熊本で囁かれていた「第2工場の計画変更」のうわさが現実となった。当初の予定を塗り替え、最先端の「3ナノ」プロセス導入へとかじを切ったのだ。投資額は約2.6兆円にまで膨らむという。この変貌は、熊本が単なる国内向け拠点ではなく、世界のAI需要を支える「TSMCの主力補完基地」へと進化したことを意味している。激動の半導体地政学を読み解く。
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TSMC熊本第2工場「3ナノ」への劇的変更が意味するもの景気の停滞にあえぐ地方が多い中、企業の進出が相次ぎ、地価が高騰し続けている地域がある。世界最大の半導体受託製造企「TSMC(台湾積体電路製造)」が進出した熊本県である。
巨額の投資とそこから産み出される雇用に吸引されて半導体関連企業だけでなく、不動産からサービス業まで注目されているホットな地域になっている。そのけん引力は「熊本ローカルなTSMCウォッチャー」とでもいえる人々まで成立するくらいなようだ。
そんな彼らの中で囁(ささや)かれていたうわさを聞いた。既に稼働しているTSMC第1工場の隣接地に2025年に着工した第2工場についてだ。当初の計画をいったん見直して、「より先端品の」製造にシフトするのではないかという見立てである。ウォッチャーたちは建設中の重機の台数とか稼働状況から計画変更を推定していたらしい。2026年2月、そのウォッチャーの見方が正しかったことが明らかになった。
高市首相の「圧勝」に終わった衆議院選挙の最中だったので他のニュースに隠れてしまった気配がある。選挙の真っただ中にTSMCトップが日本政府(高市首相)に計画変更のお願いに行っていたようだ。
TSMC熊本第2工場は、6〜7ナノメートルノードの半導体を製造(これでは先端プロセスとはいえない)するという計画でスタートしていた。これをより微細な「3ナノメートルプロセス」に変更したいというのだ。日本政府はこの前向きな変更を歓迎するようだ。
もちろん、より微細なプロセスへ計画変更をすることで、投資金額も当初予定の122億ドルから170億ドル(約2兆6000億円)に膨れ上がる。当然、TSMC側にはさらなる補助金の積み増しを期待する意向が見え隠れする。
一応、もう1つの半導体の巨額投資先である北海道千歳市のRapidusへの配慮もあってか、この変更はRapidus(当初の量産は2ナノメートル予定)とはすみ分けられるみたいな政府の見解らしい。
勝手な意見だが、TSMCの計画変更はTSMC社内での「熊本」の立ち位置が変わったのだと思う。現在既に商用生産に入っている熊本第1工場は、当初計画12〜28ナノメートルということで立ち上げられている。かなり線幅の太い、旧世代のプロセスである。
日本国内には最先端の微細プロセスを大量に必要とする半導体需要家などいないと言ってよい(これまた個人の勝手な見解だが)。TSMCの熊本第1工場は日本国内の半導体需要家向けということを考えた設定で、このようなプロセスノードを選択したのだと思う。
自動車やカメラ向けには、最新鋭のプロセスよりも信頼性の高い世代が適しているからだ。最先端の微細プロセスは不要、というより不適合である。TSMCを誘致した時点での日本政府の危惧は、当時の半導体需給のショートが日本の産業の屋台骨である自動車の生産に影響が及ぶことであった。その点での「比較的太い」プロセスは整合性がある。第1工場時点での熊本工場はTSMCの日本市場向け工場を日本政府から補助金をもらって作るという位置付けだったはずだ。
一般に半導体の前工程では、商用生産を続けている最中に「いろいろ」細かいテコ入れをして、より細い線幅のプロセスまで作れるように改良するという手法が取られる。製造している製品の方も大筋は変らなくても、各種技術が改良されてより線幅の狭いプロセスを使いたくなることも多いからだ。ただしこういうテコ入れでできる微細化というのはそれほどでもない、微妙な範囲にとどまる。
また、製造キャパの問題もある。頭脳放談「第196回 なぜIntelがARMプロセッサの受託製造を始めるのか」などでも書いているように装置産業である半導体の前工程は、損益分岐点を下回るような稼働率であれば大赤字の固定費をたれ流すことになる。しかし損益分岐点を上回ってくるとがぜんお金を印刷する機械のようにもうかるようになってくるのだ。
ただし、上限の製造能力は製造装置の能力で限界がある。上限に達すると頭打ちだ。せっかくもっともうかりそうなのに。当然、いろいろテコ入れ(小手先だけども)して増やそうとはするが、これまたそれほど大きく増やせるわけではない。需要が見込めるならば、もうけを増やすためにはどこかの時点で工場新設(当然、巨額投資が必要なのでリスクがある)に踏み切るしかないわけだ。
多分、TSMCの第1工場は、TSMC社内でも立派な成績を上げていたのではないのだろうか。そこで第2工場の計画が立てられて、2025年着工の運びとなったと思われる。2024年ごろに立案されたと思われる第2工場の当初のもくろみは6〜12ナノメートルである。この時点で見れば、第1工場の延長上にある工場新設で、少し微細にして製造能力を高めるといった内容に思われた。当然、需要家として想定していたのは日系企業や海外でも組み込み向けの地味な製品が中心だったろう。
しかし、今回3ナノメートルへ変更になった。3ナノメートルは、バリバリの現行量産プロセスである。超最先端ではないけれども、量産確立している製品としては、ほぼほぼ先端である。日系企業の誰が3ナノメートルの大量生産を必要としているか? 申し訳ないが筆者の認識では誰もいない。必要としているのはスマートフォンやデータセンター向けのチップを手掛ける世界の巨人たちだ。そして3ナノメートルの製造において多分世界シェアのかなりはTSMCが占めている。現状、TSMCにとってもドル箱の主力プロセスであるのだ。
そのプロセスを熊本第2工場に持ってくることになる。つまり日本国内向けの製造拠点から、台湾本体の製造能力を補完する全世界対象の製造拠点へと目的が変更されたのだと思う。工場完成時点では、それほど利益率の高くない価格帯になっているのだろうが、日本国内向けにチマチマした製造に特化するよりは、世界市場、急拡大するAI(人工知能)対応製品の生産の一翼を担うことにした方がガッポリもうかる、ということではないか。
昔から、半導体と政治の間に関係がなかったわけではない。時に政治と絡んで「燃え上がる」ことがあった。日本で言えば、1980年代の日米半導体摩擦の時代を思い出してしまう。その後、日本半導体のちょうらくとともに日本では政治との絡みが目立たなくなっていた時期があった。しかし、今や半導体は、軍事転用も可能な「戦略物資」であり、単なる経済問題の枠を超えている。
単なる経済問題ではないのだ。台湾を基盤とするTSMCにとっても存亡をかけた経営のかじ取りが続いているのだろう。そして、台湾有事でガツンと言ってしまった高市政権にとっても半導体と政治のリンクは必然のことだ。熊本第2工場は、その投資額の大きさもさることながら、世界の政治情勢と不可分に結びついているように見える。
政治が絡むと言っても、少なくとも日本と台湾の間では経済合理性という点で双方の立場は理解し合える、と思っている。問題はそれ以外の「プレーヤー」がちょっと何考えているか分からない「政治的決断」をしてきそうなことだ。ローカルでいてグローバルな動きに目が離せない熊本第2工場である。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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