既存企業における内製開発の実情 東急とトヨタのKINTOテクノロジーズが語った手探りの軌跡開発生産性向上、それぞれの取り組み(2)

既存の大手企業が内製開発を進めるケースが増えている。東急、トヨタグループの消費者向けデジタルサービス開発を担うKINTOテクノロジーズもこれに該当する。だが、内製化の取り組みは容易ではない。両社の責任者が、実情を率直に語った。

» 2023年09月27日 05時00分 公開
[谷崎朋子@IT]

この記事は会員限定です。会員登録(無料)すると全てご覧いただけます。

 ユーザーや市場のニーズに素早く応え、新しいサービスや機能を適時提供するため、システムやプロダクトの開発内製化に踏み切る既存企業は多い。東急や、トヨタグループの消費者向けデジタルサービスを開発するKINTOテクノロジーズのような企業も例外ではない。2023年7月13日にファインディが開催した「開発生産性Conference」では、KINTOテクノロジーズの取締役副社長、景山均氏と東急のVP of Engineering、宮澤秀右氏がパネルディスカッションに登場し、内製開発の立ち上げ期、成長期、成熟期を通しての変化や、内製化を成功させるためのポイント、課題などを熱く語った。

 まず、立ち上げ期について両社が説明した。

 東急が開発を内製化したのは、デジタルトランスフォーメーション(DX)による事業変革を実現するためと宮澤氏は言う。2022年に創立100周年を迎え、「鉄道」「不動産」「生活サービス」「ホテル・リゾート」の4事業を主軸に都市開発を手がけてきた東急には、連結子会社が約130社あり、グループ会社を含めると約220社。それぞれがリアル接点中心のビジネスモデルで、事業もバリューチェーンで区切られている状態で完結していた。ここにデジタルプラットフォームを加えてリアルビジネスと連動させ、一人一人に合ったユーザー視点の顧客サービスを創出する。そのためにも、スピード感ある開発が可能な内製化は必要だったと宮澤氏は述べる。

 こうして2021年7月、デジタル戦略、マーケティング、ITソリューションを配下に置く社長直轄の組織「デジタルプラットフォーム部門」に内製開発組織が新設された。これにより、東急グループの各事業と横串でつながりながら、ビジネスデザインからプロダクトデリバリーまでの全開発工程を内製開発する体制が整った。

 もう一つ、宮澤氏が注力したのはエンジニアの確保だ。

東急 VP of Engineering 宮澤秀右氏

 「ソフトウェアエンジニアからすれば、リアルビジネスが主軸のいわばレガシー企業で、自分たちのスキルがどう生かせるのか、イメージが湧きづらいだろう」。そう述べた宮澤氏は、内製開発組織を「URBAN HACKS」と命名。「東急グループの資産をハックして、より豊かな暮らしをつくる」というビジョンを打ち出し、東急沿線を利用するエンジニアの目にとめてもらえるよう、電車内広告を出すなどでアピールした。

 「URBAN HACKSが始動して1年半ほどたつが、今ではサーバサイドエンジニア、Webフロントエンドエンジニア、インフラエンジニア、モバイルアプリエンジニア、システムプランニング、プロダクトマネジャーなど、エンジニアを中心に50名超が集まり、東急線アプリ、東急ホテルズ、東急カードプラスのモバイルアプリも開発できた」と話す宮澤氏。現在は10個ほどプロジェクトを並走させながら前進しているという。

 一方のKINTOテクノロジーズは、クルマのサブスクリプション「KINTO」をはじめとする、トヨタグループの消費者向けデジタルサービスを開発する内製開発組織として、2021年4月に設立された。株式会社KINTO 代表取締役社長の小寺信也氏が、「競合他社に負けないECサービスを提供するためにも開発を内製化したい」と、景山氏に声をかけたのがきっかけだ。

KINTOテクノロジーズ 取締役副社長 景山均氏

 実はKINTOでは既に、トヨタグループで初めて、ディーラーを通さずに直接利用者に自動車を販売するサブスクリプションサービス「KINTO ONE」を開発し、2019年3月にはトヨタ6車種で全国展開を開始していた。システム開発は、フットワークの軽い中堅ベンダーに外注しており、それを引き継ぐ形で景山氏はジョインした。

 だが、蓋(ふた)を開けて見ると驚きの連続だった。

 「仕様はどこにあるのかと聞くと、『チャットツールでのやり取りをさかのぼって探してくれ』と言われる。結合テストについても、テスト中の仕様変更にすぐに対応してくれるのはよいが、その反動でテストがおざなりになっていた。KINTO社長からは、『IT人材不在の中、ビジネスチームだけで頑張ってきたが、うまくいかなかった。ベンダーや社員の問題ではなく、自分の責任だ』と言われた」と景山氏は当時を振り返る。

 てこ入れの必要性を感じた景山氏は、まずは内製開発に対する社内理解の推進と人材確保に乗り出した。「社内からは、『エンジニアを抱え込むのはコスト増。外注するのと何が違うのか』といった反発があった。だが、開発を外注するとスケジュールもアップデートサイクルも全て遅くなりがちで、ユーザー向けサービスとしては致命的。キーパーソンとなる人物たちと約3カ月間をかけて必要性を説き続け、内製開発組織への理解を取り付けた」(景山氏)

 内製化部隊の奮闘の甲斐(かい)があってか、年間で100台程度の契約台数だったKINTO ONEも、今では累計契約台数が5万台超にまで成長。その他、Woven Cityの決済プラットフォームの機能開発、トヨタファイナンシャルサービスのMaaSアプリ「my route」開発、トヨタの決済アプリ「TOYOTA Wallet」の開発サポート、グローバルIDプラットフォームの構築なども手がけるまでになった。

 人材確保は、過去に一緒に働いたことのある部下や知り合いに声をかけて、まずはマネジャーを中心に、信頼できる仲間を20名ほど集めた。現在は社員300名のうち9割がエンジニアとなるまで増えたが、中途採用比率100%は当時から変わらない。「ただ、最近は開発案件が増えすぎたため、内製化と言いながらも、パートナー企業のエンジニア300名ほどに加わってもらい、総勢600名で回している」と、景山氏は苦笑いする。

組織体制とビジネスサイドとの関係性に悩む成長期

 ゼロスクラッチで内製開発の土台作りから始めた東急と、てこ入れから始まったKINTOテクノロジーズ。異なるスタートラインで奮闘してきた両社だが、成長期に入ってからはどのような課題に取り組んだのだろうか。

 「今まさに成長期にいる」と話す宮澤氏は、組織体制の課題に直面していると明かした。同社は「開発成果の最大化」を目的としていてマネジャーがいない、フルフラットな“自律分散型組織”を形成し、これまで走り続けてきた。同氏も、相談には乗るが口出しせずのスタンスを貫き、自主性を尊重しているという。「あまりお勧めはしない」と笑いながらも、「スピード感と品質を維持しつつ、自分たちで考え、手を動かし、ユーザーと向き合いながら開発を進めることができている」と評価した。

 開発生産性についても、新しいツールをボトムアップで積極的に使える環境づくりが大切と考え、実践している。

 「例えば最近GitHub Copilotを使いたいという要望が出たときは、積極的に承認した。開発生産性の向上には、新しいツールをとにかく試して取捨選択していくというプロセスが大切。そこをサポートするのが私の役目だ」(宮澤氏)

 もちろん、不安もある。今後100名になっても同様の組織形態を維持できるかどうかは分からないと宮澤氏。「開発成果の最大化」という目的は変わらず、その手段として現状の組織形態を維持するのか、変化させるのかは検討している。

 「10名だったときは50名でもいけると信じて、実際にうまくいっている。100名になってもうまく回せると信じて、自分を奮い立たせている状況」(宮澤氏)

 他方で景山氏はというと、ビジネスサイドとの関係性に苦心したという。

 「どうしても発注者意識が強く、直販ビジネスを経験していないからか顧客視点もやや弱かった」と漏らす景山氏。発注の際の要件定義もざっくりしていたり、開発の観点を無視したビジネスプランを決定後に持ってきたりと、「パワポにある通り作ってくれればいいといった意識が強かった」と述べる。

 ビジネスサイドとの関係性は、開発全体のスループットにも関わってくる。そこで景山氏は、ビジネスプランや開発プロジェクトの計画段階から議論に加わることにした。「どういうことをやりたいのか」「新しく作らなければならないことは何か」「既存のプロセスで流用できるものは何か」「この機能の要件定義ができないと開発期間が見えなくなるがどうするか」など、ビジネスサイドの開発に対する解像度を上げる議論を展開した。そして、『例えば3カ月でこういうシステムを開発してローンチする方がビジネス的にもよい、小さく作りながらリリースを繰り返すサイクルができれば開発生産性が向上する』など、開発がビジネスメリットに直結するイメージを構築していったという。結果、要件定義の手戻りは減り、ビジネスサイドの意識も改善されたと宮澤氏は述べた。

 また、開発サイドでも開発生産性の向上に向けて、プロジェクトの見える化に取り組んだ。具体的には、プロジェクトマネジャー陣を中心とする組織を作り、JiraやGitで各プロジェクトの進ちょく状況を把握しながら、現場主導でチャレンジできる環境を整えた。これにより、プロダクトチームからいちいち報告が上がってくるのを待つことがなくなり、効率性が上がったという。

 「私はSlackで来た報告に、『景山承認』リアクションを押すだけ」(景山氏)

メンバー間の意識共有とエンジニアの理想郷づくりを目指す成熟期

 最後は、成熟期における課題だ。

 景山氏は、当初と比べて人数も増えたこともあり、内製開発の意義や意識を一人一人共有するのが難しくなっていると課題感を述べた。そこで、マネジャー陣が中心となり、どのような働き方を目指しているのかを言語化して、今年4月に「KTC Culture&Working Stance」というドキュメントを公開。少しずつ意識の共有を進めているという。

 また、新しい技術を積極的に吸収するという意識づくりにも注力している。

 「どうしても『システムを作ればいい』となりがちだが、私たちの業界は最先端のテクノロジーを追いかけないとすぐに陳腐化してしまい、会社としての競争力も落ちてしまう。新しい技術でプロダクトを開発することにこだわるのは大切」とした景山氏。現場にも同様に危機意識があり、勉強会を頻繁に自主開催しているという。

 宮澤氏は成熟期に望むこととして、エンジニアにとっての理想郷を作っていきたいと語った。「エンジニアが楽しく仕事できる状態であれば、生産性は限りなく上がることを過去の経験で知っている」と述べた宮澤氏は、チームメンバーを信頼し、楽しくサービスを開発し、それが結果的にビジネスへ貢献しているルートをどう構築するか、目下思案中という。

 「われわれが作る仕組みで、東急をこの先100年支えていく。そのためにも、今後は第2新卒の採用検討やインターン制度の導入などで新しい血を取り入れることも検討しなければならないし、その中でどうやって自律分散型組織を維持するのかを考える必要がある」(宮澤氏)

 両社ともに課題を示しつつも、開発の内製化で停滞から前進に歩を進めていることは間違いない。両社のこれからの挑戦に会場の期待感が高まる中で、パネルディスカッションは終了した。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

スポンサーからのお知らせPR

注目のテーマ

4AI by @IT - AIを作り、動かし、守り、生かす
Microsoft & Windows最前線2025
AI for エンジニアリング
ローコード/ノーコード セントラル by @IT - ITエンジニアがビジネスの中心で活躍する組織へ
Cloud Native Central by @IT - スケーラブルな能力を組織に
システム開発ノウハウ 【発注ナビ】PR
あなたにおすすめの記事PR

RSSについて

アイティメディアIDについて

メールマガジン登録

@ITのメールマガジンは、 もちろん、すべて無料です。ぜひメールマガジンをご購読ください。