうだ。
スクラムによって、さまざまな立場の人が加わったスプリントレビューを実施するようになった。その結果、機能ベースで話をまとめるのではなく、販売チームや予約担当など、日常業務としてそのシステムを使う中で生まれてくる具体的な要望を聞く機会が増えた。「リアルに困っている声を聞くと、その声に応えたくなる。そのシステムがどういう風に使われているか、生の声を開発者に聞かせることがすごく重要だと感じた」(藤井氏)
もちろん、こうした目に見えにくい効果だけではない。リリース頻度は週に1回となり、「継続可能なDevOpsサイクル」が実現できた。システムが改善されることで自然と問い合わせの件数は減少し、かつての半分以下になった。こうした成果について「スクラムはもちろんだが、Ganhoという組織文化も大きかった」と藤井氏は振り返る。
「フラットな組織を作りたい。組織横断的な体制を作りたい。全員が同じ情報を持ち、全員で合意を形成したい。けれど、それをどう作っていけばいいのかずっと悩んでいた。スクラムに出会うことで、『われわれはロールが違うだけのフラットな組織だ。それぞれ専門家がいて、平等に考えればいい』とか、『全員で合意形成するには、プロダクトバックログリファインメントやスプリントプランニングを通して、作るものをみんなの中で明確にすれいい』とか、『同じ情報を持つには朝会を実施したり、スプリントボードを使ったりして、常に情報が見える状態を作る』とか、そういったものを提供してくれたのがスクラムだったと思う」(藤井氏)
こうしてプロセスを変え、開発体制を変え、少しずつ成果を出してきた星野リゾートの情報システムグループだが、成果が出ることで、社内に幾つかの変化が表れる。
まず社内でのシステムの捉え方が変わったことだ。以前は「マイナスのものをプラスにするもの」といったものだったが、「未来を見据えて根本的に再構築するための『投資』するもの」と変わった。
「ただ『予約を取れればいい』ではなく、『予約してから滞在するまでの間も顧客とコミュニケーションを取って価値を提供できるようにしたい』『海外でのビジネス展開のためにもっと改善したい』といった要望が集まるようになった」(藤井氏)
これに伴い、「システム開発は外部ベンダーに依頼すればいい」という考え方も変わった。
「ビジネス展開を進めるにはエンジニアをもっと増やし、内製化を進めようという風に変わってきた。かつて『餅は餅屋』と言っていた経営層も、社外向けのインタビューなどで『IT人材を非常に重視しており、積極的に採用している。クリエイティブな目標を達成する上で、社内に優秀なエンジニアを抱えるのは極めて重要だ』と述べるなど、がらっと変わっている」(藤井氏)
考え方が180度変わった理由はさまざまだが、最も大きな要因は「内製化することで意思決定が早くなった」ことだ。
「われわれが星野リゾートに何をもたらしたのかを考えると、システムを改善したり、リリースのスピードを速めたり、そういうことだけでなく、もっと大きなことがあると思う。それは、意思決定の速さだ」と藤井氏は述べた。
世の中の状況が激変し、ライバル企業が次々に新たなものを生み出してくる中で戦うとなると「ビジネスの速さ」がカギを握ることになる。
「Marc Andreessen氏の記事で『Why software is eating the world(ソフトウェアが世界を飲み込む)』とある通り、今やあらゆるものがシステムに関係している。つまり、意思決定を下すにはシステムの知識も必要になる」(藤井氏)
意思決定の場にエンジニアが入ることで「このシステムを作るにはこのくらいかかる」「コストを抑えるなら、こういう方法もある」という解をその場でもらい、議論を進めることができる。ベンダーにいちいち問い合わせてコミュニケーションロスが生じることはない。「経営層の意思決定速度が上がったことが、エンジニアが入ることによって得られた大きな価値だ」と藤井氏は述べた。
外部に依存する体制から脱却し、Ganhoという組織文化の上にスクラムというフレームワークをマッチさせることで内製化を実現していった星野リゾート。2年間で様変わりした同社だが、一連の取り組みを通じて「ホテルの運営会社として、非エンジニアの人たちとエンジニアの人たちがともにビジネスをどうするか、新たな価値をどう実現するか、それにどう投資し、どんな技術を入れていくかといったことを考えて大きな価値を生み出し、新たな世界を見据えることができると実感した」と藤井氏。これからも「エンジニアと非エンジニアの組み合わせ」を大事にしていきたいという。
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