マシンカスタマーとは? どう対応すべきかGartner Insights Pickup(330)

顧客が人間であることは当たり前に思えるが、顧客が人間ではなくなったらどうなるだろうか? 既に、AIによる人間以外の顧客が何らかの形で存在している。その利用に向けた準備を整えるべき時だ。

» 2023年12月15日 05時00分 公開
[Don Scheibenreif, Gartner]

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 企業の顧客が人間であることは当たり前に思えるが、最良の顧客が人間ではなくなったらどうなるだろうか。AIによる、人間以外の顧客が現れつつある。こうした顧客は、人間の顧客とは全く異なる行動を取りそうだ。

 実際、こうした顧客は既に何らかの形で存在している。その利用に向けた準備を整えるべき時だ。

 AIが雇用に与える影響に対する一般的な懸念は理解できる。だが、この懸念は、より大きなビジネス上の課題から目をそらさせる。それはAIが、人間の顧客からマシンカスタマー(顧客としてのマシン)への置き換えを加速させることだ。

 従業員の代わりとなるAI botは、管理者の指示通りに行動するかもしれない。だが、代金を支払って商品やサービスを手に入れるAIベースのマシンカスタマーは、自らの判断で行動するだろう。マシンカスタマーに的確な対応をとれば、自社の市場がマシンカスタマーの増加によって拡大する。だが、マシンカスタマーのニーズを無視すれば、マシンカスタマーにそっぽを向かれても、それすら分からないかもしれない。

 新世代のディープニューラルネットワークによるAIシステムは、顧客の役割を変えると予想される。多くの場合、改善するだろう。ハンドバッグや希少なウイスキー、新車などの買い物はレジャーと考えられるかもしれないが、顧客が行うことの多くは面倒な雑用だ。

 トイレットペーパーや生命保険、自社用の大規模なITの購入を楽しむ人はほとんどいない。生活の用事を片付けるために時間を割くのは、多くの人にとって避けたいことだ。AIはこうした営みを代替できるし、実際に代替するだろう。

マインドセットを変える時

 マシンが私たちの代わりに顧客として振る舞うケースがますます増えており、AIがこの傾向に拍車を掛けている。2023年6月、米国のシンガーソングライター、テイラー・スウィフトのコンサートツアー「THE ERAS TOUR」のオーストラリア公演が行われたが、そのチケットを手に入れるのは至難の業だった。購入希望者が400万人いただけではない。イベントチケット会社のTicketekは、前売りチケットの販売サイトに殺到した5億以上のダフ屋botを撃退したことを明らかにしている。

 2023年に急速に導入が進んだ生成AIも、こうした流れに連なる新たな展開をもたらした。Expediaは2023年4月、同社のモバイルアプリでチャットAIの「ChatGPT」との連携により、対話しながら旅行の基本的な詳細を決められるようにしたと発表した。このAIサービスは、まだ旅行全体を計画することはできないが、この機能の開発も進められている。

 ChatGPTを開発したOpenAIの共同創業者グレッグ・ブロックマン氏は、2023年に行ったTEDトークで、ChatGPTを使ってディナーパーティーのメニューを計画し、画像生成AIの「DALL-E」に送信して招待状を作成したり、買い物リストを作成して個人向け食品雑貨販売サービスに送信したりできることをデモで示した。

 これは作り話でも誇張でもない。マシンは、顧客が行うことを少しずつ肩代わりするようになっている。その中には、ニーズを判断し、商品を物色し、比較し、交渉し、合意に至り、支払うことなどが含まれる。

 「“本当の顧客”は常に、botの背後にいる人間や組織だ」という議論は、商品を売る上では意味をなさない。マシンが購入者の役割を担えば、購入するよう説得しなければならない相手はマシンになるからだ。

先行するのは自動車か

 自動車は、タイヤの購入や充電から、乗客の軽食、清掃サービスに至るまでのブレークスルーが期待できる、最も重要なカテゴリーの一つだろう。

 こうした変化への対処に自社の今後の命運が懸かっているため、大手自動車会社は抜本的な組織再編を行うことで、変革を加速させ、ディスラプション(創造的破壊)に備えている。電気自動車(EV)メーカーTeslaのCEOなどを務める実業家のイーロン・マスク氏は「Tesla車は将来、自律走行タクシーとして稼働することで稼ぐようになる」と繰り返し主張している。

 こうした動きが進めば、運転手のいない車が動き回って利益を稼ぎ、自らの決済ウォレットから直接支払いをするようになる。だが、マシンカスタマーは、自動車や家電製品のような物理的なものとは限らない。

 ソフトウェアエージェントも重要なプレーヤーになるだろう。生成AIを組み込めば、Amazonの「Alexa」のようなインテリジェントアシスタントの能力が大幅に向上するからだ。誰もが仕事や生活で、強力な買い物ロボットを利用できるようになったら、われわれは何を買ってもらおうとするだろうか。

市場拡大のチャンス

 多くの状況において、人間の消費者やビジネスパーソンは、顧客として行っていることをマシンに任せるようになるだろう。それは大抵、企業が利便性の名の下に顧客に押し付けるセルフサービス作業だが、その本当の狙いは社内の業務コスト削減にある。

 マシンカスタマー化は一夜にして起こるわけではなく、今後10年の間に進展していくだろう。物理的な製品やソフトウェアを作る組織は、重大な決断を迫られている。

 マシンカスタマーの広がりは、一部の市場を縮小させるかもしれない。だが、多くの市場では、市場全体が拡大するチャンスとなりそうだ。人間は、特定の作業を完了させることをためらったり、忘れたり、怠ったりしがちな、効率の悪い顧客になる傾向があるからだ。

 HPは現在、同社製プリンタユーザー向けの「HP Instant Ink」サービスで1200万人以上の顧客を抱えている(このサービスは日本では提供されていない)。プランに応じて月額料金を支払うこのサブスクリプションサービスでは、インターネット経由でインク残量の読み取りが行われ、インクがなくなる前に交換用インクカートリッジが自動的に配送される。

 このサービスではインク切れの心配がなく、インク購入の手間もなく、印刷したいときに常に印刷できる。そこにメリットを感じる人が多いため、このサービスはHPのインク販売の拡大につながっている。2022年には用紙の自動配送オプションが追加され、収益機会が隣接分野に広がった。

マシンカスタマーへの対応

 まず、自社の全ての製品やサービスの情報に、マシンカスタマーが簡単にアクセスできるようにする。マシンカスタマーは100種類の変数で検索しているかもしれない。マシンカスタマーが購入プロセスのどこにいるかに応じて、該当する全てのデータを提供する必要がある。APIアクセスを提供、促進するとともに、CAPTCHAなどのbot回避ツールがマシンカスタマーからの正当な収益機会を阻止しないようにする。

 マシンカスタマーをデジタルコマース販売戦略の中核に加えることも必要になる。この戦略におけるマシンカスタマーの位置付けは、マシンカスタマーが自社を購入先の候補に加えたときに、購入を決めるかどうかを最も左右する。このことを念頭に、販売方法や情報提供方法を検討する。

 さらに、販売やマーケティング、サプライチェーン、IT、アナリティクスの担当者間で強力な連携を構築し、マシンカスタマーが自社から購入するようになったらどんな影響が出るかを探る。サプライチェーンは、予期せぬ需要パターンに対応できるアジリティが必要になる。

 AIエージェントとのやりとりを担当する販売およびサービススタッフの採用とトレーニングも開始する。これらのスタッフは、マシンカスタマーの購買行動やアフターサービス需要を促すアルゴリズムを理解する必要がある。場合によっては解読する必要もあるかもしれない。

 顧客対応スタッフを対象に、マシンカスタマーを見つけるトレーニングも行う。人間として振る舞うLLMベースの生成AI botが、テキストチャットベースの顧客サービスチャネルを通じて、あるいはもしかすると高品質な合成音声による電話を使って、あなたの会社に対して既に交渉、予約、購入を試みているかもしれない。

出典:Your next customer may not be who you think(Gartner)

※この記事は、2023年10月に執筆されたものです。

筆者 Don Scheibenreif

Distinguished VP Analyst at Gartner


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