会場の空気やサイズ感、見掛けた人の雰囲気や聞こえた会話――全て、会場に行かなければ得られない。リアルに勝るテキストなし。
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EXPO 2025 大阪・関西万博は、2025年10月13日の閉幕に向けてラストスパートが始まり、現場には多くの人が詰めかけて混乱しているようです。
9月以降は、パビリオンの予約どころか、入場予約を取るのも困難に。万博猛者の間では「毎朝7時に、2日後の一部の枠が開放される」という情報が流れ、早朝4時ごろからログインして7時の開放を待つ人が続出しました。
チケットサイトも大混雑。ログイン前に「待合室」で待たされます。うっかりログアウトしてしまって並び直したり、ログイン後に予約ページに遷移するのにまた待たされたりして、「4時から待ったのに結局チケットが取れなかった」という人も続出していました。争いが激し過ぎる(編集部注:2025年9月30日で、新規の入場予約は終了)。
筆者は2025年の4月から9月にかけて計6回万博に行きましたが、後半になるほど、会場で画面とにらめっこしている人が目立ちました。パビリオンの当日予約を取ろうとログインを待ち、空きパビリオンを見つけるために画面をリロードし続けているのです。「歩きスマホ」をしている人も見ました。
せっかく会場にいて、周りを各国の人が歩いていたり、すてきな建物やアートがあったりするのに、これでいいのかしら?……と思いながらも、筆者も時々、リアルの体験そっちのけでスマホ画面をリロードしていました。「スゴイといううわさのパビリオン、予約が取れないかなあ」と。
結果、1つも取れませんでした。
筆者が最初に訪れた2025年4月時点は万博に関する情報がほとんど流通しておらず、ネガティブな評判ばかりが流れていました。訪問はぶっつけ本番。「楽しみ方が分からへんなあ〜」と言いながらニコニコ歩いているカップルも見ました。
筆者も同じ思いでしたが、楽しかった。「訳が分からない」と思いながら適当にすいているパビリオンに入りました。「あのとき、まだすいていたあれを見ておけば!」という後悔はあれど、情報に振り回されない本当の自由を感じた体験でした。
4月後半から、SNSを中心に情報が増え始めました。「イタリアパビリオンがすごい」「クウェートは子連れにマスト」など、「行くべきパビリオン」情報が流れ始め、批判ばかりだった世論も徐々に肯定的になっていきました。
それにつれてパビリオンに人気の差が出てきました。行列がどんどん伸びるパビリオンと、「つまらなかった」という評判が立って人気薄に拍車が掛かるパビリオンが出てきたのです。
SNSで他人が「がっかりパビリオン」と評価していた中には、「私はここ、好きだったけどなあ」と思うパビリオンもあり、他人の評価に基づいた「人気ランキング」に違和感を覚えました。
万博のパビリオンは多種多様。歴史に重きを置いたり映像展示に力を入れたり、現地から持ってきたものを見せたり……。それが最高なのかガッカリなのかは、見る人の好みに大きく左右されるので、「私にとっての1位」はあっても、全体に向けたランキングにするのは不適切だと思ったのです。
万博を楽しむためのカギを握っていたのは「知識」である、ということも実感しました。解説がない展示が多く、漫然と見るだけでは何がなんだか分からないから。
イタリアパビリオンは分かりやすい例でしょう。会期後半には7〜8時間待ちが当たり前の超人気パビリオンになりましたが、開幕当初はほとんど話題になっていませんでした。
「イタリアが、本物のファルネーゼのアトラス像を万博に持ち込んで展示している」と話題になったのは、開幕から数日たってから。この像が本物だという知識を持ち、現場で確認した人が、SNSで情報を拡散したのです。イタリア館の行列が伸びたのはその後からでした。
会期が進むにつれ人気を高めたトルクメニスタンのパビリオンもその例です。筆者はトルクメニスタンという国の名前も知りませんでしたが、「渡航が難しい独裁国家なので、見ておいた方がいい」という情報が流れて気になり、9月にようやく見に行けました。
同じように「知っている人はその貴重さが分かるが、知識がないためスルーされている」展示は他にもたくさんあったはずです。
9月の万博は、海外から布を輸入している友人と行きましたが、彼女は各国パビリオンに展示されている布の写真を大量に撮影し、「こんなにいろんな布がある!」と興奮していました。筆者はそれまでの来訪で布に注目したことはなく、「こんな楽しみ方があるのか」と驚きました。
加えて実感したのは「ネット情報は、現実のごくごく一部を切り取ったものに過ぎない」という事実です。
私は情報を文章と写真で伝える仕事をしていますが、現場の空気やサイズ感、見掛けた人の雰囲気や聞こえた会話、「あれとあれが同じ場所で見られるなんて!」という驚きや興奮を全て伝えることは到底できません。また、知識がなければ「この展示のこれがスゴイ」と解説することもできません。
現場の情報量が1000あるとして、文章で伝えられるのは1、写真なら5、動画で10ぐらいでしょうか。テレビやネットで見る感覚と、実際に行って感じたものの差は、とてもとても大きかった。言語化したものしか伝えられない記者という仕事の限界すら感じました。
ネットやSNSで情報があふれるほど、だいたい分かった気になってしまう。切り取られた一部が気になってしまい、それ以外が見えにくくなります。
今、万博の報道は「大混雑」「購入したチケットが使えないまま払い戻しもできない」といったネガティブが支配しています。でも現場に行けば、「聞いてたのとは何だか違うぞ」な体験ができるはず。もう、チケットは取れそうにないけど!
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