AIの覇権を巡り、半導体業界が激動の時代に突入している。GPUの絶対王者NVIDIA、唯一の対抗馬AMD、復活をかける巨人Intel、そしてAIブームをけん引する時代の寵児「OpenAI」。各社が繰り広げる数十兆円規模の出資や戦略的提携は、まさに合従連衡の様相だ。「昨日の敵は今日の友」を地で行く複雑怪奇な関係性の裏には、各社のどんな思惑が隠されているのだろうか? なぜOpenAIはNVIDIAと手を組みつつAMDにも接近するのか。本稿では、混沌とするAI・半導体業界の最新動向を整理し、業界地図を整理する。
自民党の総裁選が終わり、すぐにも初の女性首相かと思っていたら、公明党が政権から離脱した。本稿を執筆している時点では、今後どのような枠組みで政権が樹立されるのか全く不明な状態である。さまざまなニュースが飛び交っているが何が真実で、何が実現するかは素人には予想もつかない。
分野は異なるが、現在、これと同様な混沌の中にあるのが「AI(人工知能)+半導体」業界ではないだろうか。「AI+半導体」業界と書いたのは、AIの隆盛に半導体は欠かせぬものなので、いまや両業界は混然一体となりつつあるからだ。
最近、「OpenAIとAMDが戦略的パートナーシップを締結」というニュースを見た(OpenAIのプレスリリース「AMD and OpenAI announce strategic partnership to deploy 6 gigawatts of AMD GPUs」)。しかし「OpenAIとNVIDIAの戦略的パートナーシップを締結」というニュースもあったのではなかったか(NVIDIAのプレスリリース「OpenAIとNVIDIAが10ギガワット規模のNVIDIAシステム導入に向けた戦略的パートナーシップを発表」)?
現状のAIを支える半導体デバイスの中心はGPUである。そのGPU分野のトップを走るNVIDIAは、わずか数年で半導体業界の頂点へ駆け上がった。その中心デバイスであるGPU分野において、AMDは最大手NVIDIAの唯一ともいえる競合相手だ。AI分野ではNVIDIAに先行されたが、AMDも巻き返しを狙っている。この動きを一体どう見るべきなのか。
同時にNVIDIAは、Intelへも出資している(NVIDIAのプレスリリース「NVIDIAとIntelがAIインフラおよびパーソナルコンピューティング製品を共同開発へ」)。この出資はSoC(System-on-a-Chip)などの製品分野での提携に対してであり、「ファブ(半導体製造工場)の件」は含まないようだ。NVIDIAのGPUとIntel CPUを搭載した製品を共同開発することが想定されている。
一方、頭脳放談「第261回 NVIDIAによるArm買収の破談、その間にRISC-Vの足音が……」などでも触れたように、NVIDIAは各国の規制当局の反対によってArmの買収に失敗している。しかし、その際のArmに対する巨額の支払いの見返りに非常に広範で強力なArmに関する権利を得ている。この権利を活用すれば、「NVIDIA製GPUとArm CPUという組み合わせの製品をIntelと共同開発する」ことも可能なはずだ。過去CPUベンダーとして、垂直統合のIntelと水平分業のArmは、立場こそ違え「競合」してきた長い歴史がある。まさに呉越同舟の様相を呈している。
さらに、かつてIntelとAMDはCPU分野において抜き差しならない競合関係にあったことは周知の事実である。一昔前のコンピュータ関連イベントでは、互いに罵詈(ばり)雑言を言い合っていた光景を記憶する人も多いのでないだろうか。
しかし、最近では風向きが変わっている。CPU分野の相対的な重要性が低下したことも一因だろう。不振にあえぐIntelの製造部門(インテル・ファウンドリ・サービス)の(潜在)顧客としてAMDに秋波を送っているという。AMDはとうの昔にファブを分離(現在のGlobalFoundries)しており、現在は台湾TSMCに製造を委託している。
そのIntelもかつての自社一貫生産の方針を転換し、一部製品はTSMCに製造を委託している。そしてAI半導体で一気に世界を席巻したNVIDIAの現行製品もTSMC製である。TSMCはさながら半導体業界の梁山泊といった趣だ。
さらに小ネタを重ねれば、NVIDIA製のGPU上の生成AIで時代の寵児(ちょうじ)となった感のあるOpenAIのCEO、サム・アルトマン氏はは、「AIチップを作るならTSMCに頼むべきで、Intelのファブは頼りにならない」といった趣旨の発言をしたとされている。もはやAI業界と半導体業界の境界線など、あってないようなものだ。
ただ、ラスボスの米国トランプ政府は、Intelに出資した上にお得意の「黄金株」を取得している(Intelのプレスリリース「Intel and Trump Administration Reach Historic Agreement to Accelerate American Technology and Manufacturing Leadership」)。安全保障を大義名分に、巨額を投じたIntelを通じて半導体業界をコントロールし、かつ利益も得ようともくろんでいる節があり、不気味である。
ここまで思い付くままダラダラと書いてしまったが、状況は実に混沌としている。以下、あくまで私見として、妄想も含め個別に整理してみたい。
まずは今回台風の目となっているのがOpenAIである。ChatGPTのおかげでAI世界を制覇した感があるが、その覇権を維持・拡大するためには、ソフトウェア開発にかかる膨大な費用に加え、巨大なデータセンター(当然、膨大な半導体製品と電力を必要とする)を確保し続けなければならない。
ご存じの通り、OpenAIの背後にはMicrosoftが付いている。Microsoftは、その利益の相当部分をOpenAIに投資しているようだが、それでも全く足りていないのだろう。ここでスピードを緩めれば、競合するGoogleや、あるいは中国勢に追い付かれかねないという恐怖心もあると想像される。ともかく、先頭を走り続けるしかないのだ。
「NVIDIAのOpenAIへの出資」の内容を見てみるとそれがよく分かる。これは単純に資金提供ではなく、NVIDIAが最大1000億ドル相当のGPUをOpenAIのデータセンター向けに提供するというものだ。この1000億ドル(15兆円)という驚きの金額は、市場価格と想像する。NVIDIAから外へ流れるお金はもっと少なく、さらに言えば流れる先はTSMCのはずである。
OpenAIからすれば、市場価格でNVIDIAからGPUを買うのに比べて大きな助けとなるだろう。一方、NVIDIAが今日の成功を築けたのは「AIのソフトウェア技術が、自社のハードウェア、すなわちGPUに大きく依存してくれたため」である。多くの半導体企業がAIチップ市場に参入してきている中で、NVIDIAが優位性を保つにはAIのトップランナーであるOpenAIを確保しておく必要がある、という判断なのだろう。
他方、「OpenAIとAMDが戦略的パートナーシップを締結」も、同様の観点から理解できる。出資の中身は現金ではない。「最大1億6000万株のAMD普通株式のワラント(新株予約権)」である。1株当たり1セントで、全て行使されるとAMD株式の約10%に相当するという。その条件には、OpenAIがAMDのGPUをデータセンターに使っていくことが含まれている。その数量に応じてワラントが割り当てられる仕組みのようだ。
これによりAMDは、NVIDIAが牙城を築いてきたAIデータセンター市場に食い込み、自社製品上でOpenAIのソフトウェアが実行される環境を整えることができる。OpenAIにとっては、AMD製品を使う数量次第でワラントを得て、将来的に膨大な利益が得られる可能性が生まれる。現在のAMDの株価は1株当たり約220ドルである。AMDとOpenAIはこの取引によって、AMD株の株価上昇をもくろんでいるのだろう。
もちろん、NVIDIA一社に依存するリスクを低減できるという効果も大きい。どちらにとってもこの取引が成功すれば、大きな利益になるという判断なのだろう。ただし、プレスリリースには少し含みのある表現があった。普通、こういうものは金額ベースの発表になるはずだが、AMDのGPUの数量は「ギガワット」という電力単位で語られているのだ。AMDのGPUの消費電力が低いことをアピールする狙いか、あるいはOpenAIに出荷する製品の価格がまだ決まっていないことの表れか、定かではない。
ただ、OpenAIとNVIDIAの戦略的パートナーシップのプレスリリース「OpenAIとNVIDIAが10ギガワット規模のNVIDIAシステム導入に向けた戦略的パートナーシップを発表」でもGPUの数量を「ギガワット」で表現しているので、もしかするとこうした表現が最近の流行というだけなのかもしれない。
さて「NVIDIAがIntelに出資」の件は、50億ドル(約7500億円)と金額規模としては比較的小さい。これはあくまで「AI向け半導体とPC向け半導体を共同開発」するためのものであり、Intelのファブへの投資は含まれないとくぎを刺されている。
NVIDIAからすれば、リスクの大きいIntelのファブに深入りするのを警戒しつつ、米国政府などが求めるIntelの救済(米国資本唯一の先端ファブであり、米国の安全保障を担う)に間接的に貢献する、といったところだろう。何せ、NVIDIAは中国へのGPU輸出で大きな売上を上げてきたが、そこを米国政府に規制されてきたいきさつがある。最近も米国政府に訳の分からない「冥加金」ともいえる納付金を支払うことで、ようやく輸出が認められたばかりだ。全面的にIntelとの共同開発路線に軸足を乗せることはないにせよ「協力しています」という姿勢を示す狙いがあるのではないだろうか。
この提携にPCメーカー側から若干の懸念の声も上がっている。これまで市場では「Intel製CPU+インテル製内蔵GPU」(比較的低価格PC)や「Intel製CPU+NVIDIA製外付けGPU」(比較的高価格PC)といった分かりやすいすみ分けで市場が構成されてきた。しかし台湾PC大手のAcerによれば、IntelとNVIDIAの提携で、いままでの組み合わせを超えた「Intel製CPU+NVIDIA製GPU」がいろいろ出てくるのは、市場に混乱を起こすかもしれないという。リテール側としては当然の懸念だ。でもこの業界、一時の混乱はあっても売れる製品に収束するのは毎度のことである。
昔から誰が敵か味方かよく分からない業界であったが、最近の情勢は混沌としている。数年くらいのスパンで乱立と混沌は続くだろうが、いずれは落ち着くはずだ。少なくとも半導体業界においては、デファクトスタンダードに収束するというのが古くからの教えである。
ところで日本の政界はどうなるんだ?
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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