約3000ライセンス規模で「ChatGPT Enterprise」や「Google Gemini」を導入し、エンジニアの開発業務においてAIが約4割を補完するなど成果を上げているサイバーエージェント。だが、自由な活用が進むほど、ライセンスコストやガバナンスの課題が浮上する。「攻めのAI活用」と「守りのガバナンス」をどう両立させているのか、話を聞いた。
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生成AI(人工知能)の進化や普及とともに、企業での生成AI活用は導入検討フェーズから実践フェーズへと移行しつつある。
だが、生成AI活用を推進する上で、多くの企業が共通の課題に直面している。それは、生成AI活用をどう推進し、組織文化として定着させつつガバナンスや統制を図るかだ。
生成AIの利用アカウントをただ従業員に配布するだけでは、一部の先進的な従業員にとどまり、組織文化として定着させるのは難しい。かといって、普及を焦ってトップダウンで強制したり、逆にリスクを恐れてがんじがらめのルールを敷いたりすれば、現場の熱は冷めてしまいかねない。
では、生成AI導入で先行する企業はどのように統制を効かせつつ全社での活用推進を両立させているのか。生成AIを組織文化として定着させるために有効な手だてとは何か――。
そこで本稿は、生成AIの基盤開発から事業展開、社内でのコーディング業務への活用と、多方面で生成AI活用を展開するサイバーエージェントの「グループIT推進本部 全社データ技術局」にインタビュー。データ基盤やデータ活用を推進しつつ、ライセンス管理も担う同部署の実践事例から、攻めと守りを両立させるヒントを探る。
2016年にAI研究組織「AI Lab」を設立し、2023年に「NVIDIA DGX H100」を導入、大規模AI開発に取り組むなど積極的にAI投資を進めてきたサイバーエージェント。2023年4月には「GitHub Copilot」の全社導入も開始し、研究開発だけでなく、開発業務での活用にも取り組んでいる他、「Cursor」「Cline」「Windsurf」「Devin」など多様なAIコーディングエージェントを部門単位で導入し、約1年半でエンジニアの開発業務における工数の約4割をAIが補完するといった成果を生み出している。
サイバーエージェントのグループIT推進本部 全社データ技術局は、グループのデータ活用やそれに向けたITインフラの構築、運用、導入したサービスのデリバリーなどを担っている。同部署でマネジャーを務める鷹雄 健氏は、「AIのない業務が考えられないほど、グループ内に溶け込んでいる状態だ」と話す。
「『ChatGPT Enterprise』の導入前から、社内ではOpenAIのAPIを使った自作チャットbotや、個人でChatGPTを契約して利用する社員、あるいは部門の予算の中で個別導入を進めているといった状況でした。統制やガバナンス、セキュリティといった観点や、SSO(シングルサインオン)が利用可能になることを踏まえ、2025年5月にChatGPT Enterpriseの導入に踏み切りました」(鷹雄氏)
ChatGPT Enterpriseは開発部門だけではなく、経営層、営業、マーケティング、人事、経理などあらゆる部署に展開し、統制やガバナンスを効かせつつ、生成AI活用を推進できる体制に強化した。さらに「Google Gemini」や「Claude Enterprise Plan」など複数のAIサービスの導入も推進しており、大規模にAI投資を進めている状況だ。
「ChatGPT Enterpriseは当初200ライセンスからスタートしましたが、1カ月で1000ユーザーに増えるなど急速に普及しました。その後も利用者が増え続けている状況です。2025年6月に『開発AIエージェント導入に年間約4億円を投資する』と発表していますが、現場の感覚としてはそれ以上の勢いで活用が進んでいる印象です。ChatGPT Enterpriseのコストだけで、年間で億単位のコストがかかる規模感です」(鷹雄氏)
ライセンス数は現在、ChatGPT EnterpriseとGeminiがそれぞれ約3000ライセンス、Claude Codeなど特定の部署で使われるAIサービスでも1000ライセンスに上る状況だという。
全社データ技術局は、MCP(Model Context Protocol)の導入にも積極的だ。同部署の海老澤直樹氏は「ITの取り組みの中心はAIに移ってきている」とし、こう話す。
「AIの中でも中心的な取り組みになっているのがMCP対応です。社内で利用しているさまざまなツールをMCPに対応させています。全社データ技術局では、取り扱うデータの違いによって『kintone』『trocco』『ASTERIA Warp』などのETL(Extract〈抽出・収集〉、Transfor〈変換・加工〉、Load〈書き出し〉)ツールを使い分けています。また、データベースや基盤の管理も担っていて、全社基盤として導入しているSnowflakeのデータも管理しています。現在は、データ連携やシステム連携に向けてSalesforceが提供するMuleSoftのMCP導入を検証している段階です」(海老澤氏)
この他、従業員の業務効率化につながるような取り組みにもMCP活用を進めている。
例えば、基幹システム上の社員番号とSlack IDをひも付けた対応表をMCP対応させることで、AIツールに自然言語で問い合わせると従業員のSlack IDを把握できるようにしたり、プロジェクト管理ツール「Linear」のリモートMCP機能を活用し、議事録から自動でチケット作成や担当者がアサインされたりするといった事例もある。
「以前活用していたプロジェクト管理ツールからLinearにデータ移行する際もMCPを活用しました。データ移行は1つのプロジェクトレベルになるような話ですが、MCPによってデータ移行作業が短時間で完了したということもありました。今後もMCPは率先して使っていこうという状況になっています」(海老澤氏)
多方面でAI活用を進める一方、全社データ技術局ではAI関連のライセンスコスト適正化にも取り組んでいる。
「サイバーエージェントは自由とスピードを大切にする文化があります。どのようなツールを使いたいか、部署やグループ企業ごとに自由に決められます。その自由とスピードを支えるためには、どのようなサービスがどう使われているかを可視化してライセンスを含めて適切に管理することが欠かせません。利用するAIサービスは申請してもらい、必要なら、全社基盤として整備します」(鷹雄氏)
この取り組みにおいて鍵になるのが「Tableau」を用いた「利用状況の徹底的な可視化」と、独自の「ライセンス棚卸しルール」だ。
「ChatGPT Enterpriseだけではなく、ほとんどのエンタープライズ向け製品に言えますが、サービスの管理画面で提供される統計情報と、利用企業側が欲しい統計情報は往々にして異なります。そこで全社データ技術局では、生成AIサービスのAPIや管理画面からエクスポートできるCSVファイルなどを通じて、TableauでAIの利用状況を可視化できる独自のダッシュボードを構築しています」(鷹雄氏)
このダッシュボードで、ChatGPT EnterpriseやClaude Code、GitHub Copilotなど各種AIサービスの利用データを集約し、利用クレジット数や生成コード行数などを可視化しているという。
「ChatGPT Enterpriseの場合、ダッシュボードのデータを踏まえ、2週間利用がないユーザーはライセンスを停止させて自動的に利用できなくなるルールを設けています。これにより『導入したけれど使われず、無駄なコストが発生する』ことが防げます。またこのダッシュボードは経営層や管理者、現場担当者も見られるように整備しており、ダッシュボードを通じてAI利用を促進できます」(鷹雄氏)
この可視化の取り組みは、生成AI導入に慎重だった営業部門を動かした。
ChatGPT Enterpriseを導入した当初、営業部門からは「まだうちの部署に入れても誰も使わなくて予算が無駄になるリスクがあるからちょっと待ってくれ」というような懸念の声が上がっていたという。
「このダッシュボードを共有して他部門の利用状況を見せた上で、『2週間使われなければ自動的にライセンスを棚卸し(停止)しますよ』と伝えたところ、『それだったら使ってみようかな』と導入を決断していました。可視化していなければ、営業部門のAI導入はもっと遅れていたと思います。今では営業部門も市場調査やクライアント調査で上限に達するほど生成AIを使いこなしている状況です」(鷹雄氏)
また利用状況を分析した結果、生成AIツールは一度使い始めると継続率(リピート率)が極めて高く、従来のツールに比べて「使わなくなって解約候補になる人」が圧倒的に少ないという発見もあったという。
TableauはAI利用状況の可視化だけではなく、センサーデータを用いた会議室の利用状況可視化からビジネスデータの分析まで全社的に活用されている。Tableauの運用においても、数カ月間アクセスがないとユーザーのライセンスを停止する仕組みを取り入れているという。インフラ面で工夫している点について、海老澤氏はこう話す。
「Tableauは、1日に数千ジョブが動くような大規模環境です。特に朝は1時間の間に大量の処理が走るため、もし1時間程度の遅延が発生しそうな場合は、Tableau Serverを並列化し、増強できる仕組みになっています。必要に応じてスケールアウトさせることで、業務スピードを止めない仕組みです」(海老澤氏)
この仕組みを支えるのが、Kubernetesベースのプライベートクラウド基盤にあるマネージドKubernetesサービス「AKE(Astro Container Engine)」だ。同社はもともと、Amazon Web Services(AWS)の「Amazon EC2」(Amazon Elastic Compute Cloud)でTableau環境を構築していたものの、2024年から2025年にかけて社内のAKEへと移行したという。
移行の理由は、コスト削減と運用効率の向上だ。
「Tableauをオンプレミスのコンテナ基盤に移行させたメリットは3つあります。1つ目はクラウドのアウトバウンド通信コストを削減できること、2つ目は柔軟なインフラ構成が可能なこと、3つ目はユーザーニーズにスピーディーに対応できることです。事実、月に数百万円以上かかっていたサーバコストは4分の1になりました。コンテナ化によりオートスケールも容易になり、突発的な負荷増大にも耐えられるようになりました。Tableau Serverがコンテナ環境をサポートしたことで移行がしやすくなったことや、商用サービスの『Tableau Cloud』がコンテナ環境で動作しているとSalesforceから聞いたことも、コンテナ移行の決断を後押ししました」(鷹雄氏)
「以前はTableauの障害復旧に数日かかることもありましたが、コンテナ化により数時間程度で復旧できる体制になりました。移行には1年以上かかりましたが、大きな障害もなく移行は完了し、運用は非常に楽になりました」(海老澤氏)
生成AI活用は、運用の在り方そのものも変えつつある。海老澤氏によると、Claude Codeなどを活用し、エラーログの分析や、1行のプロンプトでの検証環境構築などAI活用を進めているという。
最後に鷹雄氏は、IT部門や情報システム部門が業務を進める上で持つべき心構えについて、こうアドバイスした。
「AIはすでにわれわれの業務に溶け込んでいますが、従来のITインフラ管理のようにコスト適正化によってROI(投資対効果)を高める発想にはなりづらい状況でもあります。そうした中で重視しているのは『ビジネスを止めない情シスになること』です。攻めと守りと言いますが、やはり攻めが重要です。セキュリティやコストを理由に『できません』と断るのではなく、事業部が必要とするならどう実現するかを考える。ビジネス貢献を重視しつつ、セキュリティや無駄なコストなどはデータを使ってしっかり抑える。そのバランスこそが重要だと考えています」(鷹雄氏)
利用状況の可視化やデータに基づいたライセンスコスト適正化を通じて、攻めと守りのバランスを保つ同社の取り組みは、生成AI活用を進める企業にとって現実的かつ前向きなヒントになるはずだ。
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