政府機関が生成AIでミッションを推進し、コストを削減するポイントGartner Insights Pickup(428)

政府機関における生成AIの導入は容易ではない。Gartner調査では、政府CIOの80%が2026年までに生成AI予算を増額予定だが、規制やレガシーシステムに縛られる官僚的環境では、投資額が増えても成果に結び付きにくい。政府機関の生成AI導入とコスト削減を実現するポイントは何だろうか。

» 2025年12月26日 05時00分 公開
[Dean Lacheca&松本良之, Gartner]

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 政府機関における生成AIの可能性は極めて大きい。だが、現実ははるかに複雑だ。

 最近のGartnerの調査によると、政府機関のCIO(最高情報責任者)の80%が、2026年までに生成AIの予算を増やそうとしている。この割合は前年比で38ポイントの上昇だ。このことは、予算の引き締めや政治的な監視への対応に追われる中、政府機関は、「生成AI利用を拡大し、より迅速で効率的な公共サービスを提供しなければならない」というプレッシャーの高まりに直面していることを示唆している。

 だが、投資が増加しても、規制やレガシーシステムに制約される官僚的な環境では、初期の生産性向上が、測定可能な成果になかなか結び付かない。定型業務で時間を節約しても、浮いた時間はすぐに他業務に費やされてしまい、サービス提供、コスト、あるいはミッションの成果にほとんど影響しない。

 生成AIの真価が発揮されるのは、政府のパフォーマンスを阻害するボトルネックに適用された場合だ。例えば、その中には「長い承認ワークフロー」「反復的なデータ入力」「コンプライアンス要件が厳しいプロセス」などが含まれる。これらの構造的な非効率性に対処することで、政府機関は局所的な成功を超えて、組織全体の利益を引き出せる。

 単なる生産性から、財務効率やミッションの成果へと焦点を移すことが極めて重要だ。投資対効果(ROI)を実現するためには、生成AIのユースケースを戦略的な優先事項、例えば「リスクの軽減」「職員の能力向上」「ミッションクリティカルな目標の達成」などに直結させる必要がある。

無駄の削減

 コミュニケーションミスや不要な手順により、申請書や提出書類など書類の事務処理が重複すると、サービス提供が遅れ、コスト超過を招き、業務の滞留につながる。また、提出書類の不受理は、関係者の時間とコストを浪費させ、行政サービスへの評価を低下させる。

 生成AIは、パターンの特定や、異種データの正確な相関付けに優れている。提出物の前処理やトリアージ(選別)の段階で生成AIを利用すれば、内部処理コストと地域社会全体のコストを削減できる。オーストラリア各地の州政府や地方自治体では、建築申請処理の分野でこうした事例が出てきている。

 生成AIモデルが最新の正確な知識ベースに基づいて機能するように、過去の提出物データ、関連する政策、ガイドライン、規制、法律は全て、安全に保管し、整理しておく必要がある。提出サイクルの時間短縮や内部処理のコスト削減に加え、浮いた時間とコストの再投資先を追跡することも、同様に重要だ。

アクセスコストの低減

 多くの政府機関は、手動のプロセスや肥大化した人員を依然として抱えている。これらは運営費を押し上げ、施策の実施を遅らせる。生成AIは、定型業務の自動化、コンテンツの生成、異言語コミュニケーションの高速な翻訳などを通じて、拡張性のある代替手段を提供する。

 生成AIを既存のデジタルインフラに組み込むことで、技術はコストセンターから価値創造の担い手となり、施策のより迅速な展開、市民エンゲージメントの向上、より包摂的なサービス提供を実現する。

 さらに、効率性やアクセシビリティー、全体的なリーチの改善を定量化するために、明確な指標を確立することが不可欠だ。例えば、処理時間、エラー率、待ち時間の短縮や、サービス利用の増加といったものだ。

業務効率の向上

 政府機関の職員は、記録の管理や報告書の作成に膨大な時間を費やしている。こうした書類は、ケースマネジャー(さまざまな住民支援の專門担当者)のファイルメモ、規制検査官のインシデントレポート、病院の診療記録、さらには大臣向けのブリーフィング資料など、多種多様だ。これらに関する事務作業は重要なサービスを遅延させ、人件費を押し上げる。

 生成AIを決定論的AIモデル(同じ問いに対して常に一定の結果を返す)と組み合わせることで、音声や映像データをリアルタイムで多言語の正確な構造化テキストに変換できる。これにより、人的要件が軽減され、報告書作成や文字起こしにかかる時間が目に見えて短縮される。モデルの進化とともに出力の精度も向上するので、文言の解釈の誤りや、適用されるコンテキスト(文脈)のずれなどの課題も克服されることが期待される。

 リスクとデータ分類のトリアージのためにコンプライアンス監視を確立するとともに、機密情報を保護するセキュリティ対策を維持する必要がある。AIの導入が進むとともに、説明可能性を確保するために「ヒューマンインザループ(HITL:人間による関与)」を優先することも重要だ。

ITにおけるコスト削減の追求

 Gartnerの調査は、アウトソーシングがIT予算の平均15%以上を占めることを示している。生成AIは政府機関のCIOに、契約を再交渉する機会をもたらす。サービスプロバイダーは、生成AIによるコスト削減効果の恩恵を受けるので、CIOはそれを交渉材料にすることができる。これにより、アプリケーションサポートやサービスデスクなどの業務分野では、5〜20%の料金引き下げを確保できることがある。

 まず、既存のサプライヤー契約とパフォーマンス指標についてベンチマークを行うことが、良い出発点になる。生産性向上プログラムの導入においてスケールメリットを生かせる、より低料金の代替プロバイダーを検討する。競争力のある料金提案を受けた上で、既存ベンダーと価格交渉に臨む。強力な代替案があれば、より有利に交渉を進められる。

サードパーティー依存の軽減

 多くの政府機関は、デザインやコミュニケーションキャンペーンなどの専門的な業務について、変動費型の小規模な契約に依存している。個々の請求額は少額かもしれないが、累積すると、緊縮予算を圧迫してしまう。

 生成AIは、外部専門家に現在委託されている分野において、専門知識・ノウハウをオンデマンドで提供する。標準契約書の作成でも、コミュニケーションキャンペーン用のコンテンツ生成でも、生成AIツールを使えば、内部チームがこれらのタスクを即座に処理できる。こうした直接的で測定可能なコスト削減が現実のものになる。職員が生成AIの使用に慣れるにつれて、内部能力が向上し、外部ベンダーへの依存度が下がり、時間の経過とともにコスト節約効果が累積していく。

 そこで重要なのが、支出削減に関する厳格な内部ポリシーを施行し、内部チームがまず生成AIを活用して対応を検討する体制を構築することだ。そうして内部チームがリクエストを解決できれば、外部契約を結ぶ必要はない。こうした方針の順守状況を、定期的にモニタリングする仕組みも整備する必要がある。さもないと、取り組みの勢いが失速する恐れがある。

契約の強化とコストアップの抑制

 弱い契約条件、不十分なコンプライアンス、価格調整の未実施に起因するコストアップは、政府財政を大きく圧迫する。歳入にも影響を与え、コンプライアンスや評判に関するリスクも生じさせる。

 生成AIはスケーラブルな解決策を提供する。過去の何千件もの契約書、判例、請求記録を取り込み、曖昧な文言、見落とされた違約金条項やエスカレーション条項、過少請求の兆候などを瞬時に洗い出せる。

 政府機関のCIOは法務および財務チームと連携し、生成AIツールを使用して、こうした曖昧な文言、見落とされたエスカレーション条項、適用されていない違約金条項を特定できる。そうなれば、より強力な条項を再交渉したり、既存の規定を執行したり、政府機関に対する未払金を発見したりすることが可能だ。

日本の政府機関における課題

 生成AIの真価は「単なる生産性向上ではなく、財務効率やミッションインパクトに直結させること」にある。日本の政府組織、自治体、そして企業も同様に、人材不足や厳しい財務制約といった課題に直面しているが、生成AIは、これらの制約を乗り越え、戦略的な優先事項の達成を後押しする強力な手段となる。CIOをはじめとする経営層は、自組織のAI活用戦略にこうした視点を組み込み、持続的な成長と市民や顧客への新たな価値提供を実現することが期待される。

出典:How governments can drive mission impact and cut costs with GenAI(Gartner)

※この記事は、2025年10月に執筆されたものです。

筆者 Dean Lacheca松本 良之(Yoshi Matsumoto)

VP analyst/ Distinguished VP advisory


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