中東で続く軍事衝突は、原油価格や物流だけの問題ではない。イランや米国、イスラエルは長年にわたり“見えない戦争”をサイバー空間で繰り広げてきた。今、その火種はサプライチェーンやVPN機器を通じ、日本企業のネットワークにも静かに近づき始めている。
2026年2月に始まったイランと米国・イスラエルの軍事衝突。停戦に向けた交渉は難航し、依然として予断を許さない緊迫した状況が続いている。ホルムズ海峡の事実上の封鎖に伴う原油供給網の混乱によって、国内でもナフサ由来のインキが不足し、商品の包装が簡素化されるなど少なからず経済に影響が出ている状態だ。
では日本への影響はこれだけかというと、そうとは言えない。サイバーの領域においても今後、この軍事衝突に日本が巻き込まれる可能性があるのだ。
今回の軍事衝突を語る上で見落としてはならないのが、イランと米国・イスラエルの間では、ミサイルが飛び交う以前から長年にわたりサイバー空間での戦いが続いてきたという点だ。
象徴的なのが、2010年前後に明らかとなった「Stuxnet」である。これはイランの核開発施設に侵入し、ウラン濃縮に使われる遠心分離機を破壊したワームだ。産業制御システム(ICS)を標的として最初に実行された“サイバー兵器”として歴史的な意味を持っていた。
Stuxnetについては、当時から米国・イスラエルの関与が指摘されてきたが、重要なのは「国家がサイバー攻撃を軍事作戦の一部として本格利用する時代」がここから始まったという事実である。
一方のイラン側も、ただ攻撃を受け続けていたわけではない。
イラン系のハッカー集団はこれまで、中東だけでなく欧米の政府機関やエネルギー企業、防衛関連企業などを対象に数多くのサイバー攻撃を展開してきた。代表的なのは、ワイパー型マルウェア「Shamoon」だろう。2012年にサウジアラビアの国営石油会社Saudi Aramco(サウジアラムコ)を襲ったこの攻撃は、数万台規模の端末データを消去し、企業活動に大きな混乱をもたらした。
この他、イラン系の攻撃グループは、単なる破壊活動だけでなく、諜報活動や長期潜伏型の攻撃にも注力しているとみられている。VPN機器やクラウド基盤、メールアカウントを狙った侵入、さらには認証情報窃取を目的としたフィッシングなど、その手法はAPTそのものだ。
特に注目すべきは「直接軍事施設を狙う」のではなく、サプライチェーンや委託先企業を踏み台にするケースが増えている点である。つまり、防衛産業と直接関係がない企業であっても、“接続されている”だけで標的になり得る時代に入っているのだ。
では、こうした中東情勢と日本企業はどのようにつながるのか。
まず考えられるのが、日本企業がグローバルサプライチェーンの一部として巻き込まれるリスクだ。エネルギーや物流、製造、海運など、中東情勢と密接につながる業界は多い。これらの企業が利用する海外ベンダーやクラウドサービス、VPN機器などが攻撃対象となれば、国内にも影響は波及する。
さらに懸念されるのが、“同盟国”として見なされることによる二次的標的化である。過去にも国際紛争の際、日本国内の政府機関や企業サイトがDDoS(分散型サービス拒否)攻撃を受けた事例は存在する。直接的な軍事介入をしていなくとも、政治的立場や外交関係によって「敵側陣営」と認識されるケースは十分あり得る。
特に現在、多くの日本企業ではVPN機器やリモートアクセス基盤、クラウド認証周辺が慢性的な弱点となっている。もし国家レベルの攻撃グループが本格的に攻勢を強めれば、従来型の境界防御だけでは対処が難しくなる可能性が高い。
サイバー攻撃はミサイルのように警報が鳴るわけではない。気が付いたときには、認証情報が盗まれ、取引先へ侵入され、重要データが持ち出されている。そしてその攻撃の起点が、地政学リスクに端を発しているケースは今後さらに増えていくだろう。
中東で始まった軍事衝突は、決して遠い国の話ではない。その影響は原油価格だけでなく、ネットワーク、認証基盤、サプライチェーン、そして日本企業のログの中にまで静かに入り込み始めている。
アイティメディアが運営する「YouTube」チャンネル「TechLIVE」では、攻撃者視点の理解を深める番組『攻撃者の目』を公開中だ。
今回は特別編としてイランと米国・イスラエルの軍事衝突をサイバー視点で解説。イランのサイバー攻撃者の実力を掘り下げる。
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